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第50話 尖りまくりだった頃

「新狼サナカさん! 探索者新聞の者ですが、いくつかの質問に――」

「……」


 声をかけてくる記者を避けて、私は先を急いだ。「あ、無視かよ……Bランク認定を受けたからって、調子に乗りやがって」そんな声が背後から聞こえてきた。

 調子に乗ったことなんて一度もないと思う。

 そんな記者の言葉も、喧噪に紛れてもう跡形もなくなっていた。


 かつかつと、ヤオヨロズの大通りを歩く。


 デジタルな夜空に、摩天楼の煌めきがまるで星空のよう。

 ここはキラキラとしていた。私も、キラキラとしていた。それがどうにも慣れなくて、眩しくて煩いから、私は路地裏に入る。


 絶えず鳴り響く通知欄には、どこかも分からない企業の募集がやって来ていた。


 認定試験で教官NPCを倒しての合格。

 結果はBランク。

 試験で得られるランクの最上位。それは即ち、否が応でも注目を浴びることを意味していた。


 そんなことをしたいわけじゃない。


 企業、PT、お金、名誉、地位。

 そんなものはどうでもいい。むしろ嫌いだ。私を邪魔する全てが、私は嫌いだった。ただ私は、未知を探検したいだけだった。


 暗い、暗い……そんな裏路地を歩く。

 地面はじんわりとぬかるんでいて、ゴミが周囲にある。デジタル空間だというのに、やけにリアルだった。でも、目映いだけの外よりも何倍もマシに思えた。


 ふと、そんなゴミ束に目が行った。


 そうして、そこにあったチラシがどうにも……印象的で。よせば良いのに、思わず覗き込んでしまった。


「何……この、胡散臭い広告チラシは……」


 なんとも子供だましというか、低クオリティのそれ。


【「お前みたいな探索力50万の雑魚。俺のパーティーには必要ねぇ~~~んだよ!」

「な、な、なんだって~~」

「こっちは探索力500万、AランクのアーティファクトにAランクのドラゴン、さらにAランクのスキル<天啓>を持つ僧侶様が来てくれたんだからな!」

「く、くやしぃ~~!」

「そんな悔しい経験をした俺だったけど、ある方法を試した途端――! 探索力が一気に1000万に!? 超有料級の秘密テクニック、今だけ大公開! 元超有名最強PTのブレイン役が教える、ダンジョン最強攻略法が欲しい方は今すぐここをクリック!」】


 そんなやり取りが乗った情報商材の一種。

 とりとめもない、記憶する価値もない広告。でも、どうしてか私はそれが気になって。

 気になって仕方がなかったから――持って帰った。


 これが、私と師匠の最初の出会いだった。


 ◆


 立派な門構えに、整理整頓された事務所。壁に並べられるのはアマテラス製の最新装備たち。「ようこそ、我々IWATOはお三方を歓迎します」とヘルメットとマスクで顔を隠した重装備の隊員が俺たちを出迎えた。

 もちろん、彼もアマテラスが誇る外部部隊IWATOのメンバーなのだろう。

 堂々とした立ち姿と、隙のない所作から精鋭であることは嫌でも理解できた。自由を重んじる探索者とは少し違った、軍人特有の張り詰めた空気感が彼にはある。


「他の隊員は別任務のために席を外しております。対応は私、リノが行います」

「リノさんか、よろしく」

「はい、タロウさんからお話は聞いています。我々の見学を行いという話でしたか――」

「ええ、そうです――」


 ◆


「見学だァ!? テメェら、俺たちスエズ一家の情報を盗もうとしてるんじゃねぇだろうなァ!!!」


 怒号が響く。

 荒々しい見た目をした、スエズ一家(父)が電脳空間だというのにツバをまき散らして鼻息を荒くしていた。IWATOの事務所とは打って変わって、庶民的としか形容しようのないボロの一軒家。

 それが、泣く子も黙ると噂のスエズ一家が誇る事務所だった。


「親父! し、しかもコイツ……ソウジですぜぇ!?!」

「そう、君たちをコテンパンにしたソウジだよ」

「こ、こいつ凝りもせずによくも~~!」


 ソウジの存在に気がついたスエズ一家(長男)は目を丸々と見開いて景気の良いリアクションを披露していた。ソウジはソウジでスエズ一家の怒りを煽るような発言をするし……。

 案の定、その挑発に乗ったスエズ一家(次男)がバチバチと火花を散らし始めた。


「あー、ここは帰った方がよさそうだな――」


 ◆


「……」

「……」

「……」


 シュバババババ!

