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■6:年齢

「外思念弁別機制っていうのは、何?」

「ヤギ・羊効果を継承し、発見された防衛機制の一種です。簡単に言ってしまえば、周囲が信じている場合は、超能力を発現しやすく、周囲が批判的であれば能力を発動させられない現象です。これが外的外思念弁別機制と呼ばれる防衛機制です。本来防衛機制は各個人の意識下に存在するという定義でしたが、現在では集合的無意識のすぐそばにも存在すると考えられています。よって集団の無意識が影響を与え、それにそう機制を行うとされます。内的外思念弁別機制は、自分自身が『ありえない』と否定する場合と『絶対に起こり得る』と確信する場合に発揮されます。しかし内的外思念弁別機制では、確信するようなポジティブな感情は揺らぎやすいとされています。逆に、否定する場合は、大変強く作用します」


 いまいちよくわからない。


 自分なりに理解すると、みんなが信じてくれると成功しやすいのが外的外思念弁別機制なのだと思う。また、自分がありえないと思っていると成功しにくいということだろう。


「ゼノ=ラッセル症候群っていうのは?」

「ゼノはラテン語で異質という意味です。ラッセル博士が発見した症例の総称です。罹患者は、内的・外的な外思念弁別機制を喪失します。よって周囲の影響も自身の思考の影響も受けず、確実にフォンス能力を発動できるようになります。しかしながら、フォンス能力の存在に無知であったり懐疑的である場合、自身が狂っているという誤った観念を抱いて、人格の荒廃を招きます。結果的に自力でフォンス能力を制御できなくなり、思考も困難になります。末期の重篤な精神疾患状態に移行します」

「それって……僕もそうなってた可能性があるの? 僕、今でもまだ信じきれてないんだけど」

「そのような事態を招かないように、世界貴族使用人連盟が設立されました。この症候群には、いくつかの兆候が見られるため、使用人の判断で危険だと確認した段階で、専門医へ紹介いたします。ご安心ください。スミス様には、なんの兆候が見られません」

「そ、そっか……良かった……」


 果たして本当に良かったのかはわからないが、少なくとも今は大丈夫らしいので安堵することにした。僕はあまり物事を深く考えるタイプではないのだ。


「ルブルム型パーソナリティ障害だっけ? それはどういうもの?」

「現在確認されている、数少ない伝染性の精神的な障害です。パーソナリティ障害は、厳密には精神疾患ではありませんが、一般的な認識としては、感染する精神疾患です。ルブルムというのは、赤のことです。ルブルム型がたった一人存在するだけで、多くの人々が汚染されます」

「汚染? 感染するってことだよね? そうなると、どうなるの?」

「F型表現者が患った場合は、フォンス能力の万能感にとりつかれます。簡単に言えば、非能力者を見下すようになります」

「僕もなんでもできると思っちゃったけど、ルブルム型なのかな?」

「いいえ。ルブルム型の場合、自分自身を神のような存在だと確信し、他者の生殺与奪権を握ろうとします。しかしこれはBランク以下のF型表現者でしか確認されていません。実際の力がAランク以上の者に及ばないことを本能的に分かっている人間が発症します。Sランクであるあなたが発症することは決してありません。あくまでもパーソナリティ障害ですので、発症という語は適切ではありませんが」

「それって、普通の人もかかるの?」

「普通の定義が非能力者を指すのであれば、かかります。その場合、フォンス能力をもつ相手に例外なく本能的な恐怖を抱きます。結果として過度に攻撃的になるか、過度に怯えるようになります。主に世界中で蔓延したのは、こちらです。それもあって強力なフォンス能力の持ち主である世界貴族に逆らおうとする人間は、かなり減少しました」

「治療方法は?」

「パーソナリティ障害は、あくまでも性格傾向ですので、対症療法は存在しますが、根本的な治療のための具体的対策はありません。心理療法や薬物投与でわずかに改善しますし、成長に伴い緩和されることもありますが、一度罹患すれば生涯付き合うことが多いです」

