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第61話 不穏な気配


「遅いわね!」

「悪い、ちょっと化け物たちに絡まれててな」

「あはは、その化け物にサナカさんって入ってるんですか?」

「それは……ノーコメント」


 ギルドの休憩スペース、その一角を借りて俺はソウジたちと合流していた。

 俺の到着が遅いことに対してチヒロは憤っていたが、こればっかりは仕方がない。ソウジの皮肉も避けて、俺は本題に入った。「俺が逸れた後、どうなったんだ?」

 一通りの話はレナから聞いていたが、本人たちから聞いておきたかった。


「そうね、結局あの潜水服は逃げていったわ。水流に乗ってね」

「逃げることと避けることに関しては本当に一級品でしたね。僕とチヒロさんの攻撃を見切ってたみたいに避けていきましたし」

「でもでも、攻撃を当てるのも上手かったですよ。まるで、私が防御する場所が分かっていたみたいにすり抜けて来ましたから! ただ……威力はそこまで高くはなかったです」


 上からチヒロ、ソウジ、ユウリの意見だ。

 ソウジとチヒロを相手に無傷で帰還する腕前も、ユウリに対して攻撃を通す腕前も脅威的だ。そして、ギミックである水流を操る力か――考えれば考えるほど、その規格外っぷりに驚いてしまう。

 そして、それらの話を聞いた上で――なお気になることがあるとすれば。


「ただ、ビリビリとはこなかったんですよね」


 首を傾げて、ソウジはそう言った。

 釈然としないような雰囲気で、ぽつりと呟いたその言葉。それに触発されたチヒロが怪訝そうな顔で「ビリビリ?」と復唱。

 うん、と頷いたソウジはビリビリについて解説。


「事実だけを列挙していくと――凄く強いじゃないですか、あの潜水服」

「ええ、そうね。一人でスエズ一家を壊滅させていることからも、そこは疑えないわ」

「そういう強い人って、僕の経験上ですけど――対面すると、ビリビリ来るんですよね。強さが分かる感じで」

「た、確かに――アトモスの開拓卿やサナカさんを見た時って、一目見てその強さが伝わって来ました!」


 そう、今ソウジたちが話している内容こそが俺も気になっていた。

 もちろん、そうした感覚だけで全てが決まるわけではない。時として、タロウのように自らの強さを消すのが上手い手合いだって当然存在する。

 でも、潜水服からは本当に何も感じなかった。


 披露されたスペックに相応しいだけの圧がまるでなかった。


「何かしらのスキルが関与してる、ソウジもそう思うか?」

「も、ってことはアサヒさんも同じ結論に達したみたいだね」

「スキルって、一番便利な結論が出てきたわね……」


 深いため息と共にチヒロが肩をすくめた。

 まぁチヒロがそう言いたくなるのも分かる。何か困ったら、すぐにスキルの仕業にする。三流探索者がやりがちなミスの一つだ。

 でも、今回はそのミスに頼りたい気分なのである。


「と、とはいえ――あの人は、海の中で活動していることに特化している様子でした。次の階層次第では……もう会うことはないかもしれません」

「そうね。確か、次の階層は……」

「火山だな」


 俺はチヒロの言葉に続けて、次の階層を紹介。「海の次は火山、環境の変わり方が凄いですね」ソウジが若干嫌そうにそう呟く。


「穏やかで景色のいい花畑とかがいいですよね、やっぱり」

「逆にダンジョンでそんな階層が出たら俺は警戒するけどな……」


 一瞬たりとも気を抜けないダンジョンで、そんなのほほんとした場所に遭遇するのは――何かの罠な気がして落ち着くことができないと思う。


「あの人が水流を操ることに特化した人だったなら、もう会うことはないってことね。けど、もしも……次の階層でも活躍してるようなら」

「ああ、潜水服のスキルが何か悪さをしているってことだな」


 結論を述べる。

 正直言って、このままじゃ何も分かっていないのと変わらないんだけど……意見が統一されただけマシだと思うようにしよう。

 俺たちは次の階層を抜けるのに必要なものを集めて、早速進むことにした。


 ◆


 45階層の入り口付近。

 この階層に相応しくない低ランクの探索者が二名、連れ添って歩いていた。

 しかし、彼女たちの雰囲気は終始余裕綽々としたものであり――故に、歪さを感じさせる。


「ボクたちみたいな三流でも、情報を知っていれば……こんな階層でもゆったりと歩くことができるわけだ」

「おい、俺を勝手に三流仲間に入れるなよ! ミンセント!」


 軽快な笑い声で、ゴリアテの抗議を聞き流すミンセント。「いやぁ、三流だよボクたちはさ」サングラスを外して、ぐるぐると遊ばせるミンセント。周囲から漂う熱気で視界が歪む。

 もし、これが現実だったのならば彼女たちの肌はじりじりと焼かれていただろう。

 仄かに熱を帯びつつはあるが――デジタルの表現ではそれだけである。


「電脳率を上げれば、もっと楽しめるのかなぁ」

「ただあっちーだけだろうがよ。それに、そんなこと他の奴の前で言うんじゃねぇぞ、電脳率の切り替えなんざ……認可が下りてねぇ技術なんだからな」


 当然、分かっているとも!

 なんて、勢い良く返事をするミンセントに怪訝な視線を送るゴリアテ。「アンタはいつも口が軽いからな……」「ボクを信頼してくれよ。仕事はしっかりこなすタイプさ」「論点をずらすなって」

 なんて、長年連れ添った夫婦漫才のようなやり取りを披露する二人。


 すると、彼女たちの前に一つの人影が姿を見せた。


「ん、あれは……」


 そこに立っていたのは潜水服。


 本来は海中でしか存在が許されない異物が、そこに立っていた。


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