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第44話 圧倒

「新狼……サナカ!」


 ガンケンがその名を叫ぶ。「分かりました」元気はつらつとした様子で、拳を構える。それを眺めて、セキとガンケンの視線が一気にサナカに注がれた。


「いくらSランクといえども、武器もない状況でどう戦うつもりですか?」


 切っ先をサナカに向けて、セキが至極落ち着いた様子――いや、喜びを隠しきれない様子で問いかけた。「心配してくれるんだ、ありがとう!」なんて、サナカは余裕たっぷりといった様子で返事をする。

 うん、と背伸びをした彼女は姿勢を落として、落として――消えた。「来るぞ、セキ!」ガンケンの叫び声が響く。刹那、セキの前にサナカが姿を現した。「速いですね!」合わせて、セキが刀を振り上げるがサナカには当たらず。


 振り上げたことで開いた胴部を狙って、さらに間合いを詰めるサナカ。続けざまに振り下ろしの返す太刀を狙うセキだが、肘を差し込み振り下げを阻止しつつ胸へと攻撃。「ぐぅ!」セキの呻き声が響く。


 後退するセキを逃がさず、さらに追撃を試みるサナカだが――背後からガンケンがお得意のタックルを狙っての突撃。

 背後を見ることもなく飛び上がって回避したかと思えば、空中で回転しての踵落とし。ガン! と、頭部に放たれた踵落としだがガンケンの堅牢な身体には効果が薄い。一般的な探索者と比べても、サナカの火力は抜きん出ているわけではなかった。


 純粋なタンクであるガンケンが相手となれば……サナカであっても、相性が悪いんじゃないか。そんな思いはあった。


「ふっ、所詮は徒手空拳!」

「どうかな?」


 盾を振り上げて牽制するガンケン。ふわりと、盾を避けて着地したサナカは即座に間合いを詰めた。「工夫次第でどうにでもなるって、師匠は言ってたよ」なんて言葉と共に鎧を掴んだかと思えば、見事な背負い投げ。

 地面に叩きつけて、マウントポジションを取った。


「こんな風にね」

「ぐっ!」

「なんだか、前回見た時よりも数倍くらい強くなっているような気がしますわ……」


 アスミが困惑した様子で呟いていた。「そうだな……」実際、俺も感じているところだ。彼女と一緒に仕事を初めて、それなりの時間を彼女と過ごした。

 でも、ここまで冴え渡っていただろうか。


「私、久しぶりに結構怒ってるの」


 俺たちの疑問に答えるように、サナカはぽつりと呟いた。怒っているから――ここまで冴えているのか、普段は意識的に力をセーブしているのか?


 援護に入ったセキの剣戟を全て避けて、サナカは続ける。「どうしてか分かる?」その声色は酷く落ち着いており、普段の彼女からは想像もできないようなものだった。

 セキとガンケンの二人を相手に、サナカの強さは脅威的だった。

 二人を全く寄せ付けない。

 サナカの強さがどういったものなのか、今ようやくハッキリと理解できた。


 彼女は速い。

 ――どこまでも。

 速さにも種類がある。

 トップスピードの速さ、トップスピードに達するまでの速さ、そして継続的な速さ。

 サナカは、そのどれもがズバ抜けていた。


 初速が違う。

 だからセキとガンケンの攻撃が当たらない。初速が違えば起き上がりが違うのだから。


 トップスピードも違う。

 少しでも助走がつけば、彼女の動きに誰もついていけない。俺はもうサナカの動きを目で追うことができない。


 そしてスタミナが違った。

 戦闘が始まって今まで、彼女が足を止めることはなかった。常に、その暴力的なスピードを振りかざし続けている。


 サナカにとっては、俺たちの動きはさぞ鈍く見えていることだろう。

 それだけ、俺たちと彼女の生きている世界の速度は乖離していた。恐ろしいほどに。


 防戦――いや、蹂躙一方なセキとガンケンはサナカの問いかけに答えることができていなかった。(答える余裕がないとも言える)「それはね」殴り、蹴り、一つ避けて、投げ飛ばす。

 圧倒的な力の差を示しながら、サナカは理由を語った。


「師匠の前で――恥ずかしい姿を見せちゃったんだもん!」

「……あの人、本当に大丈夫なんですの?」


 予想外の理由に、俺の隣で見物していたアスミが溜まらず呟いた。「平常運転だ……多分」と、心ばかりのフォローをしておく。俺もまさかここまでとは思っていなかったけど。


「ちっ、サナカはSランクとしては未熟という話じゃなかったのか」

「うん、それはその通りだと思うよ」


 ガンケンの愚痴にサナカが反応した。「でも」と、サナカはさらに続ける。


「AとSの間には、それ以上の開きがあるってことだよ」

「くっ」


 至極全うな反論だ。

 個人としてSランクに認められている探索者は、それに値するだけの力があるということだ。サナカが他のSと比べて控えめかどうかは分からないが――仮にそうだったとしても、Aとは強さの階層が違う。


 これは覆すことのできない現実だ。


「まだ続ける? それとも降参?」


 パン、パンと手を払ってサナカは地に伏す二人に問いかけた。「疑ったことはありませんでしたが……サナカさん、本当にお強いんですね」と、レナが目をぱちくりさせている。ボコボコにされた二人からの返答はない。


「はい、そこまでです」


 倉庫の入り口から声が響いた。「ネル!」ぞろぞろと部下を引き連れたネルが、かつかつとヒールの音を響かせる。


「状況を見るに、私が準備に手間取っている間に全て終わってしまったようですわね」


 いつもの経済的微笑のまま、ネルは淡々と話す。「ああ、大企業様は小回りが効かないみたいだからな」と、軽口を叩いておく。


「エンジニアは他の誘拐された人たちの救出を、探索者部隊は下手人の捕縛を」


 テキパキとネルが指示を出した。彼女の部下に交じって、警察の姿も何人か見えた。なるほど、流石は大企業のコネクションだ。こういう根回しも得意なのだろう。

 ともかく、この場はこれで落ち着いた。

 あの後、みんなして警察の事情聴取に付き合わされた――疲れてるっていうのに。本当に大変だった。


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