「お前、噂のあれだろ。Sランクのサナカの師匠っていう!」
「……そうだとしたら?」
立ち上がって、俺は男へ疑問を投げかけた。
多分彼も参加者だろう。
この階層に来ているということを考えれば――Bランク以上は堅いか。「げへへ、やっぱり弱っちそうじゃねぇか。連れ回してるのも女子供か」ユウリ、チヒロ、ソウジを眺めて男は下衆な笑みを見せる。
ゴリラのような巨体と、がっちりとした筋肉が男の性質を如実に表していた。
即ち、脳筋タイプということだ。
ぶんぶんと、腕を振り回した彼は鼻息荒くまくし立てた。
「頼みの綱の新狼サナカは主催側だもんなぁ~~~! サナカの七光りがなけりゃあ、試験もパスできねぇ……まぁ、それも仕方がねぇか。Cランクの雑魚だろうし」
「煽りに来たのか? 俺がCランクっていうのは事実だ」
「優しい先輩として教えてやってんだろうが~? この試験は落とし合いでもあるってなァ」
「……」
落とし合いか、俺はそう思わない。
現実を知らない参加者の考えそうなことだ。61階層に到達することがどれだけ難しいか。攻略法が確立した今だって、一筋縄で攻略することは不可能だ。
61階層に行くという明確な合格条件があるのなら、粛々と達成すればいい。他人を気に掛けている余裕なんて、あるはずもないだろうに。もっとも、彼が61階層へ余裕で到達できるなら話は別だろうけど。
なんて反論もできるが、面倒臭いことになりそうなので黙って聞き流しておく。
こういうのは自分より弱い奴を見つけてマウントを取りたいだけなのだ。相手をしてやる必要はない。
「あーっそっか。おじさんは弱いから他人の足を引っ張らないといけないんだ」
「あ? なんだこのクソガキ! 喧嘩売ってんのか?」
俺が大人のスルーを決意したのに、ソウジの奴が我慢できずに反論をしてしまった。
男の言葉に同意する。
ソウジは――クソガキだ。「アン様が気に入ってるアサヒさんを馬鹿にするってことは、翻ってアン様の眼をないがしろにするってことだよ。逆に聞くけど――喧嘩売ってる?」彼のアンへの忠誠心は常軌を逸している。(最も、それは黒衣全体に言えることだけど)
バチバチと火花を散らす二人。
どうやってこの騒ぎを止めようかと思案していると――。
「あー、もう。ゴリラテ君! 騒いじゃダメって言ったじゃないの~~」
間に割って入るのは、サングラスをかけた……恐らく俺と同年代の女性だった。「ゴリアテ、って言ってんだろ! いつになったら覚えるんだよミンセント!」「いやぁ、ゴリラかどうか、ちょっと見分けがつかなくてね。話を逸らさないよ~? ゴリ君」アロハシャツを羽織った水着という、露出度がやけに高いミンセントと呼ばれた女性は、男を叱りつけた。
「ボクたちだって弱小PT何だから、他の人に迷惑をかけないの! 私もゴリ君もスエズ一家の補欠メンバーなんだからさ!」
「……遂に略したなお前」
「えーっと」
漫才じみたやり取りを繰り広げる二人に呆気にとられていると、ミンセントはオーバーリアクション気味に両手を叩く。サングラスを外して、ポケットにつけたかと思えば――彼女はぺこりと頭を下げた。
ふわりと、紺色の短い髪が揺れ動く。
「ウチのゴリが申し訳ない! ボクたちはスエズ一家の現地サポーターなんだ。ゴリ君ったら、初めての大舞台で調子に乗っちゃったんだろうね。”ごり”っぷくだと思うけど、どうにか許して欲しい……ぷくく、ゴリ君にご立腹――ふふふふ」
「……」
何なんだこの変人は……。「ああ、一人で盛り上がりすぎてしまった。失敬失敬」面を上げたミンセントはサングラスを再び着用。
「別にこっちは構わないけど……」
ちらりとソウジの様子を確認。「お姉さんの寒いギャグを聞いたら、こっちの気持ちも冷えちゃった」と、彼も矛を収めるようである。「イマイチか、残念。じゃ、いくよゴリラ君」「テメェついにゴリラを隠さなくなったな!」「良いから、良いから。他の人に迷惑かけないの」
なんて言い合いながら、二人は離れていってしまった。
「補欠メンバー?」
嵐のように去って行った二人を見送りつつ、ソウジは不思議そうに呟いた。「そうよ。探索者PTの下請けってところかしら」分からないソウジのためにチヒロが説明を始めた。
「報酬を少し山分けする代わりに、荷物持ちとか地図とか雑用を引き受けるのよ。さっきのゴリラが荷物持ち、サングラスがそれ以外ってところかしら」
「そうなんだ。おじさん、偉そうな割に大して強くはないのかな?」
「まぁ、そうでしょうね。私もゴリラテとミンセントなんて探索者聞いたことがないし」
