「トントン拍子に溶岩龍との戦い本番になったけど――本当に大丈夫なのかしら、あいつら」
「す、少なくとも私やチーちゃんよりは……つ、強いと思うよ……木陰集会の人たちは」
「そんな分かりきったこと一々言わなくていいのよユウちゃん! それに心配してるのは強さじゃなくて、人格の方!」
溶岩龍がいるであろうエリアに足を踏み入れた俺たち。後ろから賑やかなやり取りが聞こえてくる。緊張感がないんだか……あるんだか……。
俺たちの目の前にあって目立つのは、大きな溶岩だまりと次の階層に繋がる入り口が一つ。中央にポツリとあるそれを見据えて「このまま入ってしまえそうなのに……」と、俺の隣に立ったソウジが目を細めた。
「本当よ、何もいそうにないじゃない。身構えて損したっていうべき?」
「そう断言するのは早いぞチヒロ。感覚を研ぎ澄まして、周囲をよく見てみるといい。気がつかないか……? そこにいる奴の気配に」
「え……」
俺がソウジとチヒロに事実を指摘。その言葉に従って、ソウジもチヒロもユウリも各々の方法で周囲の様子を窺った。「確かに」最初に気がついたのはソウジ。「下、ですね」その言葉に、俺が同意を示そうとした瞬間――。
「グガアア!」
そんな咆哮が響き渡ったと思えば、地面を抉って出現するのは溶岩龍。「出たわね……!」槍を構えて、チヒロが一歩踏み出した。
「さてと、作戦通りに行くぞ!」
俺たち四人はそれぞれ別の場所に散り散りになる。
ヘイトを分散させる目的だ。
溶岩のギミックの都合上、半端な回避は意味がない。カバーだってする意味が薄いのだから、俺たちが固まる必要はない。
――そう判断。
個々が生き残って、作戦を遂行できる確率を引き上げる。そうした布陣だった。
「ゴエモンたちが準備を終えるまで、精一杯時間を稼ぐぞ!」
「は、はい! 頑張ります!」
やり方は分からないけど、ゴエモンたちには溶岩の攻略法があるらしい。それが何かは全く分からないけれど、俺たちはそれを信じて時間を稼ぐしかない。
槌を構えて、盾を取り出し、刀を引き抜く。
各々の臨戦態勢が形成されていった。
対する溶岩龍は、ぐるりと身体を動かして「ぎゃあおん!」と咆哮。その凄まじい声量に、空気どころか岩肌さえも小刻みに振動。
どうやら向こうもやる気は十分らしい。
「全員、溶岩には触れないように!」
「は、はい!」
指示を飛ばして、各々が移動開始。ソウジ、チヒロが左右から溶岩龍の側面を取っていく。ユウリは正面、俺はやや離れた後方で全体を俯瞰できる位置に立つ。なんというか、俺だけリスクを背負っていないように見えて気が引けるが、どこに移動しても場所が被るので仕方がない。
ぎろりと、俺たちを一瞥した溶岩龍は大きく口を開けて見せる。もはや、何度見たかも分からない光景だ。次の行動は簡単に予想できた。問題は、誰を狙うのかということ。全員の間に、緊張が走る。
溶岩龍の視線の先は……ユウリ!
「気を付けろ、ユウリ狙われてるぞ!」
「は、はいっ!」
ぐっと、縦を構えたユウリ。両足に力を込めて、いつでも動けるようにしていることが伝わった。狙いは分かったが、俺たちもいつでも動けるように体勢を整えておく。周囲の熱が、溶岩龍に集っていく。
来るっ!
