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第53話 トントン拍子

「チーちゃん、前!」

「分かってるわ!」


 迫る魚型のエネミーを裂いて、チヒロが勢いよく槍を振り回した。「後ろ、来てるわよ」「ありがとうチーちゃん!」後ろから出現する巨大な蟹型エネミーの一撃を盾で逸らして受けるユウリ。

 二人のコンビネーションはバッチリだった。


「トドメは任せたソウジ!」

「任せてください」


 飛び上がったソウジが、蟹の頭上を取ったかと思えば――刀での一閃。

 堅そうな殻ごと、蟹を両断。

 倒されたエネミーたちは、リソースを残してその姿を胡散させる。「ふぅ」そういって汗を拭うチヒロとユウリ。涼しい顔をしているソウジは規格外だから置いておくとして――。

 二人の実力は確かに伸びていた。劇的ではないが、短期間での成長と考えれば十分すぎるほど。


「先生に言われた特訓と、今でもガルシアさんに教えて貰っているんです。チーちゃんと一緒に」

「私の特訓メニューも考えていいわよ?」


 なんてチヒロが腕を組んで言い放つ。

 素直じゃないが、チヒロはチヒロなりに俺のことを評価しているらしかった。「まぁ考えておこう」「曖昧な返事ね……!」「少なくとも今は無理だな」「それくらい分かってるっての!」そんな言い合いをしながら、俺たちは水中を泳ぎながらレナの案内に従って次の階層を目指していった。


 即席のPTながら、俺たちの相性は悪くなかったらしい。

 ユウリはキチンとタンクとしての務めを果たし、ソウジが火力を出す。ソウジの手が届かないところや撃ち漏らした相手をチヒロが担当する。それでもなお、抜け出すような奴がいたり、ユウリとチヒロの二人が厳しい状況になれば、俺が入ってカバーをする。

 そんな役割分担が決まりつつあった。


「ソウジ、アンタ強すぎじゃない? 本当に探索者初めて一週間とかなの!?」


 ソウジのあまりの活躍っぷりに、チヒロが驚いた様子だ。まぁ、彼が刀を振れば、その振動が水に伝わって俺たちの肌も震えるほど。オマケに今のところどんなエネミーも一撃で両断しているんだから……チヒロがそう言うのも無理はなかった。

 目の前のエネミーを片手間に斬りながら「アン様に鍛えられたからね」と、ソウジはけろりと返事をした。


「ずーっと気になってたんだけど……アンタたちの会話で度々出てくるアンって、あの新喜多アンじゃないでしょうね?」

「あ、アン様のフルネーム知ってるんだね!」

「……え、えぇ!? 元Sランクの探索者じゃない!」


 と、さらにチヒロが驚いた様子でオーバー気味なリアクションを披露した。「ユウリ、言ってなかったのか?」と俺は彼女に確認するが「アンさんってSランクだったんですか!?」と彼女もチヒロと同じか、それ以上に驚いた様子だった。

 まぁアンは三十年以上は前の探索者だ。

 俺だって、彼女の活躍を実際に見ていたわけじゃない。

 新世代の探索者たちが彼女のことを知らないのは無理もないかもしれない。(チヒロがよく勉強しているといってもいいだろう)


「アン様は凄いんだよ!」


 と、ソウジが嬉しそうに驚くユウリとチヒロを見ていた。「アトモスの開拓卿と同じ、探索者黎明期に大活躍した探索者よ」「え、そうなんだ。でも教科書にはアトモスの開拓卿しか載ってなかったけど……」

 ユウリの言葉に、チヒロはそうね、と言葉を濁してソウジを見た。アンの探索者時代の話は、少なからずアンの名誉を傷つけることとなってしまう。そして、アンを信頼するソウジの前ではその話をするのはどうだろうか……というチヒロの配慮だった。

