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第60話 Sランクの喧嘩

「師匠を馬鹿にしないでください!」

「――は?」


 サナカの申し出に、ユウトは不機嫌さを隠しもせずに表情を崩した。「その師匠とやらの実力を、お前は本当に知ってるのか? 新狼サナカ」ふてぶてしくふんぞり返ったユウトは、ぎろりと鋭い視線を俺とサナカへ向ける。

 その瞳に、俺はたじろいでしまった。

 何度も何度も何度も、俺を冷たく見据えたあの瞳。何よりもそれが恐ろしく思えてしまう。


「知ってるよ、師匠は私よりも強くて、知識もあるってことを!」

「正気か? 新狼サナカ、ガキだと思っていたがこれほどまでに判断力がないとはな。輝かしいSランクの称号も、こんなクズに従っていれば錆びていく」


 鼻でサナカの言葉を笑って、ユウトはそんなことを言い放つ。

 まぁ、その意見には俺も賛成だ。

 俺を師匠と慕うことが、サナカにとって良い影響があるとは思えない――悲しいことに。けれど、そうした正論は意味がなかったようだ。


「……訂正して」


 それどころか、ユウトの言葉はいたずらにサナカの怒りを煽るだけ。

 サナカの良さである、元気はつらつとした雰囲気はどこへやら。声の調子が落ちたその声色から“マジ”感がひしひしと伝わってくる。「何だって?」

 ユウトはその余裕綽々とした態度を崩さずに、サナカに言葉を聞き返す。


「だから――その言葉を訂正して、って言ってるんだよ」


 背負われた鎌が、ユウトの首にあてがわれた。「ちょ、サナカ!?」思わず俺は立ち上がってしまった。二人の間に割って入ろうとするが、それよりも先に「テメェ――!」ユウトの身体が黒が露出。

 周囲を滲ませるように、ユウトから放たれた黒い魔力は鎌を汚染し――それを退けた。これは、不味い。


「誰に物言ってるのか分かってんだろうなァ!」

「そっちこそ、誰の師匠を馬鹿にしてるか分かってる?」


 お互いに一歩も譲らない。

 Sランク同士のぶつかり合いに、俺の肌が震えることで危険を伝えてきた。

 ユウトのねっとりとした、嫌らしい魔力もそうだけど――サナカの真っ直ぐな怒りも十分に恐ろしい。サナカが退かないことが分かったからか、ユウトは舌打ちと共に腰に差した剣を引き抜いて見せた。


「格の違い、教えてやるよ新人!」

「そう、ぜひ教えてよ。先輩」


 俺とタロウを挟んで、二人が加速。

 二度、いや三度。

 鎌と剣が重なった。金属製の甲高い音が耳をつんざき、空気の振動が肌を震わしていく。

一際の高音と共に、両者の得物が弾かれた。


 しかし、その空白も一瞬。


 ふぅ、と二人が同時に息を吐く音が微かに聞こえた。


「サナカ! こんなことをしてる場合じゃ――」


 俺の制止が届くわけもない。

 両者は一歩も退かず、得物がぶつかり合う速度は加速していくばかり。

 遂には俺の目でさえ追うことができない速度にまで達して――振動は風となって俺の頬を撫ぜていく。このままでは、小競り合いでは済まない。


 とはいえ、俺には二人を止めるだけの実力はない。


 今、二人の間に入ったとて、その攻撃に巻き込まれて吹き飛ばされてしまうのがオチだ。

 さて、どうやってこの場を収めよう――そう思案していると。


「お二人共、落ち着いてください」


 ソファから腰をあげたタロウが、酷く落ち着いた様子で言葉を放つ。

 しかし、そんな言葉が二人に聞こえるわけもなく――目の前で繰り広げられる剣戟は留まるところを知らない。

 むしろ、タロウの小さな声は剣戟の音にかき消されていた。


「はぁ――これだからSランクは」


 そんな愚痴のような言葉を零して、タロウは中へと剣戟の中心部へと――臆せずその足を踏み入れた。


 ガンッ!


 そんな音が響いたかと思えば……「!」二人の剣戟がピタリと停止。的確に両者の得物を握る腕を抑えたタロウは、はぁ……と深いため息を漏らした。


「Sランク同士の小競り合いは困ります。ああ、いえ――どの探索者の小競り合いも困りますが。ともかく、これ以上暴れるのなら僕が代わりになりましょうか? こう見えてスタミナには自信があるんです。社畜なので」


 サナカにも、ユウトにも向けてタロウは言葉を綴った。「サナカ! タロウさんもユウトさんも困らせるな」俺もタロウに合わせてサナカを叱りつけた。

 うぅ、と肩を丸めて縮こまるサナカ。


「でも、でも……師匠を馬鹿にされてるなんて許せなくて!」


 正直サナカの気持ちは嬉しいけど……これはちょっとやり過ぎだ。

 というか、ユウトは自制が効かない。

 もし本気でぶち切れたら、抑えるのは至難を極める。


 正直アイツの態度もどうかと思うけど――サナカには大人になって貰おう。


「気持ちは嬉しいけどTPOは弁える必要があるな」

「はんっ、腰抜け師匠に狂犬のSランク。良く似合ってるな……無様具合が、だが」

「ユウトさんも、これ以上ややこしくしないでください。ユウトさんを推薦したアトモスさんの顔に泥を塗りたいのであれば――別ですが」

「……チッ」


 そこまで言われて、ユウトは不機嫌ながらに収まった様子で着席。俺は額の冷や汗を拭った。

 ――正直、どうなることかと思った。

 あの二人の間に訳も無く入っていくタロウの胆力は凄まじい。彼も伊達にSランクに認定されていないということだろう。二人とも本気じゃないとはいえ――それを容易く止めてしまうのも、彼の実力を嫌というほど証明していた。


