「……これは驚いた。随分といい銃を使っているようだな」

　ガンケンの真っ黒な鎧、その胴部分に歪みが入っていた。鎧は耐えきったようだが、ガンケン自体にも多少のダメージがあるらしい。その足取りはわずかに重かった。

「ちょっとは楽しめそうじゃないか」

　先ほどまでのやる気のない構えとは打って変わり、ガンケンの構えは前傾姿勢へと変じた。彼の動きに合わせて、カチャカチャと鎧のすすり泣く音が聞こえる。「何度来たって同じことですわ！」その動きに合わせて、アスミが銃を構えるものの――。

　バッと、アスミの前にセキが出現。「それはどうでしょうか？」腰に差した木刀を引き抜いて、銃口を上へと弾く。

　ドン！

　という音が再び響くものの、ただただ倉庫の天井を貫くばかり。

　アスミはサイドステップで移動。セキから距離を取ろうとするものの、その回避先めがけてガンケンが突き進んでいた。「まずっ！」アスミの表情が陰る。

　だからこそ、俺が間に割り込む。

　ガンケンのタックルを木刀で受けつつ、横へそらす。まるで、闘牛を赤い布でいなすみたいに、木刀を動かしてガンケンを制御する。

「助かりましたわ」

「ああ、即席のチームにしてはよく連携できているな。俺たちも相手も」

「そうみたいですわね」

　互いに背中を預けあって、俺たちは互いの敵を見据えた。俺の正面にはガンケンが、アスミの正面にはセキが、それぞれ立っている。二人は同時に盾と剣を構え、姿勢を落とした。

「来るぞ、アスミ！」

「分かってますわ！」

　解き放たれたかのように加速する二人。俺とアスミは合わせてスイッチ。ガンケンをアスミに任せて、俺はセキの剣を木刀で受け止めた。背後からは、ドン！　という音が聞こえる。

　どうやらアスミが銃弾を放ったらしかった。「グゥ！　盾で受けてもこれほどの衝撃とは、随分といい火力だな」彼女の銃弾は、しっかりとガンケンを押しとどめるのに一役買っているらしい。

　がん、がん、とセキの一太刀一太刀を防ぎながら、俺は機をうかがった。セキの太刀筋はとても柔らかい。だからこそ、油断をすると横から刺されてしまいそうな恐ろしさがある。

「アンさんの友人であるアサヒさんであれば、私の考えを汲んでくれると思っていたのですが……」

「アンさんがどうとか、大企業がどうとか、そういうのは今の俺には関係ないんだ」

　鍔迫り合う俺とセキ。

　グッと力を込めて、彼の握った木刀が俺に圧力をかけていく。押し込まれる俺だが「サナカに、俺の弟子を……助けるためだっ！」その言葉と共に木刀を弾いた。

　もし、ここでサナカを救出できなかったら……彼女の身に、どのようなことが起きるかは分からない。けれど、良くないことが起きるのは確かだと思う。それに、もう彼女に会えないかもしれないことも……。

　大きく後退するセキ。俺はその隙を逃さないためにも、踏み込みと共に剣を刺突。狙うのはセキの腹部だ。

　見事にセキの腹を穿ち、彼を大きく吹き飛ばした。

「ぐっ……！」

　サナカが捕まってしまったことは、俺にも原因がある。

　だからこそ、師匠として原因として俺が責任をもってサナカを助けないといけなかった。

情けない師匠にならないためにも、ここで負けるわけにはいかない。俺は……サナカの師匠なんだから！「なる……ほど、流石はアンさんが見込んだだけのことはある、ようですね」決して手加減はしていない。

　だというのに、セキは俺の一撃を食らってもふらりと立ち上がった。

「なるほど、では久方ぶりに。戻る必要があるようです、剣狂と呼ばれた……あの頃に」

　髪をオールバックにして、セキは俺を見据えた。

　彼の放つ雰囲気は今までのそれとはまったく別。人が変わったのかとさえ思わせてしまうほどだった。

「剣狂……」

　その名前には、覚えがあった。

　人、エネミー問わず多くの強者に勝負を挑んで、そのことごとくを血祭りにあげたという……そんな探索者の名前だ。確か、当時現役を退きつつあったアンに敗れたという話を聞いたが……。

「まさか、それがセキさんだったのか」

　木刀を引き抜いたかと思えば、艶やかに光る紅の刀身が露わになる。

　血鬼、彼が全盛期だったころはその名前を聞いただけで多くの探索者を震え上がらせたという、その刃だ。

　一気に間合いを詰めたセキ。俺はそれに合わせて、木刀で受けようとするが……ぬるりと、セキが俺の前から消えた。いや、正確には俺の側面に回り込んだ。その動きがあまりにもスムーズだったので、消えたように錯覚してしまったのだ。

