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第11話 父


 帰宅すると父が待ち構えていた。

 隣には、兄上が立っている。


 ……グレイグに同情して、その上その後たっぷり褒められてすっかり忘れていたが、やはり派閥問題は大きいのだろう。父は目を血走らせて俺を見据えた。


「既成事実は作ったのだろうな!?」

「――へ?」

「当然、公爵令息を誑し込んだのだろうな!? 二度とない機会かもしれない。そのくらいの頭は、当然働いただろうな?」


 父の言葉に、俺は何を言われているのか分からなかった。


「まさか、寝てこなかったというのか?」

「えっ」

「この愚か者が!!」


 そう言うと父が拳を振り上げた。あ、殴られる。Domに転化した父からは、激しい怒りのグレアが放たれている。委縮してしまい、俺は硬直した。


 が――覚悟した衝撃は訪れなかった。


「な」


 父も唖然とした様子で、瞬時にグレアが消失した。だが、別のグレアがその場を支配している。見れば父上の手首をきつく掴み、リュード兄上が睨みつけていた。鋭い眼光と共に、今度はこちらから怒りが発せられている。


「父上、目に余る」


 リュード兄上の低い声が響いた。既に十八歳の兄上は、背も高く伸び、現在では父上よりも体格が良い。その上、父よりも完全にランクが上のDomである。


「離せ! 父になんという愚行を!」

「愚行を重ねているのは父上だ。二度とライナに手を出すな」

「ふざけるな! 使い勝手の無い無能な息子の為を思って、いかにこの私が――」

「出ていけ」

「当主である私に何という暴言を――」

「既にバルティミア公爵閣下の計らいで、父上から俺に爵位を継承する手続きを終えている。国王陛下にもご承認頂いている」

「な」

「以後、アンドラーデ男爵は俺だ。既に父上ではない。連れていけ」


 兄が声をかけると、男爵家の使用人が二名、父の両腕を押さえた。父がわなわなと唇を震わせている。兄はいつもと同じように蔑むような顔をしていたのだが、この時俺はやっと理解した。俺は俺自身が蔑まれているのかと思っていたが、兄は父を見る時に、蔑む顔をするらしい。同時に漏れ出しているグレアも、父への怒りだと、何となく理解出来た。


 わめきながら、父が外に連れ出されていく。

 呆然としていた俺に、兄上が歩み寄ってきた。そしてポンと俺の頭の上に手を置いた。


「これまで、守ってやれずに悪かった。ずっと申し訳なく思っていたんだ」

「い、いえ……」

「もう心配はいらない。スコットとも話をし、俺達は学内では保守派に、来年の義務過程卒業後は学外でもバルティミア公爵家の派閥に入る」

「え?」

「今後は、ライナも自分の徒弟を優先すれば良い」

「……」

「心配は不要だ。それと、魔物討伐部隊に関しても、復帰の必要は無い」

「ほ、本当ですか?」

「当然だ。あの部隊の存在を初めて知った陛下も公爵閣下も、人の所業ではないとし、解散をお命じになられた。近衛の仕事を続けるのは自由で良いが、もう命を懸ける必要は無い。まだ怪我も完全には癒えていないだろう? 安静に」


 兄上は表情を変えるわけでは無かったが、冷静な声で俺に言った。

 俄かには信じがたかったが、事実確認をする術が俺にはない。これまで俺はすべて父の口から話を聞いていたので、その父が――俺への暴行容疑で騎士団に取り調べを受け、兄の証言により投獄された結果、誰も俺に魔物討伐の話は持ってこなくなった。




「――と、いう事があったんだ」


 俺は本日も、放課後、バルティミア公爵家に招かれていたので、二人きりになってすぐに、先日の話をグレイグに伝えた。するとグレイグが頷いた。


「知っている」

「やっぱりか……グレイグが手をまわしてくれたのか?」

「ああ。俺のライナに手を出す者は、例え身内でも決して許さない」

「……父上は、その……どうなる?」

「どうしたい? ライナが望むようにしてやる事も出来るが?」

「多分、父上なりに、俺の事を想ってくれていたと思うんだ」

「……」

「どこかこう、穏やかな土地で、ゆったりと暮らせると良いと俺は思う」

「ライナ。お人好しが過ぎる」

「……ごめん。そうだな、折角兄上もグレイグも、俺のために……怒ってくれているのに」

「当然の怒りだ。まぁ国外追放を検討していたが、ライナの頼みであるから、少しは考慮するよう、父上に進言しておく」

「有難う、グレイグ」


 頷いて俺が言うと、相変わらず俺を膝の上に抱きながら、グレイグが俺の頭を撫でた。それから俺の頬に手で触れると、苦笑した。


「ライナは俺のSubなのだから、もう他の者については考えるな。基本的に、俺の事を考えてくれ」

「それは、【命令】か?」

「いいや。ただの、お願いだ」


 俺の問いに、今度は穏やかにグレイグが微笑んだ。

 このようにして、俺は放課後になると時々、グレイグの招きで、同じ馬車に乗るようになった。いつも穏やかな≪命令≫を貰い、二人で雑談に興じている。時間が過ぎるのはいつもあっという間で、その内に、季節も秋に変化した。


 次の冬には、兄上達の義務課程の卒業式と、結婚式がある。






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