「――ユウトさんとアトモスさんにどんな関係が?」

「俺の先生ってだけだ」

「じゃあ、その先生を馬鹿にされたらユウトさんだってムカつかない?」

「まだ続ける気か? さっさと本題に入れよCランク」


 食いつくサナカに、もう付き合ってられないと言いたげな様子でユウトは首を左右に振る。ぶっきらぼうに俺へとパスを繋げた。

 ユウトなりに気を遣った言い方に変えたんだろうということは分かる。しかし、サナカにとってはそれも気に食わなかったようで、目を細めてじーっとユウトを見つめ続ける。「ちゃんと名前で呼んでよ」「――ああ、クソ。タナカ、これでも俺が悪いっていうのか?」

 机を蹴り、ユウトは舌打ち混じりにタナカに意見を求めた。


「名前は呼べるなら呼んだ方がいいでしょうね」

「……さっさと本題に入れ、アサヒ」


 ぎろりと、俺を睨むユウト。

 俺は別にCランク呼びでも良いっていうのに、どうして怒りの矛先が俺に向いているんだろうか。途方もない居心地の悪さを感じつつ俺は咳払い。


「分かった。今回話したいのは――この試験を意図的に妨害しようとしている連中がいるかもしれないってことだ」

「はっ、そいつらが勝手に雑魚共を排除してくれるってんなら、試験が楽になるじゃねぇか」


 両手を後頭部に回したユウトは一笑。「ユウトさん、それは些か早計かと。大切なのは、そうした勢力が存在するとして……なぜ、試験の妨害をしているか、でしょう」「それを、そこの雑――アサヒは分かってるとでも?」

 ユウトの人差し指が俺に突き立てられた。

 苦笑いを浮かべて、目をそらすことしかできない。どうしても、ユウトは苦手だった。しかし、サナカはそうじゃないようで「師匠に分からないことなんてないですよ! ね! 師匠!」なんて、悪目立ちするパスを投げてくる。


 彼女のキラキラとした眼を裏切るわけにも、ここで嘘を吐くつもりにもなれないので俺は首を縦に振った。


「ギルドの空き枠を狙っているんじゃないかな」

「別にいいじゃねぇか、ギルドの奴らもより強い駒が手に入って満足だろ? それとも――俺の推論に文句でもあんのか?」


 もちろん文句はある。

 ユウトはいつだって、こうして結論を急く悪癖があるんだ。でも、それを訂正することはできない。少なくとも、過去と今の俺には。


「妨害者が中ギルドや探索作戦自体に敵意を持っていた場合はどうでしょうか?」

「あぁ?」


 落ち着いた様子でタロウが答える。

 まさしく、俺が言いたかった可能性を提示してくれた。「試験の合格も、中ギルドの枠を奪うのも目的ではなく、手段に過ぎなかったら?」「んなもん分からねぇだろうがよ、それともタロウ――テメェのスキルはエスパーか?」

 ユウトの怒りはタロウに向けられる。

 最早ただのチンピラの脅しに等しいユウトの言いがかりにも、タロウはたじろぐ素振りを一切見せずに淡々と言葉を返していく。


「分からないからこそ、あらゆる可能性を想定して動かなければなりません。そして、本試験が想定外の方向に進んでいることは誰の目から見ても明らかなのもまた事実。我々は運営として適切な対処を行わなければなりません。サナカさんも、ユウトさんも――その腹づもりはお願いします」


 深々と頭を下げて、タロウが全てを代弁してくれた。

 運営部のトップであり、Sランクのタロウにこう締めくくられては……さしものユウトも舌打ちと共に了承するしかない。「はーいっ! 分かりました!」サナカの元気な返事だけが、この重苦しい空気を伴った部屋の清涼剤となっていた。


 ◆


「はぁ……」


 俺は胸をなで下ろした。

 タロウが締めくくった後、ユウトはすぐさま部屋から出て行った。

 正直、彼とは一秒でも早く離れたかったので助かった。ユウトの人間性が苦手なのもあるけど……主な理由は。「じーっ」って言葉を漏らしながら、俺を見ている弟子が原因である。


「師匠、ユウトさんと知り合いでした?」

「!」


 その指摘に俺は驚いてしまう。

 サナカはこう――時々、野生の勘じみた直感を発揮する時がある。

 そうした直感は、俺の虚飾塗れの経歴にとっては致命的だ。俺はすぐに首を横に振ってその言葉を否定。


「まさか。どうしてそう思ったんだ?」

「師匠もユウトさんも、なんだかお互いに意識しているような気がして」

「もしそうだとしたら、ありがたいことだな。Sランクに認知されてるなんてさ」

「……」


 その時のサナカの表情は、ちょっと気まずくて見られなかった。

 もちろん、そうした対応が悪手なのは分かっていたけど。

 俺に全幅の信頼を置いているサナカだったら――そんな対応でも、何とか乗り切れるように思えて。

 だから、俺はサナカから逃げるように「そうだ、そろそろ合流時間なんだ。サナカも頑張ってくれよ」と、部屋から出て行ったのだ。


「分かりました! 師匠も頑張ってください!」


 いつもと変わらないはずの、その返事に……少しの違和感を覚えたのは、多分ただの気のせいだ。


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