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第68話 平凡すぎるSランク

 視界が黒に染め上げられた。息を吸う度に、粉塵が俺の肺と口内を無茶苦茶にしていく。

 暗い視界の中、何とか状況を理解するために俺はレナに声をかける。「れ、レナ……! 今、どうなってる?」


「ソウジさんの攻撃によって何かが爆発したようで、その結果この小部屋全体が崩落したようです!」

「そ、そうか……みんなの状況は?」


 身体に伝わった衝撃が落ち着いたところで、自分自身の状況を理解できつつあった。身体に感じる圧迫感の正体は崩落した瓦礫だったらしい。レナが言っている通り、爆発によってこの小部屋が破壊されてしまったようだ。


「皆さんご無事のようです。ただ、身動きが取れる状況にあるかあは別問題のようですけれど……」

「わ、私は大丈夫です……!」

「こっちも大丈夫よ。動けないけれど」

「僕も同じ感じです」


 三人の声が奥の方から聞こえてきた。声を聞く限りは大丈夫そうだった。どうにも、視界が真っ暗で動くこともままならない。さて、どうするべきか……。


「そうだ、ミンセントたちは?」

「私の方から確認することはできませんが……」

「こんな状況でもボクたちのことを心配してくれるなんて、本当に君は優しいんだね? ボクは君のそんなところが好きなんだよ。アサヒ君?」


 黒い視界が、がらりと崩れた。

 薄暗い天井と、俺の顔を覗き込むミンセントとゴリアテの顔が見えた。俺たちと違って、二人は無傷。まるで、崩落なんてなかったように振舞っている。アロハシャツに差し込んだサングラスを取って、彼女は慣れた手つきで自らにかけた。


「あぁ、二人とも無事でよかった」

「へぇ、良かったなんだ。本当にアサヒ君は可愛いね。そんな可愛いアサヒ君にはお礼として得物は壊しておこうかな。こんなの足止めに過ぎないだろうしさ」


 ミンセントは落ち着いた様子で、そう話す。

 その言葉の意味が俺にはあまり理解できなかった。「そういう契約なんだ。ボクの大望のための……犠牲となって欲しい」なんて、良いながらミンセントは踵を帰す。


「じゃあ、ゴリアテ君。後は任せたよ。ボクはクライアントと連絡をしないとさ」

「あいよ」


 かつ、かつ、と離れていくミンセント。「まさか、俺たちを嵌めたのか?」「ああ、その通りさ。残念ながらな」俺に近づいて(恐らく)得物を探すゴリアテ。


「お前たちが潜水服って言ってるような奴と俺たちは元々協力関係にあったってわけだな。スエズ一家を排除したのも、俺たちと潜水服の共同作業って奴だ」

「なんだって……?」

「ミンセントも言ってただろ? 俺たちみたいな雑魚がSランクの探索者様に会おうと思うとこれくらいはしなくちゃならねぇっていうことさ」


 なるほど……。

 その言葉から察するに、ミンセントはアトモスに会うために潜水服と協力してるっていうことか。さて、不味いな。このままだと得物が破壊されてしまう。何か逆転の一手は……。


「さてと、お前の得物は……Bランクの武器か。随分良いものを持ってやがる」

「だろう? 一品物さ」


 なんて、余裕ぶった返事をするが内心は冷や汗がダラダラだ。俺の“貧すれば鈍する”は強力な武器だが、それに頼り切った立ち回りをしているわけではない。俺のみで言えば、得物を破壊されても戦線復帰は早い。

 しかし、他の三人ともなれば少し意味合いが変わってくる。ただ、ゴリアテが俺の武器に触ろうとするなら、この瓦礫をどうにかするはずだ。体勢は不利だが、狙いはそこしかない。神経を尖らせて、俺はその時を待った。