ふん、と鼻を鳴らしてチヒロが結論づけた。「チヒロはヤケに嫌いそうだね?」「当然じゃない、偉くもないのに偉そうにする男……私が一番嫌いな手合いだわ」主にゴリアテがチヒロにとっては鼻持ちならないようだった。
「印象に残る二人でしたよねー……」
と、ユウリがコメント。
どうにも探索者というのは変人奇人が集まりやすい。そんなこんなで、タロウの試験開始の挨拶が始まった。
タロウ、サナカ、ユウトのSランク三人組を眺めつつ試験はつつがなく開始された。さて、俺たちの仕事も開始というわけだ。
ふわりと、空中に巨大なモニターが出現した。
相変わらず探索者ギルドがやることは派手だな。そこに映るのはSランクの三人だ。マイクを持ったタロウが相も変わらずの気怠い様子で口火を切る。
「あー、こんにちは。本日はお日柄も良く、お忙しい中――」
「――長いぞ、タロウさん。俺が簡単に挨拶をしてやる。中ギルドが合同で攻略作戦を行うことは稀だ。未踏の61階層へ挑戦できる名誉。最高の環境で探索できる立場、そして手に入るかもしれない莫大な富が欲しければ……来い、この頂きに」
途中でタロウのマイクを奪い取ったユウトが簡潔に言いたいことを述べた。
雑な言葉ではあるが、挑戦者たちを鼓舞するには丁度良いとも思う。あいつは俺たちと同じPTだった時も表に立つことに慣れていた。まぁそれは名誉を独り占めしていたとも言えるけど……。
「というわけで期限は五日間です。その間に60階まで到達してください。以上――ですが、サナカさんから何かありますか?」
「うーん……待ってるよーっ!」
「はい、ということです。では探索者皆様は頑張ってください」
そんな言葉と共に放送は終了。
途端に……周囲の探索者たちが真っ赤な海の中に飛び込んでいった。「じゃあ、俺たちも行くか……」と、先導して真っ赤な海の中に潜っていく。
こうすることで、下の階層に行けるのだ。
◆
真っ赤な海を越えて、俺たちは36階層へとやって来た。
36階層から45階層の特徴はシンプル。
――海だ。
周囲を見渡せば、青々とした景色が広がっている。
息はできるが、独特の浮遊感と抵抗感が水中にいるような錯覚を生み出していた。「さてと、当たり前だけど三人は36階からも初めてだよな?」と、三人に確認。
三人はこくこくと首を縦に振った。
ごく稀に大幅に階層をスキップして到達することもあるが、その経験も三人はないらしい。
「このエリアは水中行動に親和性がないと、動きや行動に制限がかかる。逆に、ここで出現するエネミーは水中行動の達人だ。慣れない内は相当苦労すると思う」
なんてこの階層の注意事項を説明しながら、俺たちは移動を開始する。先頭は俺、後ろにチヒロ、その後にソウジと続いて殿をタンクのユウリが務める。俺たちのメンバーで一番最善な組み合わせだと思う。「周囲をスキャンしていますが敵影はありません!」
レナのサポートも問題がない。
「でも、今回は慣れる時間なんてないだろうし……最短ルートで突き進もうと思う」
「私も賛成ね。決められた期間内に61階層に到達することが目標なんだから、こんなところで止まってられないわね」
「チーちゃん……一応目的は他のチームのスパイだと思うけど、なぁ」
「それをするにも置いていかれちゃ意味ないでしょってことよ」
うぅ、なんていうユウリの呻き声が背後から聞こえてくる。チヒロがトゲトゲしているのはどうやら昔からだったらしい。
「それで最初はどのチームに接触するの?」
「そうだな……レナ、どうだ?」
元々今回の試験に際して、運営側が各チームの居場所を把握するために配られた装備がある。(小さな発信器のようなもので、これで階層を知ることができる)協力者である俺たちにも、そのデータが閲覧できるのだ。
今回のレナは普通のサポート業務に加えて、こうしたデータの管理と運営側との連絡も任せていた。
「IWATOが38階、魔労社、木陰集会が37階、スエズ一家が現在36階です!」
レナからの報告だ。
なるほど、流石はIWATO。もう二階層先に居るのか……。
その速度に驚きつつも、同じ階層にいるスエズ一家に狙いを定める。「よし、まずはスエズ一家から行こう」「はい、タロウさんに連絡を取ります!」
どういう原理かは分からないが(多分そういうスキルがあるのだろう)運営側にはそれぞれの探索者の場所さえもピンポイントで掴むことができるらしい。なので、俺たちが接触したい相手を伝えればそれもサポートしてくれるようだった。
まさに至れり尽くせり。
中ギルドの層の厚さと待遇をこれでもかと感じてしまう。
「はい、連絡がつきました。現在37階層に向かっているようです。私が最短経路で案内します!」
「ありがとう、助かるよ」
そうレナに返事をして、彼女の案内の元、俺たちはダンジョンを突き進む。