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第63話 主

「おいおい、あれは……!」


 溶岩だまりから出現した巨大なエネミー。

 その姿を見て、俺は愕然としてしまう。一連の階層には、その階層を象徴するようなエネミーが存在していることがある。

 所謂“主エネミー”という奴で、基本的にその階層ではズバ抜けた強さを持っていることが多い。それはこの45階層から54階層までの火山ダンジョンの主――『溶岩龍』もまた例外ではない。


 蛇のような長い長い、一本の身体をくねらせて出現した溶岩龍はぎろりと眼下にいる俺たちを見下した。ぐるりとさらに身体をうねらせたかと思えば――大きく、口を開けて構える。


「不味い!」


 何が起こるか察してしまった俺は、全員に声をかける。

 潜水服が逃げる準備をしている姿が視界の端に移ったものの、もう構ってはいられない。「逃げるぞ!」そうして声をかけて、俺たちは一気に溶岩龍から距離を取っていく。


「そんなに強い攻撃なんですか?」


 僕なら切り返せるかもしれませんけど、という雰囲気でソウジが言っているが俺は首を横に振って彼の考えを否定した。「そんなに強い攻撃なんだ。何せ、アイツの放つ技は――」

 そうして、俺は背後をチラリと振り返る。

 溶岩龍の開かれた口に溜まったそれが、ビームのように射出される。下から上へ俺たちを掠めていったのは溶岩。


「まさか、これって……」

「ギミックの溶岩を垂れ流してくるって言いたいの!?」


 ユウリとチヒロが声を揃えた。

 そして、まさしくその通り。


「ああ、溶岩龍は半分以上触れたら即死の溶岩を再現なくまき散らす。それだけじゃなくて、既存の立ち位置も溶岩エリアに塗り替えてくるときたもんだ。こんな奴を真正面から倒すなんて、考えるだけでも面倒臭いだろう!」


 俺は“主”である溶岩龍の恐ろしさをこれでもかと三人に伝えておいた。

 そもそも四人で倒すような相手でもない。

 ひとまず、ここは逃げの手を打つのが賢明だ。「アサヒさんは知っているでしょうけど、ソウジさんたちに向けて溶岩龍の情報をまとめておきますっ!」レナから頼もしい報告が聞こえてきた。


 こういう時サポーターがいると、本当に便利なのだ。


 全盛期の彼女ならば、その作業と並行して前線に立っていたというのだから……本当に恐ろしい。


 入り組んだ迷路みたいな火山の中をどんどんと進んでいき、溶岩龍から逃げる俺たち。しかし、相手だって簡単に逃がしてはくれないらしい。大きく身体を揺らしながら溶岩龍は地面を蛇行。

 地響きと土煙と溶岩をまき散らして俺たちを追いかけてきている。


「ああ、もう! 潜水服を狙いなさいよ!」

「む、無理だろうねチーちゃん……あの人、道具を使って逃げたみたいだから」

「本当、逃げ足だけは立派な奴! ムカつくわ!」


 そんな風に憤るチヒロをユウリが何とか窘めていた。

 しかしまぁ、チヒロがいるとPTが良くも悪くも賑やかになるな。彼女の存在がそういう意味では助かるとも言える。今はそれなりに絶望的な状況なのだが……割と明るく過ごすことができていた。

 なんてちょっと気を抜いた途端に、溶岩龍は動きをピタリと止めた。「諦めたのかしら?」なんてチヒロは言うが、恐らくそうじゃない。

 立ち止まった俺たちが、まじまじと溶岩龍の様子を窺えば――またも大きく口を開ける様子が見えた。それが何を意味するかは、当然理解できる。


 この狭い通路で溶岩ビーム(今命名した)を放つつもりだ!


