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今夜、元婚約者の結婚式をぶち壊しに行きます
結城芙由奈
恋愛現代恋愛
2024年08月12日
公開日
9,255文字
完結
交際期間5年を経て、半年後にゴールインするはずだった私と彼。それなのに遠距離恋愛になった途端彼は私の友人と浮気をし、友人は妊娠。結果捨てられた私の元へ、図々しくも結婚式の招待状が届けられた。面白い…そんなに私に祝ってもらいたいのなら、盛大に祝ってやろうじゃないの。そして私は結婚式場へと向かった――

第1話

 全く、今日は最悪な気分だった。



 最悪な気分のまま飛行機に乗りこんだ。

座席を確認して着席するとアイマスクを装着し、出発までまだ間があるにも関わらず、そのまま私は眠ることにした。



 何故私がこんなに最悪な気分なのかというと……。


それは今夜こじゃれたリゾート地で私の元婚約者が友人と結婚式を挙げるからだ。



 振られた原因は至ってシンプル。


私の友人と浮気の挙句、妊娠させてしまった。

たったそれだけの話。



大体ジェレミーとは交際5年の仲だったというのに、私の仕事の都合で遠距離恋愛になって何故半年で浮気なんて!

しかも相手の女性は私のハイスクール時代の同級生イザベル。

この2人が浮気なんてあり得ない!


しかも妊娠3カ月!?

どう考えてみてもおかしいでしょう!?


別れを告げられたあの夜の屈辱は今も忘れることが出来ずにいた――




****


 それは今から4カ月前の出来事だった――



 金曜の20時10分。


仕事でヘロヘロの身体にムチを打ち、私は家路を目指して夜の繁華街を歩いていた。


「はぁ~疲れた……」


今夜も私は横暴なボスにこき使われ、立派に月曜から金曜まで激務をこなした。


「本当に我ながらよくあのボスの元で働けているわ……でも、半年後にはいよいよ彼と結婚して、仕事を辞めるんだからそれまでの我慢よ!」


自分自身を元気づける為、ブツブツ独り言を言いながら町行く人々を見つめた。


金曜と言う事もあり、夜の町を歩くのは仲良さげなカップルばかり。


「皆楽しそうで羨ましいわ……」


一瞬、落ち込みかけるもすぐに元気を取り戻した。


「そうだわ! 今夜は久しぶりに彼とオンラインで一緒にお酒を飲むんじゃないの! 急いで帰らなくちゃ!」


冷蔵庫にどんなおつまみとお酒があったか思い浮かべながら、先ほどより軽い足取りで私はマンションへと帰って行った。


そう、この時までの私は確かに幸せだったのだ――




**


「ふ~さっぱりした……」


シャワーを浴びてニットのTシャツに短パン姿でバスルームから出た私はすぐに準備を始めた。


冷蔵庫から冷やしておいたシャンパン、おつまみを取り出すと早速PCの前に待機する。


彼とオンラインで会話する為のセッティングは全て終了。


「フフフ……。もうすぐ時間ね……」


ドキドキしながらその時を待った。


やがてパッと画面が切り替わり、婚約者のジェレミーが私の友人であるイザベルと並んで画面に映し出された。


え……何、これ。


一瞬、思考がフリーズする。


『や、やぁ……こ、今晩は……かな? ブランシュ』

『久しぶりね。ブランシュ』


PCの前の2人は明らかに温度差があった。ジェレミーはビクビクしているのに、イザベルは堂々とした態度を取っている。


「ええ、こんばんは、2人とも。まさか仲良く登場するとは思わなかったから、私としてはかなり驚いているのだけれど……これは一体どういうことなのかしら?」


自分でも驚くほどに冷静な口調で尋ねると、2人の口から同じ言葉が飛び出した。


『別れてく(ださいっ)れッ!!』


は……?

何それ……?


