「はぁ!」
俺の槌――貧すれば鈍するが、エネミーを叩き潰す。
35~44階層のエネミーは油断さえしなければ俺一人でもどうにかなる相手が多く、ミンセントが全く戦闘に参加しなくても、今のところは真正面から突破できていた。「……」ちらりと、背後にいるミンセントの様子を窺った。
自分から戦おうという素振りは見せず、俺がエネミーを倒した途端に前に踏み出しては「ふんふんふ~~ん♪」という鼻歌と共に先を泳ぐのだ。かと思えば、エネミーが現れると目にもとまらぬ速さで俺の後ろに隠れる。
でも、俺の後ろに隠れるのも慌てた様子というわけでもない。
むしろ、彼女の立ち振る舞いには余裕を感じてしまうのがどうにも引っかかった。
「本当に戦えないんだな?」
「だから言っただろう? ボクは戦力として期待しないで欲しいとね。ボクに助けを求めるなんて“浅慮”もいいところだよ。ぷ……くっくく――戦力だけに、浅慮……!」
「――」
全く上手いと思えないダジャレを飛ばして、ミンセントは耐えきれないというように笑みを浮かべた。
どうにも、この詰まらないダジャレで話がそらされてしまったような気がする。「そこまで戦えないのに、どうして探索者をやろうと思ったんだ?」正直なところ、理由はどうでもいい。
興味があるのは、どうして彼女はここまで頑なに戦おうとしないのか――ということだった。いくら弱いといっても、応戦するつもりもないというのは探索者として異色のようにも感じた。
Dランクの探索者だって必要に応じて戦うことはできるというのに……。一度抱いてしまった違和感には、しっかりと向き合わなければならない。だからこそ俺は遠回りとしりながら、ミンセントに問いかけたのだ。
「あっはっは。ボクがあまりにも戦わないからアサ君も怒ってるんだ?」
「怒ってるわけじゃないさ。ただ、Cランクの探索者なら全く戦えないわけじゃないだろう?」
「そうとも。痛いところを突かれてしまった。でも、戦いは好きじゃないんだよね。弱いのは本当だし?」
ぐるりと、視線を俺に向けるミンセント。
その言葉に嘘があるようには思えなかった。彼女の真っ直ぐとした瞳とはつらつとした爽やかな口ぶりは、そうした疑念を吹き飛ばす魔力を持っている。
「ボクは探索と開拓が大好きなのさ」
「探索と開拓?」
「そうとも、おっとエネミーだ。任せたよ、アサ君!」
彼女が頭を下げると同時に、突撃してくるのは魚型のエネミー。
俺は勢いよく槌を振り下ろしてエネミーを叩き伏せながら「探索者の教科書みたいなことを言うんだな?」と、探索者教習で習った教科書が脳裏に過った。
「探索者の本分だからね――近頃の探索者にとってはそうじゃないみたいだけど」
ミンセントの声色が、少しばかり落ち着いた。
僅かな声色の変化。
でも、俺はそれを聞き逃さなかった。「近頃の探索者が気に入らないみたいだな?」と、彼女に食らいついて俺は槌を思いっきり横に振るう。俺の手にタコ型エネミーの身体を打ち抜くしっかりとした手応えが伝わった。
「その通り。近頃の商売っ気が強すぎる探索者は好きじゃないんだ」
ミンセントの表情から、今までの軽薄とも言える笑みが失せた。初めて彼女の確信に触れたような気がした俺は、目の前に立ちはだかるサメ型エネミーに踏み込みながら「というと?」と彼女に会話の続きを促した。
「ボクのつまらない話を君に聞かせる必要はないと思うけど」
「まぁ――それも、そうだなっ!」
サメ型エネミーの一撃が俺を襲う。
ここ一帯じゃ、それなり以上に強いだけはある。ずっしりと響くような反撃だった。だが――「でも、俺は答えただろ? 理由をさ」と得物を翻してサメ型エネミーを受け流した。
ミンセントは「うっ、痛いところを――」と、調子を取り戻した様子で大げさなジェスチャーを披露していた。
「今じゃ、探索者を始めた理由の多くがお金のためさ。でも、昔はそうじゃなかっただろ?」
「……それが、探索と開拓だって?」
「その通り。ボクが敬愛するアトモスの開拓卿だって――目先の利より、探索と開拓という理念に従って活動を続けているんだ」
アトモスの開拓卿。
まさか、ミンセントの口からその名前が飛びだsうとは思えなかった。サメ型の魔物に得物で何度も牽制を当てていく。「アトモスの開拓卿か」「あの人は素晴らしい探索者だ」「俺もそれは否定しないけど、そこまで入れ込むには理由があるんじゃないか?」
そこまで会話を重ねて、俺が丁度サメ型のエネミーを倒したところでミンセントは足を止めた。
「ボクは元々、孤児院の出身なんだ。とても貧しくてね――食べるものにだって困っていたんだけど、それがある日突然……嘘みたいに解決したんだ。どうしてだと思う?」
「話の流れから察するに――アトモスの開拓卿が?」
「メタ読みはちょっと意地悪だけど、でもその通り。アトモスの開拓卿が孤児院に寄付してくれたんだ。それだけじゃなくて、ボクたちに学ぶ場所もくれたんだ」
探索者の学校にね、とミンセントは付け加えた。
やっと、彼女のことが掴めたような気がする。彼女にとって、探索者とは強く憧れた職業だったのだ。だから、自分が戦えなくても――無理をして探索者であり続けようとする。
「アトモスの開拓卿は、そうした恵まれない人たちを支援して、その人たちの未来だって開拓してしまうんだ」
「……なるほどな、まさかアトモスの開拓卿がそんな活動をしているなんて知らなかったよ。俺は実際に会ったことも、話したこともあるけど――あの人はどこまでもダンジョンが好きな人だと思っていたからさ」
「会ったことがあるの!?」
驚いた様子で、ミンセントが目を丸くした。
偉く食いつきが良い。そりゃ憧れた人なんだから当然か。俺は首を縦に振ってその言葉を肯定した。「ああ、といっても二、三度だけど」「それでも十分だよ!? ボクも会いたいのに~~羨ましいなぁ!」
「実は、この仕事に応募したのも――もしかしたらアトモスの開拓卿に会えるかもしれないと思ったからなんだよね」
「なるほど……」
普通の探索者からすれば、Sランクの探索者は雲の上の存在なのだ。そんな相手に会うというのは容易ではない。だからこそ、彼女にとってはこの作戦が千載一遇の大チャンスになっているのだろう。
「会えるといいな、アトモスの開拓卿に」
「ああ。貴方がお金を出して支援した子供は、立派じゃないかもしれないけど――貴方の背中を追って探索者になったって、伝えたいんだ」
そんな、ミンセントの決意を聞いて俺はそれ以上追求する気にはなれなかった。
それから先は、とりとめも無い会話をしながら44階層を目指した。