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第45話 全てが終わって

 目覚めたのは見慣れない天井。「うーん」寝ぼけた頭で被りを振り、俺はゆっくりと布団から出た。確か、昨日は警察の事情聴取が思いの他長かったから、シンタの厚意に甘えたんだった。

 携帯を確認。「げ」――アンからの電話がかかってきていた。

 彼女を待たせるとロクなことにはならない。俺は急いで折り返す。


「おう、随分とゆっくりした寝起きだな」

「昨日は忙しかったので、アンさんのことですからもう知っているんでしょう?」

「まぁな」


 その上で俺に確認の電話を寄越すんだから、情報の精査に余念がないというか、鬱陶しいというか……。「今回は伝えることもあったからねえ」「伝えることですか?」「ああ」

 いつも、アンの雰囲気は重い。

 しかし、今この瞬間ばかりはいつもと比べてもなお、アンの声色は暗かった。


「ススキダの奴が獄中で死んじまったみたいでな」

「え?」

「自殺で片付けられてるみたいだが、まぁ十中八九違うだろうね」

「口封じ……ですか?」

「そうだろうね」


 ごくり、と俺はツバを飲んだ。

 俺たちが感じていた、ススキダの後ろ盾。明らかにそれが動いた結果、ススキダが殺されたようにしか思えない。「もうちょっとススキダについては調べておくよ。まぁ、こっちからはそれくらいさ」「わざわざ情報をありがとうございます」「なぁに、身内のケツを拭かせたんだ、また改めて礼をするよ」

 アンが“礼”なんていうとちょっと物騒だ。

 ピッと通話が終了。

 ススキダの件は気になるが、今は目の前のことに集中しないと。



 欠伸混じりに広間へ出た俺の視界に入るのは、隣り合ってソファに座るサナカとレナの姿だ。「あ、師匠! おはようございます!」と立ち上がってサナカがぺこりと頭を下げた。


「おはようサナカ。後遺症とかは大丈夫か?」

「心配ありがとうございます! もうバッチリです!」


 拳を突くって元気な姿を見せるサナカ。ダイブマシンに強制的に接続されていたんだ、心配だったがあの様子を見ると大丈夫そうだな。「レナと仲良くなったんだな?」向かいのソファに腰掛けて、俺はサナカとレナの中について言及する。

 あはは、という笑みを浮かべてレナが頷いた。


「はい、私としては嬉しい限りです」

「どういう風の吹き回しだ? サナカ」

「えーっと……その、私が捕まってからレナさんが凄く頑張ってくれたって聞いたから……」


 少しバツが悪そうに、サナカは頬を人差し指で掻いた。「その、信頼できる人って分かった……んです」と、言った。

 なるほど、そういうことか。「誤解が解けて良かったよ」これからもPTメンバーになるんだから、今までの険悪な雰囲気は御免被る。


「おはようございます。アサヒさん、サナカさん、レナさん」


 ガラガラとシンタが広間に入ってきた。「ああ、ありがとう。シンタさん。助かったよ」泊まらせて貰ったお礼を改めて告げておく。サナカとレナの二人もぺこりと俺にならって頭を下げていた。


「いえ、俺の方がお世話になりっぱなしで――」

「あの後は?」

「うんうん、私たちは先に帰っちゃったから分からないけど、大丈夫だった?」


 今回の主犯であるセキの息子、シンタは俺たちよりもたっぷりと事情聴取が行われていた。その後、どういったやり取りがあったのかは俺たちも分からない。「親父は――主犯として捕まってます」

 セキの処遇については、妥当なものだ。シンタには悪いけれど、あれほど大規模な誘拐事件を起こした人間が無罪放免で釈放とはならない。(あの後、六英重工業の協力もあって行方不明になっていた多くの人間が発見、保護されている。もちろん、その中にはナツトさんの姿もあった)


「俺も親父の扱いには文句はないです、でもガンケン――アイツは釈放されたんだ!」

「何だって!?」

「ええ!?」


 俺たちは声を揃えて驚いた。普通に考えればガンケンを釈放するなんてあり得ない。彼だって立派な主犯のはずだ。それをどうして……「皆さんが帰った後、アイツが姿を見せたんです」「アイツ?」こくり首を縦に振って、シンタがその名を口にする。


