『――グレイグ・バルティミア。お前との婚約を破棄する』
この場面、何回見たんだったか……。
俺は、シナリオや設定の内容は、もうほぼ完ぺきに頭の中に記憶している。
王太子ルートと逆ハーレムエンドの場合、必ずこのBLゲームの夜会イベントにおいて、グレイグ・バルティミアという公爵令息は、幼少時よりの許婚である王太子に婚約を破棄される。うっかりスチルを回収し忘れたりするせいで、俺は何周もするハメになっている。
そもそも俺は、あまりゲームが得意ではない。
そんな俺であるが、ゲームのテスターという在宅のバイトに応募して採用された為、現在もパソコンでゲーム中である。
家から出ないスタイルで可能なバイトを探した結果、唯一見つけたのがこのバイトだった。俺は俗にいう腐男子ではないが、特にボーイズラブというジャンルにも偏見は無い。
現在、大学三年生の俺は、春休みを迎えている。
四月になれば、四年生だ。
「それにしてもDom/Subユニバースなんて、初めて聞いたな」
俺は無事に逆ハーレムエンドのスチルの全回収に成功したので、手元の解説書を見た。今回俺がテストをしている【月の旋律 ~ 魔法の言葉 ~】というBLゲームは、端的に言えば、西洋風異世界の魔法学園が舞台の恋愛シミュレーションゲームなのだが、その要素として、Dom/Subユニバースという価値観が入っている。
性別と聞いた時、俺は男女を連想するのだが、このBLゲームには、そもそも女性が出てこない。そして
Domは、基本的に、支配する事で満たされる人々なのだという。
Subは、その反対で、支配される事が好きな人々らしく、適度に支配されないと不安定になる場合もあるようだ。
他にも、
「俺だったら、Usualがいいな」
支配と聴くと、どことなく怖い。なんでも、Domは【
そしてこの内、DomとSubとSwitchには、【ランク】という個人の資質があるらしい。今回俺がテストしているゲームにおいては、基本的にこれは『強い魔力』と同じ意味合いだった。S・A・B・C・D・Eのランクがあるのだが、例えば『SランクのDom』であれば、『非常に強い魔力を持つ。支配欲求もそれだけ強い』という設定だった。そしてSランクは、基本的に、代々Sランクを多く輩出している家柄に生まれる事が多かった。そこから、世界観の貴族制度が生まれ、高位貴族ほど、Sランクの資質……高魔力の持ち主が生まれやすいという設定である。基本的に平民はUsualで、魔力も持たないようだ。支配したりされないかわりに魔力も特にないという設定だった。
さて、ゲームの舞台であるが、『ルナワーズ魔法学園』である。この魔法学園は、十三歳から十八歳までの五年間通う『義務過程』と、十九歳から二十二歳までの間に通う『高等課程』の二つが存在するそうだが、高等課程の方が主要な舞台となる。
ルナワーズ魔法学園がある年、平民の魔力持ち――要するに平民の中に稀に生まれる高ランクのDomやSub、Switchを受け入れる事に決まり、主人公の『クリフ』が入学する。クリフは
そのクリフに対し、『平民なのだからわきまえて節度を持て』と繰り返すのが、王太子の許婚であるグレイグだ。バルティミア公爵家の次男である。王太子もグレイグもDomであるが、二人は許婚だそうだ。このゲームの中では、結婚相手は家柄が釣り合う者同士の政略が多く、それとは別に、皆がDomやSub、あるいはどちらかに転化したSwitchの恋人や愛人を持つらしい。R18の肌色が多めのゲームである。
なお、学園の在学中から、義務過程在学中の十五歳の誕生日には、『月の徒弟』と呼ばれる制度に基づき、パートナー候補を選定するそうだ。その際、このゲームの世界では、DomがSubよりも圧倒的に少ないため、Domは複数のSubを候補者として徒弟にして良いという校則が存在するし、卒業後も複数のSubを結婚相手とは別に従えておくというのも普通の世界観らしい。特別な間柄のSubにのみ、【
さて、この、主人公にとっての悪役であるグレイグであるが、Domであるにも関わらず、月の徒弟を持つ事もせず、同じDomである王太子のロイをひたすら愛してきたという設定だ。だが、その愛は届かず、婚約破棄される。
なおBadエンドだと、グレイグの手で、クリフが【
他にも設定は色々あるようだが、ゲーム自体は、他に述べるとすれば、『子供は教会で祈りを捧げると生まれる』という非常にふんわりとした設定だろうか。あとは、学園が舞台なので直接は出てこないが、設定上は、世界には魔物という脅威がいるらしい。宮廷魔術師や騎士団が戦っているようだ。絶対王政であり、貴族がすべてを取り仕切っているという話もあるが、あまりゲームには関わってこない。
「はぁ。テスト結果を、まとめないとな」
そう呟いてから、俺は立ち上がった。その前に、珈琲でも飲もうかと考えて、二階の自室から階下へと向かう。そして階段の前に立った時――愛猫を踏みそうになった。咄嗟に避けた結果、俺は階段から落下した。
――俺の、俺としての記憶は、そこで途切れた。