「シンタ……どうして彼女を庇うんだ?」
「こっちのセリフだよ親父。どうして人に剣なんて向けられるんだ。いっつも言ってただろ? 他人を傷つけるために剣は振るうなってさ!」
刃と言葉で鍔迫り合いを演じる二人。俺はそんな二人を見ながら、ゆっくりと立ち上がって息を整えた。肺に酸素を送り込むたびに、ずきずきと身体が痛むのを感じる。
それがどうした、身体がまだ動くなら立ち止まる理由にはならない。シンタが稼いでくれた時間を無駄にはしない。俺は真っ二つに折れた木刀をそれぞれ握って、リーチの短い二刀流に持ち替えた。
「確かに他人を傷つけるために剣は振るってはいけません。ですが、大切なものを守るためならば話は別です。シンタも理解しているでしょう? 私たちにとって大切な道場が、今危機に瀕していることを!」
セキの声と得物にだんだんと力が込められていく。
その威圧感と膂力に押されて、徐々に後退して追い詰められていくシンタ。「そしてその原因は六英重工業をはじめとした大企業にあると!」その言葉と共に、セキの怒りが頂点に達したのか、木刀ごと弾かれて吹き飛ばされるシンタ。
「親父……確かに道場は大事だけど……」
床に転がったシンタはそれでもなお、セキに言葉を投げかける。「でも……」と言葉を続けようとしたところで、シンタの首元に刀が差し向けられた。「でも……なんでしょうか。それ以上に大切なことがあるとでも?」
シンタを見下ろして、セキは冷たく言い放つ。
俺に背中を向けたセキめがけて、折れた木刀の片割れを投げつけた。「こざかしいですね!」振り向きざまに木刀を得物で弾くセキ。最初から当たるなんて思っちゃいない。俺の狙いは……「はぁああ!」根性のあるシンタの行動だ。
木刀を片手に握りしめたシンタは、そのまま勢いよく立ち上がる。下から上へ、立ち上がる動きを活かした木刀による切り上げだ。
「まだまだ、剣の技量は未熟ですね」
熟練の剣士であるセキには、これでもなお届くことはない。でも、もう俺からシンタへ視線が移った。
だから俺は一気に踏み込んで駆け出してやる。
そして、飛び上がって……狙うのは上から下。折られた木刀による渾身の振り下ろし!
「それでもなお、私には届きません」
身を反転させて、俺の一撃を避けて見せたセキ。
シンタと俺の二人で連携しても、セキにダメージ一つ負わせることができない。せめて自分の得物さえあれば、まだ何とかやりようはあるだろうに。
「さっきの続きだけどさ……親父、俺は確かに道場は大切だよ。でも! 道場自体が大切なんじゃなくて、親父も過去の門下生のOBさんたちも、そういうのが大切なんだ! 親父はそうじゃないのか?」
シンタが叫んだ。
その問いかけは流石にセキの心に何らかの影響を及ぼしたのか……動きが止まる。この間、僅か数秒ほどだ。しかし、それ以上考えるのはもう無駄とでもいうようにセキは首を横に振った。「私はもう止まれません。道場は理由の一つに過ぎないんです。私は、大企業が憎い。だから、あの人の……」「話しすぎだ、セキ」そこまでセキが語ったところで、ガンケンからストップが入った。
同時に、バックステップで俺たちの元へ戻ってくるアスミ。「ったく、攻めにくいったりゃありませんわ」銃口から昇る白煙をふぅとかき消して、アスミは口を尖らせる。
どうやらアスミの方も苦戦しているらしい。
でも、押し切られてはいなかった。
――追い詰められているのには違いないが。
セキの隣に立ったガンケンが、鎧をガチガチと鳴らす。「お前たちに勝ち目はないぞ、アサヒ」なんて正論を言ってくれる。でもそれが正論だからって従うわけにはいかなかった。
「分かってないなガンケン。勝ち目がどうとか、そういう話じゃないんだよ」
俺は一歩前に出て折れた木刀を構える。「その手には乗らん。どうせ会話で時間を稼ごうとしているんだろう。安っぽい詐欺師のお前らしい発想だな」……ご名答だ。
