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第62話 潜水服の再来

 45階層は、いつになく人で溢れていた。

 周囲を見渡せば、Cランクの探索者も多く見え――それほど、今回の試験は注目度が高いことが分かる。ある種の熱気が伝わってくるのは、ぶくぶくと吹き立つ溶岩だけじゃなくそれだけの人が集まっている証拠でもあるのだろう。


 火山内部を模した構造のダンジョンは、閉塞的な空気が流れており……溶岩に照らされたアンバランスな明るさが、どうにも気になった。鳴動する溶岩を見て、俺はユウリたちに注意喚起。


「溶岩に落ちると一発アウトだから気をつけろよ」

「そうなんですね。ここはそういう“ギミック”っていうことですか?」

「まぁな。引きずり込んで来るエネミーもいるから熟練探索者でも引っかかることはある」


 溶岩はダメージを与えてくるわけじゃなく、確定で死亡判定を与えてくる厄介なギミックだ。

 この階層は階層相応に敵のスペックも向上しているが――厄介なのは、ギミックである溶岩を駆使するエネミーが多いという点だ。


「身体の半分が溶岩に浸かると、その時点でアウトなのよね」

「ま、まぁ……半分も身体が溶岩に浸かって生きてる人なんていませんもんね」


 チヒロとユウリの会話が背後から聞こえてきた。

 幸いというべきか、このダンジョンは広さこそ相当だが階層移動の方法などには癖がない。本当に溶岩だけ気をつけていればいいので、その点は気が楽だった。


 俺たちはエネミーたちに注意を払いながら、どんどんと進んでいく。


 ◆


 46、47と順調に階層を経てきた俺たち。

 ペースは順調という他ない。「アサヒさん、丁度近くに木陰集会の人たちがいるようです」レナからの連絡が入った。

 木陰集落――忍者のロールプレイが大好きな変人集団だが、中ギルドからの支援を受けている疑惑があった。タロウに任されている仕事を熟すためにも、彼、彼女たちに接触したい。


「よし、じゃあ案内してくれ」

「はい、分かりました!」


 レナのナビゲーションが開始。

 それに従って移動していると――「アサヒさん!」ソウジが俺に声をかけた。彼が何を言いたいかは分かる。

 俺も、その気配を感じ取っていた。


「こりもせずに来たわね、潜水服!」


 目の前に立つそれに、チヒロが人差し指を突き立てた。火山という場所に全く似合わない、フルフェイスの潜水服を着込んだ人影がぽつりと佇む。それがどうにも歪で、眼についてしまった。


 俺は自らの得物である大槌を取り出して、構えての臨戦態勢。


「残念ながら、お前たちは念入りに潰すように言われているんでな」


 くぐもった声が潜水服から聞こえた。「最低でも、その得物は全て没収だ」かつ、かつと歩み始める潜水服。それに合わせて地面を蹴って疾駆するのはソウジ。次いでチヒロ、俺が走った。


「こりもしないのは一体どちらか――見てやろう」


 凄まじい速度で潜水服に接近したソウジは刀を下から上へと振り上げた。

 風を斬る音が耳を打った。

 しかし、ソウジの一撃は空振り。潜水服は身体を半身にズラして斬撃を避けて見せていた。その隙を突くように踏み込んだチヒロが槍での突きを行うのだが――これは潜水服の持っていた銛に遮られてしまう。


 だからこそ、空中に飛び上がった俺が決める!


 大槌を構えて、そのまま回転しながら振り下ろす。


「立ち位置が悪かったな」


 潜水服がそう呟いたかと思えば――溶岩からエネミーが出現し、俺に向かって飛び立ってきた。やむなく槌を振って迎撃。エネミーを溶岩に打ち返すが、その間に肝心の潜水服は俺たちから距離を離していた。


「なるほど」


 着地して、俺は潜水服を見据えた。

 ソウジたちが言っていた言葉の意味がよく理解できた。「エネミー操作までできるとはな」と、半分皮肉半分本気で話す。


 ただ、今のやり取りで確信を持てた。

 多分だがこいつのスキルは――「便利そうだな、お前の未来予知は」俺は自分の中での確信を言葉にした。


「……」


 潜水服は相変わらず沈黙したまま、どうやら俺の言葉に付き合うつもりはないようだった。


「未来予知ですか? アサヒさん」

「ああ。こいつは何も水流を操っていた訳じゃない。事前に水流の出てくる位置を知っていたから、それに合わせて立ち回っていただけだ」


 ソウジたちに俺は自分の推測を話した。

 ギミックに干渉できるスキルよりも、こういったスキルであると考えた方がより自然だ。そして、それならばソウジたちの攻撃を見切ったことや先ほどのエネミーが出現したことも何となくではあるが説明できる。


 潜水服は何かしらの方法で未来を見ていたから、それに合わせた動きをしていただけに過ぎない。


「やるじゃない。じゃあ、その対策まで分かってるのよね?」


 チヒロが続けて俺に語りかける。「……」思わず、俺は黙ってしまった。


「何よその沈黙……もしかして、何も考えていないってわけ!?」

「当たり前だろ、未来予知だぞ! どうやって対応するかなんてすぐに出てくると思ってるのか!?」


 互いに怒りをぶつけあう俺たち。「あ、あのー……そ、そんな場合じゃ」なんてユウリから全うな意見が飛び出した。

 そう、そうなのだ。

 未来予知であることは分かった。

 ただ、その情報はより攻略を困難にすることはできても、これ単体で状況を打開できるようなものではない。


「意外とそうでもないかもしれませんよ?」


 なんて、ソウジが言った。


「タネと仕掛けが割れたなら――後は簡単です」


 刀を構えて、ソウジはニヤリと笑みを浮かべる。そして、僅かに姿勢を下げたかと思えば、二度目の疾駆。「――!」潜水服の表情は分からないが、明らかに今までと比べて同様しているように見えた。


「見えたのかな、貴方の未来が」


 接近したソウジは刀を構えて、ふぅ、と息を吐いた。「ダンジョンならではの、こういう技……やってみたかったんですよね!」という言葉と共に、刀が幾本にも分裂。行われるのは無数の刺突だ。

 自身の魔力で刀を生成して、攻撃する技か。

 その範囲は対人に対してであれば、過剰なまでに広く――なるほど! そういうことか。


「グッ!」


 ダメージを受けつつ、後退する潜水服。


「いくら未来が見えても、避けようがない攻撃は対処できない。そうでしょう?」


 刀を構えて、ソウジはそう締めくくった。

 点でダメなら、面で攻撃する。あの攻撃を回避しようと思えば、ソウジと同じだけの技量や実力を持つ必要がある。いくら未来が見えても、それはできない。

 つまり、潜水服自身の実力はやっぱり並程度であると考えるのが妥当だろう。


「――その通りだ。だが、俺に時間を掛けすぎたな」

「……何?」


 潜水服がそう言った瞬間、地響きのようなものが聞こえたかと思えば――背後の溶岩だまりから巨大な何かが出現する。


 それが、この階層一帯の主であることは……疑いようもなかった。


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