それからPC の前で、私は2人のどうでもいい馴れ初めとその後の経緯を延々と説明を受ける羽目になってしまった。



要約するとこうだ。


私が単身赴任をしてしまった寂しさから、ついつい1人で馴染のショットバーでお酒を飲んでいたところ、偶然私の友人のイザベルと再会した。

そして2人で意気投合し、お酒を飲んだ。


そのままの流れで2人はいい感じになり……気付けば見知らぬ部屋で同じベッドの中にいたという。


すっかり味をしめてしまった2人は次第に何度も関係を重ね、ついに子供が出来てしまったという訳だ。



納得いかないけど、頷きながら話を聞き終えた。

すると……。


『お、おい……ちょっと待ってくれよブランシュ。いくら何でもその味をしめたって言い方は……その、無いんじゃないかな?」


『ええそうよ。だって私達、本気で互いのこと好きになってしまったのだから!』


「ほ~そうですか」


目の前のすっかり生ぬるくなってしまったシャンパンをグイグイ飲みながら適当に相槌を打つ。ついでにつまみのチーズを口に放り込んだ。


『ブランシュ、真剣な話をしているんだからシャンパンを飲むのはやめにしないかい?』


おろおろしながらジェレミーは画面越しから私に声をかけてきた。


『そうよブランシュッ! 貴女、頭がおかいしんじゃないの?こっちは真剣な話をしていてい、しかも私は妊婦だからお酒を飲めないのにこれ見よがしに美味しそうに飲んだりして、酷いじゃないっ! 少しは気を遣ったらどうなのよ!』


何故か逆切れしてくるイザベル。

全く何て身勝手な2人なのだろう。


「……」


私は手元のシャンパンの瓶を掴んだ。


トクトクトクトク……


溢れんばかりにシャンパンをグラスに注ぎ込んだ。

そしてゴクンゴクンゴクンと一気に飲み干すと乱暴に目の前のテーブルにグラスを置いた。


ダンッ!!


その勢いに、画面の2人はビクリと反応する。


「あのねぇ……さっきから黙って聞いていれば勝手なことばかり言って…・・・。こんな話、飲まずにシラフで聞けると思っているの!? どうするのよ! あと4カ月で私達結婚することになっていたのに! それに何よ! 妊婦の前でお酒を飲むな? 気を遣え? 冗談じゃないわよ! 勝手にするだけして、妊娠したのはそっちでしょ!? しかも私の婚約者だって知っているくせにっ!」


『そ、そんな酷い言い方しなくてもいいじゃない…・・・』


出た! ハイスクール時代からの悪い癖が!

都合が悪くなれば、すぐ泣いて周りの同情を買おうとする悪い癖がっ!


『よしよし……可愛そうに。大丈夫、ブランシュは仲の良い俺たちに嫉妬しているだけなんだよ』


『うん……ジェレミー……』


わざとらしくジェレミーに抱き着き、私を向いてベロを出すイザベル。

もう馬鹿らしくて相手にする気も起きない。


「いいわ、分かったわよ」


頭を押さえながらため息をついた。


『分かってくれるのか!?』


「ええ、貴方がそこまで馬鹿だったということがよーくね! ジェレミーッ!」


私はビシッとジェレミーを指さした。


『な、何っ!?』


まだイザベルを抱きしめながら返事をするジェレミー。


「その代わり条件があるわ。4か月後に行われるはずだった結婚式場のキャンセルの手配は貴方が全てやって頂戴。招待客への謝罪も含めてね。私はもう一切関与しないから! キャンセル料は相当取られると思うけど、私は一切ノータッチよ! いいわね!」


『あ、ああ……それ位ならお安い御用だよ。ありがとう、それじゃ……』


「ええ、さようなら。どうぞお幸せに。もう金輪際私と関わらないで下さいね」


それだけ言うと私はオンラインをブツンと切ってやった。


そして……。


「ウ……ウワァァァァァァーンッ!!」


この夜、あっけなくオンラインで振られた私はシャンパンの瓶を3本空にするまで泣きながら飲み尽くし、全てを忘れることにした――はずだったのだが……。




**


 信じられないことが起こった。


ジェレミーは私に嘘をついたのだ。リゾート地で予約した結婚式場はキャンセルなどされてはいなかった。


しかもあろうことか、今夜ジェレミーとイザベルはその結婚式場で結婚式を挙げることになっている。


おのれ……許せん、2人とも。

最初から私の性格を見通して、こうなることをあらかじめ予想していたのだ。

確かに結婚式場なんてそう簡単に予約できない。

しかも場所は高級リゾート地なのだ。まさにカップルたちの憧れの聖地とも呼ばれている。

私だってここの式場を手配するのに10か月もかかったのだから。



しかももっと許せないことに、私に結婚式の招待状まで送りつけてくるなんてあり得ない。


「いいわよ……そんなに私に結婚式に来てもらいたいなら……お望み通り行ってやろうじゃないの……。盛大に祝ってあげるから……楽しみに待っていなさい……そんな式……ぶち壊してしてやるんだから……ムニャ……」