会話の隙を与えないと言わんばかりに、セキとガンケンが前進。お互い、横に広がる形で俺たちへと迫る。「アスミ、頼む!」と、俺は背後にいる彼女を頼りにするが。
「えーっと、それが――弾切れ、ですわ」
と、絶望的な返答が帰って来た。
ああ、仕方ない。なら俺がガンケンの相手をしないと! 俺はサイドステップを踏んで、ガンケンの前へと移動する。セキはアスミとシンタに任せる形となったが、二人なら大丈夫……のはず。
「無駄な足掻きだな、アサヒ」
「それはお前が決めることじゃないだろ、ガンケン」
盾の一撃を紙一重でなんとか避けて、俺は堅牢な鎧を蹴る。この攻撃に意味はないが、俺の存在をガンケンに伝えなければならない。
反応を見るに、そんなことをしなくてもガンケンは俺に夢中のようだが……。大きく盾を振りかぶるガンケン。隙だらけ、自分の防御性能に余程の自信があるのだ。悔しいが、その見立ては正しい。
俺は大きく横へ飛んで盾の一撃を回避する。隙だらけなのに攻撃はできない。意味がないからだ。
気分は腹ぺこの状態で、目の前にご馳走を広げられているかのようだった。
地面に刺さった盾が浮き上がったかと思えば、影からナイフが飛ぶ。「――!」木刀で何とか逸らすも、肩を裂いて壁に突き刺さるナイフ。振り上げの隙を狩るようにバッシュ。「うぐっ!」
そのまま壁際まで運ばれてしまった。「やはり弱いな」酷く落ち着いた様子のガンケンがそう言った。返す言葉もないな。
俺の身体に押し当てられた盾に、徐々に徐々に力が込められていく。
その度に、ミシ、ミシ……と身体が音を立てて鈍く嫌な痛みが俺を襲う。「う、うぅ!」思わず、呻き声が漏れてしまう。身体が圧迫されて、息苦しささえも生じ始めた。
「どうして今更探索者に復帰した? それだけじゃなく、こんな馬鹿な真似をしているんだ?」
「……」
不味い、何か手段は。
今この状況を脱することのできる手札を探す。あれもダメ、これもダメ、それもダメ。……ダメだ、詰んでる。
でも、諦める訳にはいかない。
俺は、俺は。
「弟子が、いるからな」
「どうせつまらん口八丁で騙しているんだろう?」
俺にはサナカがいる。
ガンケンが言う通り、多分騙してるけれど……でも、彼女が俺に向ける信頼は本物だ。それに応えられないのは、ハッキリ言って恥ずかしい。
「だから――今ここで口八丁から脱するんだよ!」
その言葉と共に前進に力を込めて――そう、ありったけの最後の力を込めてなんとかガンケンを押し返そうとする。「そこを、どけ!」徐々に本当に少しずつガンケンが後退しているように思えた。
このまま――押し切れば!
「雑魚が一人前に希望を見るな」
「うぐ!」
さらに力がかかって、即座に壁に叩きつけられる俺。
やっぱりガンケンと力比べなんて……無謀だったか。どうやら、俺はサナカの信頼に応えることができなかったらしい。
「所詮は口先だけの男だったな。もう会うこともないだろうが」
ガンケンの言う通り――俺は。
圧迫で酸欠になり、ぼやけてしまう視界。
「よし、いけた!」
一筋の希望が差すように、レナの声が響いた。「何?!」ガンケンの視線が、背後の彼女へと向けられた。俺も、霞む視界でレナを眺めれば……端末のボタンを勢いよく押し込む彼女の姿が見えた。
プシュー!
周囲の音さえ微かにしか聞こえなくなったが、そんな音が確かに聞こえた。煙が周囲に吹き上がり……。
とん、とん。
何かが地面に着地する音が聞こえた。「――!」押しつけられたガンケンの盾が俺から離れる。「……はぁ! はぁ!」解放された俺は新鮮な空気を肺に送り込む。両膝に手をついて、ぼやけた視界でガンケンも見ている、そこを見た。
「復活! 師匠、何からすればいいですか?」
あの快活な笑顔がそこにはあった。「ひとまず、あの二人を無力化してくれるか?」俺のオーダーにサナカは首を縦に振り「分かりました!」と一言だけ返事をした。