そう感じた瞬間、凄まじい熱量の溶岩が龍の口から放たれた。眼下にいるであろうユウリに放たれたそれは、眩い光を放って地面を焼き穿つ。
「ユウちゃん!」
「大丈夫ですっ!」
盾でわずかに溶岩を受けて、軽やかに回避したユウリ。「やっぱり、この盾の耐久性は本当に凄いです!」と、11から貰った盾をほめたたえた。対する溶岩龍は、自分よりもはるかに小さく弱いであろう生物に、自らの一撃がいなされたことが不服だったのだろう。
咆哮を一つ、響かせて自らの身体全てを溶岩から露出させた。
階層と階層を繋げる空間とは得てして、広いものである。故に、溶岩龍の巨体が思う存分動くことが可能であり、それは俺たちにとって有利でも不利でもあった。狭い空間であれば、その体躯から小回りが利かなくなるものの……閉所での溶岩ビームは極悪すぎた。
逆に、ここみたいな広い空間になると……。
「ソウジ、合わせなさい! 動く前に叩くわよ!」
「オッケー」
チヒロとソウジが左右からそれぞれ、溶岩龍をめがけて飛び上がる。
合わせて、宙に浮かんだ溶岩龍がぐるりと身体を回転して応戦した。「ちっ!」恐らく、硬い鱗に弾かれたのかチヒロは地面に急降下。
「暴れるね」
ソウジは持ち前の身体能力を活かして、溶岩龍の背に飛び乗っているようだった。「あー、こっちだけ弾かれて、ちょっとむかつくわ!」と、怒り心頭のチヒロを横目に俺も駆け抜けて飛び上がった。
彼の火力があれば、溶岩龍に有効打を与えることはできるかもしれない。もしそうだとするならば、俺たちがやるべきことはソウジを全力でサポートすることだ。
俺は地面を蹴って、飛び上がる。
得物を構えて、振り回すことで重心を移動。そのまま溶岩龍の気を引けるように、その身体を打ち抜いた。「硬っ!」ガキンとしか表現しようのない、甲高い金属音が耳を強烈につんざいていく。
しかも、むかつくのが俺の攻撃なんて全く効いていないことだった。背に乗ったソウジにも、大した反応を示していないことから……溶岩龍は俺たちの想像以上に俺たちを脅威としては認識していないようだった。
それがありがたいやら、ちょっとムカつくやら……。俺もこれ以上は滞空できないので、地に戻る。俺とチヒロが一蹴されて苛立ちを覚える中、背に乗ったソウジは余裕綽々とした様子で刀を鞘へと戻していた。
誰の目から見てもわかるほどに、ソウジに魔力が集っていく。
その異変に、さしもの溶岩龍も気が付いたようだった。ぐるりと身体を旋回させて、あるいは壁に打ち付けて、ソウジを引きはがそうとするものの……合わせて身体と体勢を移動させてソウジも落下を防ぐ。
「さて、龍は斬れるのか……居合切り!」
鞘から刀が引き抜かれて、溶岩龍の身体に叩きつけられた。剣圧と斬撃の余波が、俺の肌さえ揺らす。それほどの一撃だった。
「グッギャアアア!」
という叫び声をあげる溶岩龍。断末魔じみた悲鳴らしく、溶岩龍の身体は真っ二つに斬られて、地面へと落ちる。上下二つに分断された巨躯が、どん、という地響きと共に溶岩へと沈んでいった。「確かに硬かったですが……意外と斬れるものですね」軽やかに着地したソウジが、何てこともないようにそういってのけた。
「え、倒しちゃったの?」
チヒロが拍子抜けしたように目を丸くしていた。
俺も正直同じ気持ちだ。
いくらソウジが強いとはいえ、まさか一太刀で切り伏せてしまうとは。「……いや、まだです!」しかし、レナが緊張の糸を緩めさせてはくれなかった。
「溶岩龍、まだ生命反応があります!」
「でも、もうこんなさっきの身体じゃ……」
チヒロがレナに反駁したところで、溶岩が蠢いた。
正確には……溶岩だまりそのものが、鳴動した。「まさか……」俺たちは声を揃えて脈動する溶岩を見据える。
「来ます!」
その言葉と共に姿を溶岩だまりから姿を見せた溶岩龍、身体を溶岩で覆い……斬られた箇所は丸々溶岩で代替え。
「マジかよ」
思わずそう呟いてしまうほどの暴挙。
身体を溶岩で覆われてしまえば、ギミックの都合上俺たちは下手に攻撃することができない。「うーん、溶岩って斬れると思いますか?」ソウジは刀を鳴らして、切っ先を溶岩龍に向ける。
ソウジの実力がどうこうではなく、溶岩はギミック。身体の面積中、半分以上触れてしまえば即座に帰還させられるような代物だ。それは単純な斬った張ったで解決できるものとは思えなかった。
この状態の溶岩龍に攻撃をするためには――溶岩ギミック自体を攻略する必要がある。でも、肝心のその方法が分からない。
「時間稼ぎ、ありがとうでござる!」
そんな窮地に、ゴエモンの声が響いた。
ポン、という白煙と共に姿を見せるのはゴエモンを筆頭にした四人の忍者。木陰集会の面々だった。
「ここからは拙者たちが活路を拓くでござる」
そう告げる忍者たちの背は、想像以上に頼もしかった。