スエズ一家と合流することはできた。
しかし、そこにいたスエズ一家の姿は俺たちが想像していたものと大きくかけ離れてしまっていた。
「ぐっ……」
「何があったんだ?」
地面に倒れ込んだ彼らの姿はボロボロで、彼らがエネミーか何かに襲われて敗れたということは理解できた。不可解なのは、彼らを倒せるようなエネミーはこの階層には出現しないであろうという点だ。
「お前らは……ソウジのクソ野郎と、試験前に来た詐欺師じゃねぇか」
「詐欺師なのは共通見解なのね」
「俺が詐欺師かはともかく……武器まで破壊されてるじゃないか」
倒れてるスエズ一家の一同を見れば、彼らが愛用しているであろう得物が破壊されていたのだ。
通常、エネミーはこんなことをしない。
となれば、考えられる可能性は一つだけ。「襲われたんの?」その可能性をソウジが口にした。
「そうだ。突然襲撃者が現れたんだ。情けねぇことに、俺たちは歯が立たなかった」
「……おじさんたち黒衣ほどじゃないけど強いのにね」
「クソ野郎が、身体が動けばぶん殴ってやったのに」
ソウジの鋭い言葉に、スエズ一家の長は勝ち気な態度を崩さなかったが彼らの現状を見ればそれが虚勢であることは明らかだった。
……胸騒ぎがする。
レナにスエズ一家の現状を運営に報告して貰いつつ、何が起きたのか――その詳細を俺は彼らに尋ねた。
とはいえ、彼らもさっき話した「突然襲撃者が現れた」以上のことは分からないらしく要領を得なかった。
その実力は高く、悔しいことに自分たちでは相手にならなかった。そして、倒れた自分たちの前で得物を壊していった……分かるのはこれだけらしい。
「チッ、せっかく九道から仕事が入ったってのに……得物を壊されたんじゃ継続はできねぇな」
「九道から?」
「まぁな」
やけっぱちのような感じでスエズ一家は返事をする。
九道は中ギルドの一角であり、反社会的な勢力の総本山とも言えるような組織だ。ある意味でスエズ一家にはお似合いだが……俺たちが当初疑っていた六英重工業の線は消えてしまったらしい。
「状況を見るに、確実に邪魔をすることが目標みたいね。その襲撃者とやらは」
「ああ、俺もチヒロと同じ意見だな」
わざわざ武器を壊すというのは、復帰に時間を取らせたいからであり――時間を取らせないことのメリットを考えれば、当然タイムリミットがある今回の作戦への悪影響があげられる。
つまり、襲撃者はスエズ一家を脱落させるために彼らを襲ったということになる。
――どうして?
ゴリアテは言っていた。この試験は“蹴落とし合い”だと。
ただ、俺はそれが納得できなかった。
試験にクリアをするだけならば、誰かの邪魔をする必要はない。むしろ、それは不要なリスクを背負うだけの行為だからだ。でも実際としてスエズ一家は襲われた。
「あ、あのう……」
申し訳なさそうにユウリが言葉を挟み込んだ。俺たちの視線が一斉に彼女に注がれる。「ミンセントさんたちはどこに……行ったんでしょうか?」彼女の指摘でようやく、二人がいないことに気がついた。
スエズ一家が敗れたことが衝撃的すぎて、すっかり頭から抜けてしまっていた。
確かに、彼女たちはスエズ一家のサポーターだったはず。そんな彼女たちがいないというのは気になってしまう。
「あぁ、あの雑魚たちとはいつの間にかはぐれちまった。丁度、襲われたくらいか? まぁ、どうでもいいがな」
スエズ一家の一人がぶっきらぼうにそう答えた。「そ、そんな……仲間じゃなかったんですか?」そのドライな態度に納得いっていないようにユウリが続ける。
しかし、男は首を横に振って「そりゃそうさ。雇っただけの相手だからな。しかもピーピーワーワーうるせぇのなんの」
と、その態度を改めることはなさそうだった。
「それで、アンタたちはどうするんだ?」
「どうするもこうするも――拠点に戻るに決まってんだろ。はぁ~~クソがよ。一儲けしようと思ったら、武器の修理代で損しちまったぜ」
帰還したスエズ一家を見送って「恨みを買ってたのかなぁ」とソウジが言葉を零した。現時点で被害にあっているのはスエズ一家のみ。であれば彼らに個人的な恨みを持つ何者かがやったことであっても不思議ではない。
ただ――。
タイミングがタイミングだ。
どうしても、それ以外の理由があるように思えた。
「うーん」
思わず唸り声が出てしまう。「何を悩んでるのよ」チヒロがジトりと俺を見た。さっさと行くわよ、という思いが多分に含まれている視線が痛い。でも、この違和感を放って置くことは、何か致命的な気もする。
だから、自分の頭を整理する意味も込めて俺は“違和感”を言葉にする。
「もし個人的な恨みじゃなくて、襲撃者の目的がこの試験に関係しているなら――どんな利益があるんだろうと思ってな」
「あら」
チヒロがニヤリと笑って「簡単なことじゃない」と自信ありげに答える。
その簡単なことが分からなかった俺にとっては、チヒロの答えを待った。
「今回は椅子取りゲームなのよ?」
「試験は61階層に行くだけで合格だろ?」
「違うわよ。スエズ一家が言ってたみたいに、中ギルドをバックにつけられるかどうかの……椅子取りゲームよ」
「――!」
どうして、そんな簡単な事実に気がつかなかったんだろう。
そうだ、その通りだ。
元々契約していたチームが敗退したなら、中ギルドは残念だったと素直に諦めるわけがない。新しい使えるコマを入荷すること、それが中ギルドの新しい一手だ。
だとするなら――。
「ありがとうチヒロ。助かった! レナ、タロウさんに今の話を丸々伝えてくれ」
「はい、分かりました!」
「私がいてよかったわね」
チヒロは勝ち誇った様子だったが、今は勝ち誇らせてあげよう。
彼女の指摘がなければ、後手後手になっていた。
ただ、一つ気がかりなのは――その襲撃者の目的を達成するためにはどのチームがどの中ギルドから支援を受けているのかが分からなければならない。
国務庁でさえも、しっかりと掴めていないそれを掴んでいるとすれば――。
一体、襲撃者はどんな情報網を持っているんだろうか。
そんな言いようもない不安感と、底知れない不気味さが、俺の心の中にはあった。