「ルブルム型の人が多いから、世界貴族が権力を持ってるの?」

「そういった側面もゼロではありませんが、初対面時にお話したとおり、世界貴族は単独で人類を滅亡に導くことが出来る兵器と言えることが最たる理由です。過去、世界は核兵器を保持する国には強く逆らえなかった歴史があります。世界貴族は一人ひとりが核兵器のような存在なのです」

「つまりさ、世界貴族って、大量破壊兵器みたいな存在だし、ルブルム型の人にとってはすごい怖い存在ってことだよね?」

「その通りです。よって一定の権利を保証することで、非能力者は自分自身の生存権を守っているわけです。貴族制度への反対者が少数である理由もこれです。ある意味、世界貴族もまた、特別視される状況です。これは同時に、首輪をつけられているという見方もできます。特権を保証する代わりに、世界貴族は、相互監視をし、同時に世界貴族使用人による監視も受けているという事実があります」

「なんで僕が、そんな立場に? 世界貴族なんて、そんな、僕には無理なんじゃないかな……サイコサファイアって聞いたけど、なんで僕が? フォンス能力って、どんな人が持ってるの?」

「スミス様が選ばれた理由や、フォンス能力を持つものがどのようにして決定されるのかは、未だに解明されておりません。ただしサイコサファイアもフォンス能力も紛れもなく存在します。選ばれた以上、誇りに思ってください」

「誇り……あ、あのさ、僕は世界貴族として、なにかしたほうがいい?」

「全ては御心のままに」

「今日だけでも知らないことだらけだってわかったし、自分の考えなんていまいち持てないよ。茨木が僕の立場だったら、今何する?」

「私はあくまでもいっかいの使用人ですので、スミス様のようになんでも可能な方の行動を推察するのは困難です。ただし、知らないことが多いとご認識なさっているのであれば、まずは知ることが先決なのではないかと」

「何を知ったらいい? それすらわからないんだけど」

「多くの世界貴族の例を挙げるならば、まずは情勢を知り、人脈作りを行い、国政の掌握などを行っているようですね」

「国政? そんなの無理だよ! 僕は、生まれてこの方、選挙にすら一回も行ったことがない!」

「……それはあまり良くないかと。民主主義が残っている国の国籍を取った場合は、ぜひ選挙に」

「ごめんなさい」

「とりあえず、当面はこの国の情勢や権力図を学んではいかがですか?」

「教えてもらえる?」

「承知致しました」


 僕の頭はぐるぐる混乱中だが、やっとやることが見つかったので、少しだけホッとした。

 茨木が僕に紅茶のおかわりを淹れてくれる。

 小さなフォークを持って、僕はいちごタルトを口に運んだ。本当に美味しい。


「まず、現在の日本人で、Sランク能力者は、スミス様お一人です。そしてスミス様は世界貴族ですので、厳密には日本国籍を外れています。日本出身というのが正確です。戸籍は残っておりますし、他国にはまだ未作成ですが」

「そうなんだ」

「そもそもSランク能力者は、現在七名しか確認されておりません」

「そんなに少ないの?」

「ええ。大変貴重な存在です。Aランク能力者ですら二十名程度です。日本人では一名です。日本人の主要な能力者は、大半がBランクです」

「その一人って、茨木さん?」

「いいえ、私は日系人ですが、日本人ではありません」

「そうなの?」

「私は北欧の出身です。茨木は日本名です。両親が移住した日本人でした」

「そうなんだ……そういえば何歳?」

「八十七歳です」

「……ん?」

「八十七歳ですが、それが?」

「は? 僕と同じくらいじゃなかったの?」

「私のようにAランク能力者も老化が遅い場合があるのです」


 さも当然だという顔で茨木は言ったけど、僕は信じられない気持ちでいっぱいだ。

 だって彼は、二十代後半にしか見えない。頑張っても三十代前半だ。


「また世界貴族の中で、Aランクでも爵位を得ている方も、高確率で不老に近いです」

「そうなんですか……」

「現在日本に介入しているクリストフ伯爵も宋伯爵もそうです」


 そういえばそんな名前をニュースで見たなと思い出した。





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