 そうなってしまえば、俺たちに避けようはない。その前に溶岩龍の口を塞ぐか、俺たちが避けられる場所を探さなくちゃいけない。さっきの攻撃のチャージ時間を見るに、ビームが飛んでくるまで数十秒と言ったところだろうか。


 まず前者の選択肢はあり得ない。

 溶岩龍の攻撃をこの短時間で中断させる術なんて、俺たちは持ち合わせちゃいない。だから俺は「レナ、今すぐ逃げ道があるか探してくれ!」とレナに指示を出した。そして、次の手を考えておく。

 次の手というのは、もちろん逃げ道が見つからなかった時。

 諦めるわけにもいかないし、そういうのは性分ではない。だからこそ、どうにかして逃げ道を見つけたいところなのだが……。


「む、無理そうです! 逃げ道在りません!」


 レナからの報告があがる。

 そうしている間にも、溶岩龍の口からは溶岩が集まっていき……とんでもない熱量をこの距離からでも実感できるほどとなっていた。「ど、どうするのよ」「やっぱり、僕が斬るくらいしか……」「いや、わ、私が皆さんの盾に……」ソウジたちの作戦会議の様子が聞こえてくる。

 けれど、そのどれもが有効な選択肢ではない。

 考えろ、考えろ。

 今にも吹きこぼれそうな溶岩ビームを前にして、俺はひたすらに思考を続けた。


 そして、そんな俺に光明が見えた。


「前だ! 前に行くぞ!」


 そう告げて、俺はダッシュ。「はぁ!?」と、チヒロが驚くも相談する余地はない。「いいから!」そうやって強引に言い聞かせる。

 困惑するチヒロとユウリ。

 ソウジだけが得心がいったように頷いて、俺よりも前に駆け出していった。


「これで意味のない行動だったら、怒るわよ!」

「賭けってところだ。何もせずに溶岩で御陀仏よりはマシだと思う!」


 そういって俺たちは溶岩龍の付近へと接近。

 狭い通路、溶岩龍が塞いでいるといっても過言ではないが、通り抜けることが目的ではないので問題はない。

 そう、俺たちの目的地はここ。溶岩龍の側面だ。


「これで、どうやって回避を……まさか」

「ああ、今チヒロが考えた通りだ。こいつは、今小回りが利かない。だからこそ、逆に迫ってやれば!」


 溶岩龍が溶岩ビームを吐き出すが、俺たちの目論見通り目の前を焼き尽くすものの――側面に立つ俺たちには一切届かない。

 俺たちにビームを当てようと、溶岩龍は精一杯身動ぎをしているが、それもこの狭さでは無意味なこと。周囲を焼き尽くすことはあれど、前方よりも後ろには攻撃を当てることができないでいた。


「よし、これで完璧だ」


 なんて、勝利を確信したのも束の間。

 溶岩龍は凄まじい勢いで前方へ突進。今しがた上書きした溶岩の中に入っていったかと思えば――ぼこん、と頭部だけを溶岩から突き出して俺たちを睨めつけた。

 そして、口を開いて本日三度目の溶岩ビームの構え。


「おいおい、マジか!?」


 この短期間で、俺たちに対策ができないような方法をラーニングしてきたのだ。この溶岩龍は!

 頭部だけを溶岩から出してしまえば、小回りが利く上に俺たちはこの狭い場所で避けざるを得なくなってしまう。そして、この場所には逃げ道がないと来た。


「ちょっと、これはどうするつもり?」

「これはちょっと流石に……不味いな」


 そう言わざるを得ない。

 というか、上書きされた溶岩の中にも潜り込めるなんて、ちょっとズルだろう! 予想できるわけがない!


「やっぱり、溶岩を斬るしかないようですね。一度斬ってみたかったので、丁度いいです」

「あれはギミックだから、斬れるとは思えないが……」


 思えないが、今はソウジ以上の対抗策が思いつかない。

 何か、策は。

 この場を切り抜ける方法はないだろうか。必死に考えるが、何も思い浮かばない。

 そうして、諦めかけたその時。


「忍法! 口寄せの術!」


 そんな声が、響いた。


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