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第56話 渦に飲まれて

 潜水服を着用した不審者――もとい、襲撃者は多勢に無勢だというのに妙に強気だった。

 魔労社の3人。そして、俺たち4人。

 Sランクに近い実力があったとしても、この人数を相手にするのはキツいはず。しかも、ソウジは見かけ上はBランクだが、その実力はAランクの中でも高いと言える。「まるで、アタシたちに勝てると言っているように聞こえますけれど?」アスミが髪をかき上げて、一歩前に出た。


 彼女の言うことは正しいが――スエズ一家を襲撃して実際に倒しているという実績がある潜水服を侮ることはできない。


「こっちが多すぎて相手に申し訳ないくらいですけど――どうしましょうか?」


 ユウリが顔を右へ左へと動かして、そう問いかけた。

 肝心のユウリが潜水服を侮っているのはちょっと心配になってしまう。とはいえ、俺がやることは決まっている「ひとまず、捕まえて情報を聞き出さないとな」「と、いうことは?」

 と、その言葉に反応してアスミが目をキラキラと輝かせた。


「先に捕まえたら、お金を支払わしてあげますわ~~! さぁ、ジェ! ナルカ! 魔労社の実力を見せてあげなさい!」

「はいよ~~……」


 やる気のない返事と共に、ジェとアスミが一歩前へと踏み出した。

 そのまま、左右に広がった二人が潜水服に対して挟撃をしかける。「かかったな」そんなくぐもった声が聞こえたかと思えば――突如として、渦潮が発生。


 潜水服を取り囲み、守るように発生したそれはジェとナルカを他の階層へと吹き飛ばしてしまった。


「な!?」


 思わず、驚きの声があがってしまう。

 こいつ――渦潮を操ることができるのか? ダンジョンのシステムそのものに干渉している……?

 様々な推測が一気に頭の中を駆け巡る。何よりも気になるのは、渦潮が発生しているというのに潜水服自体には何の影響も出ていないこと。


「ったくもう、仕方ありませんわね。私も少し席を外しますわよ!」


 そう言って、アスミも渦潮の中に突っ込んで姿を消してしまった。「……」期せずして、潜水服は魔労社を排除することに成功したのだ。


「魔労社の方を追いかけなくていいのか?」

「……まずはお前たちの排除が優先だ」


 渦潮が姿を消して、潜水服は俺たちから背を向けて逃げ始めた。「って言って逃げるのね! 待ちなさい!」と、チヒロが泳いで潜水服の背を追いかける。


「あ、待て! 早まるなチヒロ!」


 一人突出するチヒロを追いかけて、俺たち3人が遅れてついていく。「あいつ、速いな……!」チヒロはともかく、潜水服の速度は以上だった。

 恐らく、あの潜水服は水中での活動を補助してくれるものなのだろう。用意周到というか、ここで探索者たちを迎え撃つという前提のもと動いているというか……! このままやっても埒があかない。


「レナ、何か手はあるか?」

「はい……待ってくださいね。二手に別れましょう! 挟撃です!」

「よし、ソウジとチヒロ。俺とユウリの二手だ」


 一瞬の思案で正しい戦力分布を考える。この分け方が一番バランスが良いように思う。

 足の速い、二人には先導して貰おう。ソウジたちを信じつつ、俺は潜水服を追い立てていく。

 レナの示すルートで逃げるように、工夫をしていく。

 だが、相手は突如足を止めて――ぐるりと俺たちの方へと振り返った。


「お前たちの浅慮は見え透いているぞ」

「どうしたんだ、途端に強きになって――」


 突然の反転攻勢。

 嫌な予感が俺の胸を貫いたが――時既に遅し。「さて、どういうことだろうな?」銛が発射されたかと思えば、俺とユウリの間に着弾。


「外れ――って訳でもなさそうだな!」


 緩やかに立ち現れた渦潮の気配。それを感じ取った俺は咄嗟にユウリを押し出した。この渦潮に飲まれた先がどこに繋がっているかは全く不明。そう考えれば、ユウリを一人にするのは不味い。

 なので、まだ合流する可能性があるこの階層に残って居た方がいい。


「あ、先生!」

「くっ――!」


 俺は渦潮に飲まれてしまった。

 そのまま、ぐるんぐるんと平衡感覚を崩すような動きと共に――激しい水流に巻き込まれて流されてしまう。


 そのまま、意識が遠く――。


 ◆


「――い、おーい」

「ん?」


 誰かに呼ばれた気がして、俺は瞼を開けた。「お、目覚めた? おっはよ~~」俺の顔を覗き込んでいたのは――ミンセント。

 ゆっくりと身体を起こして、俺の意識は徐々に輪郭を取り戻していく。ああ、そうだ。あの襲撃者が生み出した?(これはちょっと分からない)渦潮に飲まれて、それで気を失ったんだ。


「大丈夫そ? いやぁびっくりしちゃったよ。でも、同時に助かったかな? ボクもスエズ一家とはぐれるし、ゴリ君ともはぐれちゃったし」

「……俺も状況は変わらないな。仲間とはぐれた」


 俺に手を差し伸べるミンセント。

 まだ彼女を完全に信頼はしていないので、俺はその手を取らずに自力で立ち上がる。

 レナとの通信装置がどこかへ言っている。

 ――多分、水流で揉みくちゃにされている時に無くしてしまったんだろう。


「ここは38階層。図らずも、奥に来てしまった――ということになるね。見たところ、君は通信機器をなくしてしまったようだね?」

「――どうして分かったんだ?」

「よく訓練された探索者は不測の事態に際しては、まずサポーターとの連絡を確認する。ボクたちとは違って、君は実に! よく訓練された探索者みたいだからさ!」


 ミンセントの話すことは道理だった。

 ただ、俺のちょっとした動作から、そこまで的確な推測をしてみせる彼女の観察力は……彼女が自称するみたいに、よく訓練されていない探索者であることを懐疑的にしてくれた。


「拠点がある45階まで向かわないと、装備を整えることはできないろうだけれど――どうする? ボクと一緒に行くかさ、君一人で行くか。あまり強くないボクとしては――ぜひ、ご同行を願いたいけど!」

「そうだな……」


 ミンセントの提案は渡りに船と言える。

 彼女には聞かねばならないことがあるし、実力は定かではないが45階層に向かうのに仲間は多い方がいい。そうでなくてもタイムリミットがある試験だ。彼女が信頼できないという点を飲み込んでも、一緒に行くことのメリットが勝る。

 俺は首を縦に振って彼女の提案を承諾した。「もちろんだ。俺としても助かる」「よかったよ、アサ君よろしくねっ!」

 爽やかな笑みで俺に手を差し出すミンセント。


「あ、アサ君?」

「ボク、ちょっと長い名前は覚えられなくてさ。アサ君ならアサ君が限界かな」

「3文字で長いならミンセントにとって短い名前って一体……」

「そりゃ2文字までだよ。よーし、あのサナちゃんの師匠なら百人力だ。ひゃっほー! ボクにも運はまだ残ってたぞ~~!」


 多分、サナちゃんっていうのはサナカのことだろう。

 喜ぶミンセント。

 両手を天に向かって突き出す彼女の動きに合わせて、彼女の蠱惑的な身体も動く。彼女の服装はやや目のやり場に困るが――まぁ、仕方ない。


 ひとまず、突発的なPTを組んで――俺とミンセントは45階層を目指す。きっとユウリたちもそこを目指してくれると信じて。


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