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第51話 飛び入り参加希望

 対面に座るユウリとチヒロを一瞥する俺。これだけ人数が入ってくると、どうにも事務所も手狭に感じてしまう。まじまじと俺を見る二人の視線を咳払いで誤魔化しておく。最近姿を見ないと思ったら――まさか、自分たちも攻略試験に連れて行って欲しいというとは。


「どうして二人は61階層攻略に?」


 隣を陣取ったサナカが首をコテリと傾げた。彼女の実直な質問は、こういった時に助かる。(ちなみに、レナとソウジの二人は俺の後ろで立っている)「どうしてって、こんなチャンス逃すわけないじゃない」とチヒロが簡素に理由を述べた。

 ユウリとのやり取りを見るに、二人の仲は戻ったらしいけど――彼女のつっけんどんとした態度はどうやら元からだったらしい。


「探索者として名を挙げるチャンスだってチーちゃんが言って聞かなかったんです――それで、先生も試験に参加するという話をアンさんから聞いて!」

「……アンさんめ」


 少しは俺に断りも入れて欲しい。

 なんて、面と向かって言うのは憚られるので言わないけど。ともかく、ユウリとチヒロの実力を鑑みれば……61階層攻略は荷が重い。そもそも、二人の面倒を見ながらこなせるほど試験も甘いものじゃないだろう。

 二人には悪いが、ここは心を鬼にして断っておこう。


「その気持ちは分かるが――二人を連れて行くのは難しいかもしれない」

「何でよ。私たちが足手まといだっていうの?」


 チヒロの言葉に俺はどうやって返事をすればいいか、迷うが――「そりゃそうだよチーちゃん、私たちはCランクだよ? Bランクはないと厳しいと思うなぁ……」なんてユウリが援護射撃を入れてくれた。


「あれ、ユウリちゃんCランクになったんだ」

「はい。極楽結社の件が認められたみたいです! 逆にチーちゃんは……」

「降格処分よ。私もユウちゃんも実力はCじゃ収まらないと思うけど?」


 チヒロの視線が俺に刺さる。

 確かに二人はCランクの平均的な実力を大きく上回っていると思う。それは事実だ。しかし、どれだけ高く見積もってもBランク平均か少し上であり……その実力では61階層攻略は厳しい。

 もちろん、不可能というわけじゃないが……俺だって自分のことで手一杯になるかもしれないのに、それ以上の困難を抱えるのは得策とは思えない。


「良いんじゃないですか? 試験中はサナカさんが抜けてしまうんでしょう?」


 後ろにいたソウジが相も変わらず爽やかな笑顔で提案。「そっちのイケメンはよく分かってるじゃない。おっさんとはやっぱり違うわね」「相変わらずおっさん呼びは継続なんだな……」

 ソウジの提案に調子づくチヒロ。

 サナカの抜けた穴を二人で埋めることなんて不可能だが――居ないよりはマシという判断だろうか。


「それに僕もアサヒさんと二人きりはちょっと気不味いですし」

「それはどういう意味だ、それは」

「いや、悪い意味じゃなくて! アン様に気に入られているアサヒさんと過ごすと……ほら、アン様に何を言われるか分かりませんし」

「そんな告げ口みたいな真似はしないから安心しろ……」

「アン様に詰め寄られてもですか?」


 そこまで言われて俺はうーんと唸った。

 アンに詰め寄られたら……それは、言ってしまうかもしれないな。それも、事細かに。「確約はできないな」「でしょう!」とソウジの言葉に熱が入る。


「元々、僕はアン様に無理を言って同行させて貰っているんです。これ以上アン様の心労を増やしたくはありません。ヘイトを分散させるという意味でも僕は二人が同行することに賛成です」

「私も賛成です師匠!」


 はいはーい、とサナカが挙手。ソウジの言葉に同調した。俺たちのPTで一番強いサナカと二番目に強いソウジが受け入れてしまった。

 これを覆すのは骨が折れるが――「二人の意見は分かった。でも、実際にサポートをしてくれるレナの意見も聞かないとな」俺は最後の砦であるレナに視線を向けた。彼女はマトモだ。