その時――


「あの……すみません」


「……」


まさか私に話しかけているわけではないだろう。


「あの、寝てるんですか? すみませんが、起きて頂けませんか?」


声の感じだと若い男のようだ。


「もしもーし」


あ~もう……しつこい。うるさいなぁ……。


「はい、何ですか?」


寝たふりしようと思ったけど、あまりにしつこいので起きることにした。

アイマスクをむしり取り、不機嫌極まりない顔で相手の男を見て……思わず見惚れてしまった。


エキゾチックな黒髪に、青い海のような瞳……そして息を呑むほどにハンサムな青年が私を立ったまま覗き込んでいたのだ。


「あ、あの……何か……?」


ドギマギしながら返事をする。


「すみません、貴女の座っている席は僕の席なんですけど。確認してもらえませんか?」


「え? あ! は、はいっ!」


慌ててスマホで座席照会して見ると、彼の言うとおり確かに間違えていた。


「す、す、すみませんっ!」


慌てて席を立った。


「どうも」


青年は私が立ち上がった席に座るとすぐに窓の方を向いてしまった。

まずい……。気分を悪くさせてしまっただろうか?


「……」


何ともバツの悪い思いで隣の席にそっと座ると、再び彼が声を掛けてきた。


「あの……」


「はい、何でしょう?!」


慌てて振り向き、あまりにもイケメンぶりにドキドキしながら返事をする。


「……」


彼は少しの間、私を見つめ……口を開いた。


「何やら先ほど物騒な事を口走っていたようですが、悪いことは言いいません。やめた方がいいですよ。もう諦めて2人の門出を祝福してあげるべきです」


「な……っ!」


聞かれてたっ! 私の寝言……ばっちり彼に聞かれていた!


思わず羞恥で真っ赤になると彼は少しだけ口角を上げ、アイマスクを装着すると腕組みをして背もたれに寄り掛かってしまった。

恐らく眠ったのだろう。


「……」


まぁ、眠ってしまったのなら別に構わないか。

どうせ目的地に到着するまでのたった3時間半のお隣さんなのだし……。

それに今夜私は約束通り結婚式に参加して、あの計画を実行しなければならないのだから。


そっとショルダーバッグを撫で、握りしめたままだったアイマスクを装着して目的地に到着するまで再び眠ることにした――




****



空の旅を終えた4時間後――


今夜結婚式が行われるリゾート地についに私は到着した。


「うわぁ……やっぱり綺麗な場所ね……」


キャリーケースをガラガラ引っ張りながら、私は飛行場を出た。


時刻は15時半。

空は青く澄み渡り海の匂いを風が運んでくる。海岸線を走る道路は等間隔にヤシの木が植えられている。


「白い砂浜に青い海……」


思いきり空気を吸い込んだ後、急激にむなしい気持ちに襲われる。


「夢……だったのに……」


この場所で彼と結婚式を挙げるのが……。

なのに……。


「どうしてなのよーっ!」


気付けば海に向かって叫んでいた。


何でよ、どうしてよ……。


私と結婚式を挙げるはずだった教会でイザベルと結婚式を挙げるなんて酷すぎるじゃない。

あんな……男癖の悪い女と結婚なんて……。



その時――


「全く……随分大きな声で叫ぶんですね」


足元で声が聞こえた。


「えっ!?」


すると私が立っている場所の前方のヤシの木の下でこちらを向いて立ち上がる人物がいた。


「え? え? な、何故貴方が……!?」


その人物は飛行機で隣に座った青年だった。


「何故ここにいるか? それは貴女と同じ飛行機に乗ったからですよ。ついでに何故あの木の下に座っていたかと言うと、タクシーが来るまで涼んでいただけです。そうしたらいきなり大きな喚き声が聞こえたから振り向けば貴女が叫んでいるじゃありませんか」


「あ……す、すみません! まさかそんなところに人がいるとは露知らず……」


一度ならず二度までも彼には恥ずかしい場面を見られてしまった。


「まぁ別に僕は構いませんけど。何か深い事情をお持ちのようですが、悪い考えは持たないほうがいいですよ」


「な……!」


人の気持ちも知らないくせに……!