 しかし、意外にもソウジはどこ吹く風。「アン様は大規模な不正を働いて探索者を除名されたんだよ」と、自らその理由を開示した。


「表向きにはね」


 という言葉を付け加えて。「表向きには?」ユウリがソウジに問い返したところで――「そこの渦潮に飲まれてください」レナから指示が入った。

 世間話はほどほどに。

 俺たちはレナの指示通りに渦潮に飲まれていく。この海のエリアは、そこら中にある渦潮を使って階層を移動したり、フロア自体を移動するのだ。どの渦潮がどこに繋がっているのか、完璧には分かっていないが――多くの人間が挑戦したことで、ある程度の傾向というものは掴めている。


 そして鉄板ルートというものがあるのだ。


 この道も、そんな鉄板ルートの一つであり……もう一つの鉄板ルートを通っていったスエズ一家と37階層で合流できるルートでもあった。


 ぐるぐると目が回るような激しい回転が数秒ほど続くと、きちんと下の階層にやってこれた。僅かに水の色が濃くなり、空を見上げれば海面がより遠く感じられる。


「き、気持ち悪いです……」

「もしかしてこれ、階層を超える度にしないといけないの?」


 回転に振り回された二人は辟易とした様子だった。

 慣れてないとそうなるのだろう。

 俺も最初にこれを体験した時には同じ気持ちになったものだ。


「スエズ一家はその先で立ち止まっているようです。休憩でもしているのでしょうか?」

「休憩? スエズ一家の実力があれば、一階層を超えた段階で休憩なんて必要ないはずだけどな」

「あのおじさんたちが足を引っ張ってるとか?」


 確かに、その可能性はあるか。

 二人は補欠と言っていたし、レナの情報によればミンセントもゴリアテもCランクらしい。彼女たちがCランクの中でも有数の実力者でもない限りは……水中を移動するという特殊な環境に疲れ果てることもあり得る。

 ともかく、止まってくれているのなら話が早い。


「よし、じゃあ動く前に行こう」


 水中を泳ぎながら、俺たちはスエズ一家が立ち止まっているという場所へ向かった。


 ◆


<――40階層――>


 海面がより遠く。

 海の色はより深く。

 圧倒的速さで一位を独走するのは中ギルド筆頭のアマテラスが有する特殊部隊“IWATO”だった。

 小隊のメンバーは四人。アマテラス製の最新装備で身を固めた四人は、探索者というよりも軍人という言葉の方が適切だった。

 全員が61階層に到達した経験もある彼らにとっては、この試験は肩慣らしにもならない。


 頭に叩き込んだ最短経路を真っ直ぐ突き進む。

 エネミーは邪魔な相手のみを的確に排除する。

 プロとしての仕事だった。


「小隊長。報告です」


 そして、そんな行軍は彼らにとって大したリソースも割かずにできる。

 隊員の一人が戦闘を走る小隊長に声をかけた。「今回の試験参加者のリストアップをしていたのですが――不可解な点が一つあります」「続けろ」「はっ」小隊長の簡潔な返事で、隊員は報告を続けた。


「今回参加している探索者たちで目立った実績がないものが六名居ます。ソウジ、ユウリ、ミンセント、ゴリアテ、ヘルベルア、ジュナイダーという探索者たちです。」

「ふむ」

「しかし、ソウジとユウリは“あの”新狼サナカの関係者です。実績はないものの、それぞれ目立った活躍はしていたようですし……ですが、残る四名は違います。実績がない……それ以上に何もないんです」

「具体的には?」

「経歴があまりにも平凡すぎる。この大舞台には場違いなほどに。ただの杞憂であれば良いのですが、平凡な探索者と見くびって足を掬われかねません」

「進言ご苦労」


 事務的な会話の終了と共に、彼らは41階層へと到達する渦潮を発見。このままトップを独走すれば、他のチームからの妨害もない。

 そしてIWATOが追いつかれることなど現時点ではあり得ないことだった。

 しかし、だからといって他の参加者たちに目を向けないほどにIWATOは素人ではない。あらゆる可能性を考慮して正しい対処を用意する。それがIWATOの流儀だった。


 渦潮に飲まれて、IWATOたちは次の階層へと歩を進めた。



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