 俺の気持ちを汲み取った上で、キチンと正しい理由をつけて断ってくれるはずである。全ての希望を託して、俺はレナに話を振る。


「レナはどう思う?」

「大丈夫ですよ! とても良いと思います!」

「……」


 俺は呆気にとられてしまった。

 最後の砦はこうも容易く崩れ去ってしまうのである。こうなってしまっては俺一人が認めないとごねることもできない。


 非常に、非常に業腹ではあるが――「分かった、認めよう」俺は首を縦に振った。


「ただし、無理はさせないからな」

「分かりました! ありがとうございます先生!」

「当然の結果よね」


 ユウリはともかく、チヒロの反応は素直じゃないな――。

 まぁ決まったことを嘆いても仕方ない。

 二人の実力不足をどう補うか、どう上手く使って依頼達成ができるか、それに注力した方が良い。


 俺はユウリとチヒロにも今回の依頼の情報を共有しつつ、試験ではどのように動くかも共有した。


 ◆


 35階層。

 今回の試験が始まる最初の階層である。次の36階層から45階層にかけてまで“水”がテーマとなっている新しい階層が始まる。中継地点であり、探索者ギルドの拠点が設置されている。


 試験内容は至極簡単。


 36階層から61階層に到達すること。

 ただそれのみである。


「仕事じゃなければ海で遊んでたんですけどね」


 波打ち際で、サナカは真っ赤な海を眺めてぽつりと呟く。次の階層は、この海の沖に飛び込むことで進めるので、どのみち入ることにはなるんだが――「遊ぶ余力があるのね……流石はSランク、といったところかしら」疲れた様子のチヒロ、それにユウリは浜辺に座り込んでいた。


 ダンジョンにはスキップ機能というものがある。

 特定階層までたどり着いた探索者は、探索者ギルドからその階層にワープすることができるというもので、35階に到達していた俺とサナカはそれを使えばよかったのだが……。

 ユウリ、チヒロ、ソウジの3人は未到達。(しかも、ソウジに至ってはどの階層にも行ったことがない)それに気がついたのが昨日で、俺たちは大慌てで35階層までやって来たというわけである。


 サナカとソウジの二人はまだまだ余裕そうだが……俺たち三人は既にヘトヘトである。本番はここからだっていうのに――情けない話である。


「じゃあ師匠、私はタロウさんのところに行っておきますね! 依頼、頑張ってください!」


 ぴょこぴょこと手を振って離れていくサナカ。あぁ、彼女の元気さが今だけは羨ましい。彼女を見送って、俺も浜辺に座り込んだ。「アサヒさん――」ソウジが俺に近づいて声のトーンを落とす。

 俺の耳に顔を寄せて「サナカさんの師匠だって、いつまで言い張るつもりなんですか?」なんて、突然ぶっ込まれた話題に俺はむせる。


「いつまでって?」

「僕が言うことじゃないかもしれませんけど……誰がどう見たってアサヒさんがサナカさんの師匠なんて、あり得ないと思うんですが」

「ま、まぁそうだよな」


 ソウジはアンから俺の素性について色々聞いているんだろう。

 彼が言うことはあながち間違いじゃない――というか、普通に正しい。今までなぁなぁで済ましてきたが……俺も、サナカと向かい合う必要があるのかもしれなかった。

 でも、突然そんなことを言われたってすぐに答えを出せるわけもない。ただ、隣に立つソウジの目線と雰囲気が答えないという“答え”を出させることを拒否させているようだった。


「おぉ~~、お前は」


 そんなことで頭を悩ませていると、粗暴な声が響いた。明らかに俺に向けられた声の主を見れば、見たことのない巨大な男が一人。背中には無骨――とはよく言い過ぎな、手入れのされていない荒れ放題の斧があった。

 乱雑と粗暴と荒くれを集めて煮こごりにしたような男に声をかけられる――それは、あんまり良いことだと思えなかった。


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