 帰ろうとする俺たちの行く手を塞いだ木陰集会のメンバー三人。忍びの仮装をした彼らは何かを話すわけでもなく、ひたすらに両手を高速で組み合わせて印を結んでいる。


「わーっ! 凄いですよ師匠! 巧みです!」

「えーっと、これは?」


 俺は困った風に、俺たちの後ろで控えていた女性に視線を移した。「えーっと、もう帰るのでござるか、もっと拙者たちの忍術を見ていってくだされ――と言っていますね」と、彼女が印の通訳をしてくれる。

 木陰集落の事務所を訪ねてからというもの、通訳の彼女以外は全員そんな調子で印を使った暗号で会話をしているのだ。スエズ一家も話が通じなかったが、こっちも別の意味で通じない。


 その異質な空気感に俺は気圧されてしまっていた。


 ◆


「はぁ……探索者っていうのは、まともな奴がいないのか?」


 自分たちの事務所に帰ってきて、俺はソファにもたれかかった。「面白かったですね師匠!」なんてサナカが無邪気に言っているが、俺はとてもそうとは思えない。

 こうして注目PT四組(魔労社は割愛)と実際に会って話をしたが、癖があるなんてものじゃない。とはいえ、分かったこともいくつかあるので情報を整理しておこう。


 事務所の机に集まったサナカ、レナ、ソウジの顔を見回して俺は注目探索者たちの統括を行う。


 まずはIWATOだ。

 積み重ねられた書類をめくって、IWATOのメンバーが記載されたページを全員に見せる。


「う~ん、私たちのことをあんまり気にしてなさそうだったね。見たことはないけど、プロの軍人さんって感じだった!」

「黒衣たちにも、あれぐらいの統率感が必要かもしれないと感じます」

「IWATOはアマテラスの探索者チームの中でも特別な訓練を積んだチームのようなので、軍人という評価も間違いではないと思います」


 サナカ、ソウジ、レナの評価だ。

 概ね、その通りだと思う。彼らはアマテラスのチームであることを隠しもしないし、俺たちにも興味がなさそうだった。試験についても、自分たちが落ちるとは全く考えていないようだった。

 IWATOについてはタロウと話していたように、最初から無視をしていい相手だと思う。


 じゃあ、次はスエズ一家だ。

 IWATOのページをめくり、スエズ一家を広げて見せる。凶暴そうな顔ぶれの四人組が映っている。


「乱暴な人たちって感じ、でも実力はありそう! たたき上げって感じで!」

「四人全員が自由に動いている感じがして、風通しは良さそうでしたね」

「スエズ一家は、実際に家族で経営されているPTのようですね。実力は高いですが、それと同じくらい素行の悪さが有名です」


 同じく三人の評価だ。

 アンにも噛みつく無鉄砲っぷりは感心する……感心するが、それが良いとは限らない。サナカを前にしても、調子が崩れていなかったし――鉄砲玉に使うなら適任だと思う。


 さて、次は木陰集会。

 忍びのロールプレイを好む不思議な集団だ。5人所属しているのだが、彼らは皆不可思議な暗号でやり取りをしている。


「面白い人たちだったね! 本物の忍者って感じ!」

「得体の知れなさだとズバ抜けていましたね……関わりたくなさも、ですが」

「木陰集会は過去に複数回、六英重工業から支援を受けていることが分かっています。そのことを踏まえると、彼らの背後には六英重工業がいると見て良いんじゃないでしょうか?」


 もう恒例行事となった三人の評価である。

 こういう色物枠は一つで十分なんだけど――もう一枠ある。それが――魔労社だ。


「もう顔なじみだね! 相変わらずの雰囲気で安心したかも!」

「ナルカっていう人はかなりの遣り手だと一目見て分かりました。後の二人は――ちょっと不思議な感じでしたね」

「魔労社、今回も誰かに依頼されて動いていると思いますが……誰からの仕事も受けそうなので、イマイチ分からないですね」


 納得の評価だ。

 まさか、初めて彼女たちと会った時はこんな長い付き合いになるとは思わなかったものだ。

 実力は本物であるのが、少しタチが悪いと思う。


「さて、これで俺たちが会った注目探索者たちは一応全部だな」

「後は飛び入り参加の探索者たちってことですよね、師匠?」

「ああ、そうなる。タロウ、サナカ――それに、ユウトが今回の試験を監督するSランクだな」


 ユウトがいるのはちょっと気不味い。

 目立たないように気配を消しておくしかなさそうだ。そうでなくても、俺は彼に難癖をつけられかねないんだから。ユウトの秘密を俺が知ってしまったがために、あいつは俺を消すことに躍起になっていたんだからな。


「師匠――やけにユウトさんを気にしてるみたいですけど?」


 ぬっと顔を覗かせて、サナカは首を傾げた。

 俺は慌てて首を横に振ってそれを拒否。「いや、無所属のユウトが入ってくるなんて珍しいと思ってな、あははー――」なんて、下手くそな返事で応じた。

 そうですか? と追求を辞めてはくれなさそうなサナカにどう返事をしようかと迷っているところで――。


「先生ー!!」


 事務所と扉が勢いよく開け放たれた。「ん?」サナカから逃げる意味も込めて、俺は視線を扉の方へと向ける。

 そこに立っていたのは息を切らせた様子のユウリと「ちょっと、通してよユウちゃん」その後ろから顔を出すチヒロだった。

 懐かしい顔に、思わず声が漏れる。「ユウリとチヒロ――どうしたんだ?」


 はぁはぁと肩で息を吸って、整えたユウリは真っ直ぐと俺を見て一言。


 簡潔に告げた。


「私たちも61階層攻略に連れてってください!」

「……マジか」


 まさしく、青天の霹靂。

 意識の外から向けられた懇願に、俺はただただ戸惑うことしかできなかった。


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