「ふんふんふ~ん1」
やけに上機嫌なミンセントは、スキップ(水中なのでそんな軽快な動きはできないので、それっぽい動きだが)をして、鼻歌まじりにどんどんと前に進んでいく。いくら俺がいるとはいえ、自分が弱いと自称する割には随分とアグレッシブな印象を受ける。
その数歩後ろを歩く俺は、彼女の開けっぴろげな背中を眺めて「随分と前に出るんだな? エネミーとは戦えるのか?」と彼女の実力について尋ねてみる。「いいや、まーったく!」なんて威勢のいい声で、頼りない返事がくる。
じゃあもうちょっと後ろに入っていて欲しいものだ。そう思っても何も言わない。ミンセントが俺の進言を聞くとは思えないし……。
「ボクはあんまり強くないから、戦力としては期待しないで欲しいな~! でも、道はばっちり覚えてるんだぜ?」
「奇遇だな。俺も戦力として期待はしないで欲しい代わりに、道をばっちりと覚えてるんだ」
「えぇ~? 本当かい? 君は元Aランクの探索者アサヒだろう? Aランク探索者が戦力に期待できないなんて、嘘っぱちもいいところさ」
「……」
思わず黙ってしまった。
ふと、ミンセントの口からこぼれた俺の情報。意識して隠しているわけじゃないが、ここまであっさりと情報を突き付けられるとは思わなかった。「随分と詳しいな、俺に」「そうじゃないよ~? 君が思っている以上に君は有名ってだけだと思うよ、きっとね」
なんて、爽やかな笑顔で言ってくれる。
確かに俺……はともかく、俺のいたPTは有名だったと思う。「ミンセント……探索者歴が長いんだな」でも俺たちのPTが有名だったのも、もう何年も前の話なんだ。しかも、ユウトの奴も、俺について言及することは全くないわけだし。
そんな中で、俺が有名だなんて知っているということはミンセントが何年も前から探索者として生計を立てていることを意味していた。
「そうとも、実力は全く上がらないのが悲しいところだよ」
「じゃあずっとCランクで?」
「そうそう。他のPTの下請けをしながら細々とね」
「ゴリアテとはずっと仲間だったのか?」
「いや、彼とはたまに下請けを一緒にする下請け仲間みたいなものさ。たまにしか合わないから余計に名前を覚えられなくてね!」
はっはっは、という勢いのいい笑い声が響いた。ついつい、話すことがないのでミンセントの身の上話になってしまう。彼女の話にフォーカスしておけば、俺について話題が増えることもない。
でも、そんな俺の浅い考えはミンセントに見抜かれていたのか「それで、君はどうして探索者を一度やめたんだ?」なるほど、そこまで知っているなら俺が探索者をやめた理由も知っていそうだけど……。
「俺の口から言わせる嫌がらせか?」
「おや、このボクが君に嫌がらせをするような相手に見えたのかい?」
「うーん……ギリ見える」
「あっはっは! ひっどいなぁ~!」
なんてあっけらかんと笑うミンセント。このまま逃げられそうもないので「まぁ……PTリーダーと馬が合わなかったんだよな」と、当たり障りのない返答をしておく。
しかし、俺の返事ではまだ満足しなかったのか……ミンセントは俺の顔をニコニコとした顔で俺を見つめていた。無言の圧が、徐々に強まっていく。ニコニコ、ニコニコ……暗い暗い水中の中で、嫌な沈黙が流れていった。
まだ何か隠してるでしょ?
みたいな視線が、俺に突き刺さる。
「……昔のPTリーダー、まぁ知ってると思うけどユウトに追放されたんだ」
「それはどうして?」
「そこまで言う必要はあるか……?」
「うーん、ないねっ!」
なんか、ミンセントと話すの調子が狂う。これが彼女のコミュニケーション能力とでもいうべきか……。恐ろしいと感じつつも、しっかりと線引きはしておかなければならない。これ以上は踏み込まれないように、彼女から離れる。
えー、という風に頬を膨らませるがそんな彼女のいじらしいしぐさにも負けず「そういうミンセントはどうなんだ?」「どうっていうのは?」苦し紛れでもいいので、話題を変えた。
「Cランクの下請け探索者なんて、稼ぎもそこまで良い訳じゃないだろ? リスクが完全にゼロじゃない探索者をどうしてするんだと思ってさ」
「ボクは好きなんだよね。何かを探索するのがさ」
あっけらかんと、簡単なことを言うようにミンセントは答えた。その答えはまるで、探索者たちがダンジョンに挑戦を始めた黎明期の理由を見ているみたいでなんとなく懐かしい気持ちになる。
思えば……「俺もそうだったな」と初心を思い出せた。
「どうして一度辞めた探索者を再び始めたんだい?」
「それは……」
直接的な理由はサナカの登場だ。
でも、俺が復帰した理由を彼女にだけ求めるのは、少し違うようにも思えた。じゃあ、実際のところ何が理由であるのか……自分の内側に問いかけるけど、その答えは出ない。むしろ、疑問ばかりが募っていく。
探索者なんて、俺がユウトにPTを追放されてから嫌いだと思っていた。
ただ、俺は探索者関連の事業で金を稼ぐことをやめるわけでもなく……いつの間にか、こうして探索者に戻ってきてしまっているのだ。それはつまり、俺自身が探索者に何らかの未練を抱えていて、まだまだ自分から探索者という仕事を切り離せていないからなんだと思う。
じゃあ……探索者に抱えてる未練って何だろう。
そんな風な問いかけに、ミンセントの質問は姿を変えていく。でも、そうして自分にとって分かりやすい形に整えたところで俺はそんな質問にも答える術を持ち合わせてはいない。でも、答えが分からないからといって単純に投げ出せばいいという話でもない。
そうやって、ぐるぐるぐるぐると考えを巡らせていると。
「おーい、アサヒ君?」
ミンセントからストップがかかった。思考の迷路から抜け出した俺は、被りを振ってミンセントに意識を向ける。「随分と考え込んでるみたいだけど、そんな難しい質問をしてしまったかな?」首を傾げる彼女に、俺は空返事をする。
「あぁ、まぁそうだな」
「――もう、ちゃんと相手してよ~、乙女心ってのは逃げていきやすいんだぜ?」
唇を尖らせるミンセント。
彼女の明るさは、サナカやレナとも少し種類が違う。今まで俺が出会ったことがないようなタイプだ。明るいと同時に、とても軽いとさえ感じる。
軽薄とさえ言ってしまえるような彼女の立ち振る舞いが、ミンセントの魅力になっているんだろうと思う。そろそろ、探索者を始めた理由を言わないと間が持たない。でも、俺自身その理由について答えられないのだが――。
だから、俺はあり合わせの理由を答えるしかできなかった。
「お金がなかったんだ」
「へぇ、そう」
一瞬、彼女の瞳からハイライトが消えたように思えた。「今度はちゃんと見つかるといいね、理由」と、まるで全てを見通しているかのような言葉まで付け足した。
どうにも、心を見透かされているような居心地の悪さを感じてしまう。幸か不幸か、これ以上ミンセントが俺にそうした話題を振ってくることはなかった。
次の階層につくまで、俺は彼女の知り合いの面白エピソード講演会に付き合わされるハメになった。