「アトモスの開拓卿が」


 その名前を聞いて、俺とサナカは思わず顔を見合わせた。


「アトモスの……」

「開拓卿……だって? またか」

「また、ですか?」


 俺たちの反応が引っかかるのか、レナが首を傾げる。

 レナとシンタに向けて簡単にではあるものの、極楽結社とのゴタゴタにもアトモスの開拓卿が姿を見せていたことを説明する。


「そんなことが……」

「ああ。ただでさえ珍しいSランクと、こう何度も遭うっていうのは――偶然じゃ済ませられない気もするな」

「そのアトモスの開拓卿が――警察と何か話をした直後、ガンケンの奴が釈放されたんです」


 あれほど影響力の大きいSランクだ。

 警察に対しても何かしらのコネクションがあってもおかしくはない。ある程度融通を利かせることはできる、というのは分かるが――問題はガンケンを助け出す意味の方。

 自分の中では、ある程度分かっていることはある。


 アトモスの開拓卿はユウトの師匠とも言えるような相手だ。


 そしてユウトとガンケンは同じPT。(ついでに言うと、俺とレナもそう)だから助けた? いや、いくら弟子のPTメンバーだとしても、それだけの理由であんな面倒なことはしないはずだ。


 彼を釈放することがアトモスにとっても利益に繋がるとしか思えない。じゃあ、その利益というのは……?


「師匠~~!」


 なんて、考えに耽っているとサナカから声がかかる。「考え事ですか? シンタさん師匠に聞きたいことがあるみたいです!」「ああ、悪い。それでどうしたんだ?」思想を現実に戻す。


「その、道場をどうすればいいか悩んでいるんです。アサヒさんはどう思いますか?」

「俺の意見か……こういうのは素人だから分からない。でも、一つ確かなことはあるぞ。シンタさんはどうしたいんだ?」

「俺は……」


 少しの沈黙が俺たちの間に流れた。

 俺は急かさず、シンタの考えが言語化されるのを待つ。そうして待つこと十数秒。「俺は、やっぱり道場を残したい。そのためには六英重工業の傘下に入るしかない……と思います」

 シンタの考えは俺と同じものだった。(もちろん、それを口にすることはしないけれど)道場を残す上でも、シンタの今後を考えた上でも六英重工業の傘下に入ることは悪い選択じゃない。


 もちろん、デメリットもつきまとうだろうけれど……ネルという人間が責任者である限り、そこまで酷いことにはならないようにも思えた。「ああ、なら自分の気持ちに従うべきだって俺は思う」

 と、消極的ながらシンタの背中を押しておく。


「はい、ありがとうございました」

「ああ、セキさんについて……また困ったことがあったらいつでも連絡してくれ、力になれることなら力になりたい」


 それに、俺もこの件についてはまだ知りたいことがあった。極楽結社、セキの道場、このどちらでも姿を見せていたアトモスの開拓卿。

 これは……本当に酷い空想だ。

 だから、誰にも言わないし俺の胸にしまっておく。でも、考えてしまう。


 あのアトモスの開拓卿が……暗躍しているのだとしたら、と。


 どうしても、そんなあり得ない可能性が排除しきれない。そして、その可能性は想像したくなかった。

 彼ほどの実力を持つ探索者が――こんな暗躍をしているとしたら。俺たちがそれに触れかけているとしたら。絶対に穏やかな結末にはならない。


「じゃあ、長居するのも悪いし俺たちは帰るか」

「分かりました師匠! じゃあシンタさんもまた! 東京に帰って来ることがあったら寄るね!」

「また、お身体には気をつけてください」


 と、思い思いの言葉を残して俺たちは道場を後にした。



 帰路、車の中。

 俺の携帯が鳴り響いた。「サナカ、確認してくれるか?」「はい、師匠!」隣に座ったサナカに携帯を開いて貰う。相手はミユか。彼女には留守を任せていた。ということは、何か問題があったのか……。

 スピーカーにして出て貰う。


「あ、繋がった。いつ帰って来る?」

「もう後一時間くらいだ。どうしたんだ?」

「それが……来てるんだよ」


 妙に勿体ぶった感じでミユが話す。アンでも来たか? 一時間待たせるのは確かに面倒だが。「Sランクが!!」続くミユの言葉に俺の思考も停止した。

 ――確実に、アンよりも厄介な相手だ。

 どうやら、面倒事は続くらしい。


 許されるなら、このままどこかへ逃げたい。

 でも、車道は俺が脇に逸れることを許さずに真っ直ぐ、愛しい愛しい辺獄への道を舗装していた。


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