青年の言葉にカチンときた私は一言、言い返してやろうかと思ったその矢先。



「あ、タクシーが到着したようだ」


道路を眺めていた青年が嬉しそうな顔を浮かべ、大きくタクシーに向かって手を振っている。

するとすぐにタクシーは青年の傍で停車した。

運転手は窓を開け、青年と一言、二言会話を交わすとタクシーのドアを開けた。


「それじゃまた!」


青年は笑顔で手を振るとタクシーに乗り込み、そのまま走り去ってしまった。


「何がまた……よ。もう二度と会うはず無いのに」


そして私は再びキャリーカートを引きずりながら、飛行場の向かい側に建つビジネスホテルへ足を向けた――




****


「全く……。憧れのリゾート地で一流ホテルを予約していたはずだったのに。それがこんな普通のビジネスホテルに泊まることになるとは夢にも思わなかったわ……」


シャワールームの小さな洗面台でメイクをしながら、つい愚痴が漏れてしまう。


「でも悔しいから思いきり綺麗にメイクして私を振った事、あいつに後悔させてやるんだから」


背中の大きく開いた、スレンダーで細身の黒いパーティードレスに着替えると早速私はメイクを開始した――



メイクを初めて約1時間後。


「うん、これなら完璧! きっとジェレミーは私を見て度肝を抜いて驚くに違いないわ!」


鏡の中には美しい美女つまり私が映っている。


しかし、ただ驚かせるだけでは面白みがない。


「フフフ……見ていなさい2人とも。私を結婚式に招待したこと、後で死ぬほど後悔するがいいわ……」


よもや悪女としか思えない台詞を吐きながら、私は鏡の中の自分自身に笑いかけるのだった。




****


 18時――


宿泊するビジネスホテルからタクシーで40分かけて、私は憎たらしい2人の結婚式が行われる小さな海辺の教会へとやって来た。


30人も入れば一杯になってしまう小さな教会は私とジェレミーが選んだのだ。

お互い本当に気心の知れた友人だけを結婚式に招こうと言う事であえてこの小さな教会に決めたのに……。



けれどイザベルのせいで私は友人達すら失ってしまった。


オンラインで別れを告げた後、イザベルは共通の友人たちに私の悪口をあること無いこと言いふらして回ったのだ。

仕事の都合で遠距離に住んでいた私はその噂を払拭することが出来ず、結婚式に招待する予定の友人とは全員疎遠になってしまった。


私は2人のせいで自分の人生を滅茶苦茶にされてしまった。

だから今度は私が2人を滅茶苦茶にしてやる番なのだ。


「それにしてもうまいことやったわね。私とジェレミーの共通の知り合いが1人も結婚式に参加していないわ」


教会の一番後ろの通路側の席にそそくさと座り、キョロキョロ辺りを見渡した。


「早く式が始まらないかしら……」


小声でポツリと呟くと、隣でため息をつく男性がいた。


「やれやれ……ひょっとすると、また君か?」


「え!?」


その声に驚き、隣に座る人物を見た。


「あ……あ、貴方は!」


何と隣に座る男性は例のあの青年だったのだ。


「やっぱりね。会話の端々で何となく結婚式に参加する人じゃないかと思っていたけど、こんなところで再び会うなんて。まさか同じ結婚式の参列者だったとはね」


ため息をつく青年に私は詰め寄った。


「ねぇ! どっち!」

「は? ど、どっちって……?」


狼狽える青年。


「だから、新郎の知り合い? それとも新婦の知り合い!?」


「し、新郎の知り合いだけど……?」


戸惑いながらも返事をする彼。


「あ……まぁ普通に考えればそうよね……」


「そういう君はどっち側なんだ? 新婦側なのか? それとも新郎か?」


あ、いつの間にかタメ口になってる。


「……両方よ……」