 瓦礫が退かされ、俺の得物をゴリアテが奪っていく。


 自由になった右手を動かして、ゴリアテにバレないように俺は可動域を増やしていく。右手で瓦礫を押しのけたり、体勢を変えたり、手練手管を使って格闘すること数分。「よし、出れた」

 瓦礫を蹴り飛ばして、俺は解放。


「おいおい、中々ガッツがあるじゃねぇか」

「だろう? 叩き上げだからな。さてと、俺の得物を返して貰おうか」


 拳を構えて、ゴリアテと相対。対するゴリアテは得物を後ろに放りなげて、がきんがきんと拳をすり合わせる。「おう、相手してやるよ。もうずっと暴れられなくて、身体が疼いて仕方がなかったからなァ!」

 崩落したことで、小部屋ではなくなったこの場。他の通路や部屋にたまった溶岩がギラギラとゴリアテの鎧を照らした。あの装備に立ち振る舞い、口ぶり。全てを総合して考えるに、ゴリアテの実力は高いのではないだろうか。


 ミンセントが言うような、下っ端ダメダメ探索者とは思えない。


「さぁて、始めようぜ!」


 その言葉通り、ゴリアテは拳を地面に擦り付け……そのまま俺に向かって前進。何をしてくるかは分からないが、俺の作戦は単純だ。相手の攻撃を避けながら自分の得物を手に取って、相手を倒す。

 それだけだ。

 だから、相手の攻撃の振りに合わせて避ける。その後に後ろに向かって走る。それで十分。相手は拳、それを考えればリーチは短い。ゴリアテが間合いに入るその瞬間に合わせて回避するために集中。


「はっ! 甘ェ! 甘ェ!」


 だが、リーチの外でゴリアテは地面に擦り付けた拳を振り上げた。かなり大きな仕草のアッパーである。その挙動の意味が分からなかったが――振り上げられた拳と同時に地面が抉られ、俺に飛翔したことで狙いが理解できた。


 目眩ましと牽制。


 どちらも兼ねた実用的な一撃。

 それがゴリアテの狙いだった。「不味いっ!」予測が外れてしまった。その隙はデカく、俺はとにかく横に逃げて回避。「な? 甘いだろ?」しかし、ゴリアテがそれを読んでいたように……既に俺の前に立ちはだかっていた。

 即座にジャブが撃ち出される。

 重装とは思えないほどの一撃。何とか腕を挟み込んで威力を軽減するが――それでも骨に響く。


「ぐっ!」


 背後に飛ばされるが、瓦礫の山が俺の退路を断っていた。「はっはァ! 逃げ道はねぇぜ!」間合いを詰めながら、ゴリアテは得意げに叫ぶ。右へ左へステップを踏みながら、ボクシングのウィービングのような動きを披露する。

 ここで畳みかけられるのは不味い。

 腹部を目掛けて放たれる拳をサイドステップで回避。「見え透いてんだよォ!」追撃を腕で受けて相殺。逆に間合いを詰めて「ああ、俺もだ」残る片手で狙うのは顎へのパンチ。


 がん!


 モロに入った――だが「効かねぇなァ!」ゴリアテの重装には無意味。逆に、俺が繰り出した拳を掴んで、そのまま乱雑に俺を投げる。


 吹き飛ばされ、地面を転がる俺。


 あいつ……片手で俺を吹っ飛ばしやがった。本当にゴリラみたいな筋力だな。あークソ、強いじゃないか。誰だ、自分たちを雑魚呼ばわりしてたのは。


「そこまでです。両者争いを止めてください」

「あん? 誰が俺の邪魔を――!」


 威勢の良い言葉が途切れた。何とか体勢を整えて、俺は声の主を見る。


「本来探索者同士の私闘を取り締まる権利はありませんが、故意の器物破損はその範疇にありません。何より――」


 かつ、かつ。


 こんな場所でもキッチリとした革靴とスーツを着こなすような探索者は一人しかいない。


「試験の運営として、口を出させて貰いますよ」


 タロウが、この争いに参戦した。


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