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ありえない方向から社会復帰した。
猫宮乾
BL現代BL
2024年08月12日
公開日
68,987文字
連載中
 ひきこもっていてニュースなどを見ていなかった僕(隅州琉唯)の家のインターフォンがある日音を立てた。扉に向かうとそこには執事風の青年、茨木が立っていて、僕が超能力者ゆえに世界貴族であると言い出す。混乱しながら話を聞く内、超能力(フォンス)の存在を受け入れた僕は――気づいたら老化しておらず、外見年齢が十代だったため、その超能力ことフォンスについてや現代社会について知るために、ある学園に入学する。その学園で出会った生徒や、他の世界貴族とのお話、及びこの世界の成り立ちなどのオカルトテイストな超古代文明要素があるお話です。

■1:来客 


 僕は、ほぼヒキコモリだ。


 完全なるヒキコモリというわけじゃない。なぜなら数日おきに、コンビニに出かけるからだ。そこで食事を調達している。その日はゴミを出す日だから、途中で集積場にも立ち寄る。しかしそれを除けば、一歩も部屋から出ない生活を送っている。


 完全に無職だから、勿論職場の人と話すこともない。

 ひとり暮らしで、家族とは絶縁状態だから、話す機会はゼロだ。

 友人はいない。僕はもう半年以上、携帯電話の電源を入れていない。

 インターネットもやらない。だからSNS上などにも知人はいない。


 テレビも全く見ない。そのため、人間関係も絶望的に希薄だが、情報取得能力もほとんどない。ニュースなんか何にも知らない。流行りのアーティストはおろか、凶悪事件も、地域のほのぼのニュースも知らない。


 だけど特にそれで、生活に困ったことはない。

 僕には趣味すらないけど、毎日布団の上に横になって過ごしているのは、悪くない。

 ぼんやりと考え事をして時間が経つのを待つ日々だ。


 時折冷静に現状を分析し、このまま孤独死に向かうのだろうと思う。だけど毛布をかぶってゴロゴロしている時、僕は頭の中で様々なことを考えているから、あまり現実を思い出すことはない。空想の中での僕は、バリバリ働く有能なサラリーマンにもなれるし、大学生にだって戻れるのだ。あたりのキツい現実世界よりも、なんでも好きに想像できる空想世界の方が、僕は好きだ。


 大学を卒業してから、もう五年が経ってしまった。

 現在、二十七歳。

 会社を辞めたのは、二十四歳の時だ。

 以来、三年間無職で、二十五歳の頃からは、このヒキコモリ生活が続いている。

 六畳の部屋で、壁が薄い事以外は、満足して生活しているのだ。

 働きたいとか、友達が欲しいとか、恋人が欲しいとか、全く思わない。それらは空想世界で充足させている。


 世間一般から見れば、おそらく僕って、ダメ人間だろう。

 昔、もっと人付き合いに熱心だった頃の僕が、今の自分を見たら、がっかりする気がする。たまには僕も、そんなことを考えて、憂鬱な気持ちになる。部屋のほとんどを占領しているコタツに入りながら、僕はため息をついた。


 インターホンが鳴ったのは、その時のことだった。

 思わずびくりとしてから、眉をひそめて扉を見る。

 コーヒーを淹れようとしていたから、マグカップに両手で触れたまま硬直した。

 誰だろう。この部屋には、勧誘の人すら来ないから、全く心当たりがない。

 可能性が一番高いのは、大家さんだ。火災報知器の点検のお知らせなどを、年に一・二 度教えに来てくれることがある。


 再びインターホンが鳴った。残念ながら、カメラは付いていないので、来訪者の確認ができない。大家さんの場合は、続いてノックをするはずだからと、僕は外の気配を窺ったまま、じっとしていた。そうしていたら、それから控えめにノックの音がした。大家さんであれば、僕の名前を叫びながら大きくノックする。こんなふうに遠慮がちにノックしたりしない。誰だろう。本当に誰なんだろう。一気に緊張してきて、僕の心臓が激しい音を立て始めた。それから数度ノックが続いた。大家さんと話す時ですら緊張する僕には、突然の来訪者と言葉を交わすスキルなど無い。こうなったら、居留守しかない。


「失礼いたします」


 その時、扉の外から声がかかった。聞き覚えのない、抑揚のない声音だった。


 えっ、と、思わず息を飲んだとき、僕の視線の先で、鍵がクルリと回った。唖然としているうちに、扉が開く。ど、どうやって鍵を手に入れたんだろう? 鍵を持っているなんて、いよいよ相手が誰なのかわからない。家族ですら鍵を持っていない。だから大家さんに借りる以外には、無理だし、大家さんが鍵を貸すということは、警察とかそういう相手だろうけど、心当たりは何もない。


「お初にお目にかかります、スミスルイ様」

「は、はい、は、はじ……はじめまして……?」


 僕は引きつった笑みを浮かべた。僕は緊張すると必死に笑おうとしてしまうのだ。だけど我ながら、表情がこわばっているのが分かる。それに笑うこと自体が久しぶり過ぎて、体が表情筋の動かし方を忘れてしまったみたいだ。声を出して会話をするのも久しぶりだったから、明らかに震えてしまったし、挙動不審になってしまっている。


 それにしても、どういうことなんだろう?


 はじめましてと、来訪者は口にした。なんだか高級そうな黒いスーツのようなものを着た青年が立っている。ただ、スーツというにはちょっと豪華すぎる気がする。ぱっと見た感じ、執事という言葉がしっくりくる。執事の本物なんて勿論見たことはないし、日本に生息しているのかもわからないけど。イメージだ。細い銀縁の眼鏡をかけている。確かに『はじめまして』だと思う。インパクトが大きい服装だから、一度見たら忘れないはずだ。そして僕は、これまでには見たことがない。


 だけど相手は、僕の名前を知っている。部屋の外には、表札も出していないのに。

隅州が苗字で、琉唯が僕の名前だ。


「世界貴族使用人連盟から参りました。上級秘書官の茨木と申します。スミス様は、世界貴族に認定されました。爵位は公爵です。こちらが認定証となります。今後私は、スミス様のご指示に従いお世話させていただきます。この世界を、より良い世界へとお導きください」


 無表情のまま、彼は淡々と言い切った。聴きやすい声音だったが、僕の頭には全く入ってこなかった。彼が何を言っているのか、さっぱりわからない。とりあえず、差し出された運転免許証サイズのカードを受け取る。そこには、スミス・ルイという僕の名と生年月日、そして『世界貴族公爵』と記載されていた。


「あの……僕、宗教とか、あんまり興味なくて」

「世界貴族の皆様には、信仰の自由が認められております。無宗教の自由もあります」

「そもそも世界貴族ってなんですか? そんなの聞いたこともないです。そういう妄想にとりつかれているなら、病院に行ったほうがいいと思います」

「世界貴族使用人は、健康診断が義務付けられており、私も先日受けましたが、正常でした。私は病気ではございません」


 表情を変えるでもなく、茨木さんが言った。

 彼の髪を、冬の風が乱している。

 雪が舞っているのを見て、僕は身震いした。扉は全開だから、大変寒い。せめて部屋の中で話したいが、彼はどう考えても不審者だ。室内に案内していいのだろうか。不安でいっぱいのまま少しの間逡巡する。考えた末、僕は決意した。




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