「何だって? 両方? その割にはここへ来るまでの間、ずいぶん穏やかじゃない台詞ばかり口にしていたようだが? 結婚式を祝いに来たんじゃないのか?」


「ええ、勿論祝いに来たわよ。私なりのお祝いにね……」


その時――


教会のパイプオルガンが鳴り響き、祭壇の奥の扉から神父様が現れた。


「ほら、式が始まるわ。静かにして!」


私の言葉に青年は開けていた口を閉じた。

よし、これで彼は式の間は静かにしている事だろう。


もうすぐ2人が入場してくる。

その時、あの瞬間に私は行動するのだ。

一体2人はどんな顔をするのだろうか。考えるだけで今から興奮が止まらない。


私は高鳴る気持ちを抑え込み、新郎新婦の入場の時を俯き加減に静かに待った。



**


「新郎新婦に入場です。皆様前を向いてお待ちください」


神父様の静かな声が響き渡った。


美しい教会にパイプオルガンの音が鳴り響き、背後の扉が開かれる音が聞こえた。

そしてヴァージンロードを踏みしめながら、ジェレミーとイザベルはゆっくり新婦の元へと歩いていく。


2人が祭壇の前に立ったところで、私はようやく顔を上げた。


「……ッ……」


ジェレミーは真っ白なタキシードスーツに身を包み、イザベルの方に顔を向けて優しい笑みを称えている。

一方のイザベルはマタニティ用ウェディングドレス姿でうっとりした目でジェレミーを見つめている。


その姿に再び私の心に怒りがわいてきた。


見ていなさいよ……! 2人とも!


私はその時が来るのをひたすら待ち続けた――




 式は厳かに進行し、ついにその時がやってきた。


神父がジェレミーに尋ねる。


「では、新郎ジェレミー・ホワイト。あなたはイザベル・スミスを妻とし、命ある限り夫婦としての真心を尽くすことを誓いますか?」


よし、今だっ!


「はい、誓い…」


「誓わせないわっ!!」


私は大きな声を上げて立ち上がった。

全員の視線が一気に私に集中する。


「お、おいっ!? 何をする気だ!?」


隣に座っていた青年が小声で焦った様子で注意する。


「な、なんだ? あの女性は?」

「二股?」

「元カノかっ!?」


一斉に騒めく式場内。

そして真っ青なのはジェレミーだ。


「ブ、ブランシュッ!? ど、どうして君がここにっ!?」


「どうしてここに? 私に結婚式の招待状を送りつけておいてその言いぐさは何よっ!」


ジェレミーのあまりのいいように腹が立った。


「やっぱり来たのねブランシュッ! 負けず嫌いのアンタのことだから来るとは思っていたけど……私たちの式の邪魔をしないでよっ!」


イザベルが声を張り上げる。


「ええっ!? き、君がブランシュに招待状を送ったのか!?」


「そうよっ! だってこの女、腹が立つんだものっ! 大体貴方が悪いのよ? 私と結婚が決まったくせに、いつまでもブランシュ、ブランシュって寝言で名前を言う貴方に私の気持ちなんか分かるはずないでしょう!?」



イザベルがジェレミーに怒鳴り散らす。


え? そうだったの?

私はジェレミーを見つめた。


しかし……。


「違う違うっ! 無意識に呟いていただけだってば!」


さらに真っ青になって必死に否定する情けないジェレミー。


「うるさーいっ!! もうそんなことどうだっていいわ! 私はね、この結婚式をぶち壊す為にやってきたのよっ! 覚悟しなさいっ!」


私は持っていたショルダーバッグから小型の拳銃を取り出し、2人に向けた。


一斉に悲鳴が上がる。


「うあああああっ! や、やめろっ! ブランシュッ!」


「気でも狂ったのっ!?」


腰を抜かすジェレミーに怯えるブランシュ。


「覚悟しなさいっ!」


引き金を引こうとした時。


「馬鹿っ! やめろっ! 正気かっ!」


青年が飛び出し、私から拳銃を奪おうとしたその矢先――


ぱーんっ!