「くっ！」

　横へ飛ぶ。

　右から左へ、紅い刀身が煌めいた。浅く、俺の横腹が割かれる。ダンジョンじゃない、現実世界だと一撃を貰うだけでも致命傷だ。

　セキは俺を殺しても構わないというような太刀筋。

　現実世界でここまで迷いなく刃を振るえる、その精神性がセキの恐ろしいところだった。

「ゆっくりと、そうゆっくりと弱らせていきましょう。焦る必要はありませんからね」

　にこりと、笑みを浮かべたセキは俺の血で彩られた刀身を真っすぐ俺に向ける。焦る必要はない、か。そう思うなら好都合だ。こっちは時間を稼ぎたい。優雅な狩りごっこに興じている間に、レナのハッキングが終わる。

「……厄介だ」

　だから、セキの考えを肯定するような反応を見せておく。

　さぁ、もっと時間を稼がせてくれ。セキの技量は厄介だが、守りに専念するならなんとかなる。

　独特な動きで間合いを詰めるセキ。ジグザグというしかない動きは、俺の狙いを見事にかく乱してくれる。だが、ここで焦って踏み込んだり攻めるのは悪手だ。

　正解は……待ち。

　俺は木刀を構えて、ただ待つ。

　セキが眼前に迫る。

　――今だ！

　がん、と紅い紅い刀身を俺は受け止めた。ぎりぎりと、木刀にセキの刃がめり込んでいく。鍔迫り合いが始まるが……グググっと、押し込まれていってしまう。力でも技量でも負けているうえに、武器の性能でも負けている。

　この鍔迫り合いに俺の勝ち目はなかった。

　でも俺は続ける。

　木刀に刃が侵入していく。やがて、それは半分にまで到達して……俺は木刀から手を放して身体をぐるりと横へ逃がす。

　そうすると、押し込もうとしていたために前へとセキが姿勢を崩す。セキは思いっきり、地面を片足で踏みしめて体勢の崩れを押しとどめた。「狙いが外れたようですね」と、セキは言うが、俺の狙いはそこにはない。

「どうだろうな？」

　攻守逆転。

　今度は俺が間合いを詰める。狙うのは単純――「甘い動きですね」そうやって、刀を翻すが、当然……刺さった木刀がその可動域を狭める。

　歪な太刀筋で振り下ろされる刀身、そのルートは予測しやすい。攻撃の合間を縫うように回避して俺は間合いを詰め切った。

　バキン！

　振り下ろされた刃によって、木刀が綺麗に砕かれる。もうあれは使えないが、この一手を通すためだ。木刀の一本くらいはくれてやる。

「はぁ！」

　思いっきり振りかぶって、セキの腹部を狙って拳を放つ。

　しっかりと肉を穿つような感覚が俺の手に伝わってくる。だが、セキの身体は思った以上に動かない。「惜しかったですね」

　そんな言葉が聞こえたかと思えば、俺の身体に重い衝撃が走った。鈍く、でも鋭い痛みが身体に走る。僅かに浮かぶ身体、さらに蹴りが突き刺さり吹き飛ばされる。

　揺れる視界の中、セキを見れば、セキが刀の柄を強く握りしめていた。どうやら、俺は柄突きを受けてしまったらしい。片手で俺のパンチを受けて、カウンターか。

　こういう時、得物が欲しくなってしまう。

　身体中が痛い。

　たった一撃食らっただけでこの様だ。

　これが伝説にも近しい探索者の実力……でも、俺を痛めつけるだけならば好都合。サナカさえ戻れば、後はどうとでもなる。

「む……おいセキ！　あの女を狙え！　サナカのダイブマシンに細工をしているぞ！」

　ガンケンが声を荒げた。しまった、ついに気づかれてしまったか。ガンケンの言葉に従って、セキは刀身をレナへと向ける。

　そして俺に対してそうしたように、奇怪な動きで間合いを詰めた。「レナ、逃げろ！」俺は叫ぶ。「え？」ハッキングに集中していたからか、反応が遅れてしまうレナ。不味い、今の俺の状態じゃ彼女のカバーに間に合わない。

　一気にレナの前に立ったセキが、その刃を振り下ろした。

　まずい、今のレナは無防備だ。セキの一撃を受けてしまえば、致命的。レナのハッキングは止まり、俺たちの勝機はなくなってしまう。それにサナカを助けることができない。そうなれば、すべてが終わりだ。

「く、くそ……！　間に合わない！」

　どうにか、身体を動かそうとするが、この距離だと絶対に間に合わない。ああ……もうダメだ。

「……おや」

　しかし、その凶刃がレナを斬ることはなかった。

　剣を受けたのはシンタの木刀だった。「親父……もうやめてくれ！」シンタの悲痛な叫びが、倉庫に響く。