発砲音が響き渡り、悲鳴が沸き起こった。


そして中から飛び出るのは紙吹雪や紙テープ。ついでにシャボン玉が飛び出してきた。


呆気にとられる式場の人々。

少々邪魔が入ったけれども、計画通りだ。


「おめでとう、2人とも。末永くお幸せにね?」


私はにっこり笑みを浮かべると、そのまま背を向け式場を後にした。

何故かその後結婚式場では拍手が沸いたが、そんなことはもう私にとってはどうでも良かった――




****



「はぁ~バッカみたい」


式場近くの砂浜で缶ビールを飲みながら、私は黄昏てゆく海を1人で眺めていた。

空はオレンジ色と紺色のグラデーション色に染まり、水平線に沈んでゆく太陽がキラキラと海面に移りこんで宝石のように光輝いて見えた。


すると……。


「何だ、ここにいたのか?」


背後で男性の声が聞こえた。


「え?」


振り向くとそこに立っていたのは例のあの青年だ。


「どうしたの? こんなところまで。もしかして私を探していたとか?」


冗談めかして尋ねると青年はあっさり頷いた。


「ああ、当然だ。大分探し回ったよ」


「え? 嘘でしょう?」


「嘘なもんか。現に今だって式は続いている」


青年は背後を振り返った。

遠くには先ほどの教会が見え、明かりが漏れている様子がこの場所からも見て取れる。


「何で私を探していたの? まさか心配になって?」


「う~ん……それもそうだけど……気にもなったからかな?」


青年は私の隣に座ると名刺を差し出してきた。


「俺、こう言う者なんだ」


「ふ~ん……。レイモンド・アーサー……え? 弁護士?」


驚いて彼の顔を見上げた。


「そうだ、俺は弁護士。あの2人から慰謝料取りたいと思わないか?」


「何だ、営業の話ね? やめとくわ。弁護士を雇うお金も無いし、もう私の復讐はあれで終わりよ」


名刺をショルダーバッグにしまいながら返事をした。


「別に俺を雇う金なんかいらないけどな。ただ……」


「ただ、何?」


「うん、さっきの姿……すごく格好良かったよ」


突然レイモンドは真顔で私を見つめてきた。


「格好いいね……。あまり女としては誉め言葉には聞こえないけど……ありがと」


「そう、そのサバサバした性格も魅力的だ。馬鹿だな、ジェレミーの奴。君みたいないい女を捨てるなんて」


「褒められても何も出て来ないわよ?」


そして私は持っていた缶ビールをグイッと一気に飲み干した。


「あ~海を眺めながらのビール、最高っ!」


「良かったら、またどこかの店で一緒に飲まないか? 俺ならあの2人から君の望むだけの慰謝料を取ってやるよ?」


「だからいいって言ってるでしょう? 第一もう終わったことだし。あんなに情けないジェレミーの姿見てたらもうどうでも良くなったもの。それに最近仕事も楽しくなってきたし、結婚はまぁ当分いいかな?」


するとレイモンドはため息をついた。


「う~ん……分からないかな。今のは単なる口実だったんだが……」


「口実? 何の?」


「それは君と2人で店に入ってお酒を飲む口実さ」


少し、照れくさそうに話すレイモンドはやはりイケメンだ。


「別にいいわよ?」


「え? 本当に?」


驚いた様子で私を見る。


「うん。だって貴方私の好みのタイプだもの」


「よし、それじゃ早速行こう。ブランシュ」


レイモンドは立ち上がると手を差しのべてきた。


「え? 何で私の名前知ってるの?」


自己紹介もしていないのに?


「何言ってるんだい? 結婚式場であの2人が何度も君のことを『ブランシュ』と呼んでいたじゃないか?」


「あ……」


「やれやれ。君はしっかりしているようでどこか抜けてるな?まぁそれが魅力的ではあるけれど」


「ありがとう、貴方もイケメンで勇敢で素敵よ。おもちゃだったけど、拳銃を持った私を止めに入るんだから」



そして私はレイモンドの手を取って立ち上がった。


「よし、それじゃ今夜は2人で一緒に飲みまくろう!」


「いいわね」


そして私とレイモンドはすっかり太陽が落ちた美しい海岸線をおしゃべりしながら歩き始めた。


新しい出会いにときめきを感じながら――



<完>

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