ハシゴを下りた先は明かりが灯っていた。俺ですら滅多にお目にかかれないような精密機械が立ち並ぶ。恐らく、その全てが探索者家業に関連するものであることは分かるけれど。
「ここは……」
遅れて降りてきたレナがきょろきょろと周囲を見遣る。四方を機械に囲まれた室内は狭く、俺とレナさんが立つだけで一杯一杯だった。
ハシゴから見て真ん前の壁に扉がついており、まだまだ別の部屋があるらしい。「俺たちが降りてきたことはバレているかもしれない。気をつけて行こう」そうレナに声をかけて、俺が先導。
鍵もかかっておらず扉は簡単に開く。
ギィギイ、という耳障りな音が響くが、気にしない。扉を抜けた先には広々とした空間が設けられており、さっきみたいな息苦しさはなかった。
いくつもの照明が掲げられており、上の道場なんかよりもよっぽど明るい。「さっきの部屋も凄かったですけど、この部屋はさらに凄いですね……」
レナが驚いたように言葉を漏らす。「全身一体型のダイブマシンだな――」中央にデカデカと設置された機械に自然と目が奪われた。大企業しか使っていないような超高級ダイブマシンだ。
これと安物のダイブマシンはどう違うのかは分からないけど(電脳率の安定とかに寄与するみたいだけど)この道場に、こんな高価な設備があるとは思えなかった。
「ん? 待ってください!」
「どうしたんだ?」
「このダイブマシン、起動してます!」
そういってレナがダイブマシンに駆け寄った。
俺もつられて彼女の隣にたって、様子を窺う。「この設備を使用したことはありませんが」カタカタとダイブマシンに備え付けられたコントロールパネルに触れるレナ。
完全に密閉されたダイブマシンは、中の様子が窺えない。もし、中に誰かがいるというのなら――問題はそれが誰なのかということだ。
少しの沈黙の後「や、やっぱり……!」レナが手を止めた。
顔を俺の方に向けた彼女の表情は険しい。
「中にいるのは、サナカさんです!」
「なんだって? 強制的に解放はできないのか?」
「それがパスワード付きのロックがかけられているみたいで――ハッキングを試みますが、結構時間がかかりそうです」
端末を操作して、C君たちがわらわらと姿を見せる。
彼女のC君はハッキングツールとしても使用することができるのだ。現役時代、俺も彼女とC君たちには随分と助けられた。
「全力でやっても数時間は――」
所要時間を勘案して答えようとするレナだったが、ガチャン! という音が部屋の奥から聞こえる。ガガガガ、という大仰な音が聞こえたかと思えば、光が室内に差し込んだ。
俺たちが壁だと思っていた最奥の壁面は、どうやら両開きの巨大な扉らしい。「レナ、一旦隠れよう」幸いにも、ここには様々な機械が置かれている。
身を隠す場所には困らない。
そうして、機械の後ろに隠れて様子を窺えば――二人の人影が奥から姿を見せた。
「ご苦労だった。まさか、こうもあっさりサナカを捕らえられるとはな」
「彼女の善良な性格のお陰でしょう。それで、今月のお金はいつお支払い頂けるので?」
「そう焦るな。本来のノルマはまだ達していないようだが」
セキさんです、とレナが言ったが俺は彼よりももう一人の男に注目していた。
忘れるわけもない、彼は俺たちのPTメンバーの一人だったのだから。その名をガンケン。俺たちのPTではタンクを努めていた寡黙な男。
今もユウトと同じPTだという話を聞いたことがある。そんなガンケンがどうしてここにいるんだ。しかも、その話しぶりから察するに――。
「最初は一人で良かったのに、今月は三人? しかも、Sランクの探索者まで……いい加減にしてください」
「しかし、金が欲しいと言ったのはお前だ。ならば、六英重工業の下につけばいいさ。その前に、牢屋に入れられるのが関の山だろうがな」
「……」
二人の後ろから続くように、大きなトラックが中に入ってきた。六名ほどの作業員が降りてきたかと思えば、サナカが中に入ったダイブマシンを運び出してトラックの荷台に積んでいく。
まさか、どこかに運び出すつもりなのだろうか。見過ごせないが……ここで出て行ったとしても多勢に無勢。何より、ガンケンとセキを相手にして勝てる見込みは少ない。
――悔しいが、ここは見過ごすしかない。
グッと堪えて、俺は事の流れを見守った。「詳しいことは、彼に言えばいい。アトモスの開拓卿にな」耳を疑った。
アトモスの開拓卿がこの件に関わっているというのか?
セキとガンケンも乗せて、トラックはバックで部屋から抜け出していってしまった。残された俺たちは、顔を見合わせる。「アトモスの開拓卿……探索者の代名詞とも言えるような人ですよね」そんな人がどうして、とレナが首を傾げた。
俺も分からない。
アトモスについて考えるよりも、今大切なのはトラックの行方だ。
「トラックがどこに行ったか分かればいいんだけど……」
「分かりますよ」
「え?」
「分かります! C君をひっつけたので!」
さらりと告げるレナに面を食らう俺。
確かにC君みたいな小さな機械なら、忍び寄るのも容易だろうけど――まさか、あの一瞬でそこまでしているとは。記憶をなくしてもセレナはセレナなのだ。
やっぱり――頼りになる。
「流石だな、レナ」
「はい、GPSで追跡できているのでこっちは任せてください。でも、どうしてセキさんが……」
大方、その理由は分かる。
道場の存続ためにセキは悪魔に魂を売ったんだ。「行方不明事件も、もしかしてセキさんが……」「その通りです☆」俺が仮説を呟いた途端、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「!」
かつん、かつん。
ヒールの音を響かせるビジネスウーマン。ネルとシンタがそこに立っていた。「やはり、アサヒ様に目をつけていて良かったですわね。ようやく尻尾を掴めました」経済的微笑を維持しつつ、ネルは室内を見回した。
彼女の隣に立っているシンタの表情は複雑なものだった。
一体、俺が出て行った後に二人の間に何があったんだろう。
「アサヒさん、正直に答えて欲しいんです。親父は……行方不明事件に関係があると思いますか?」
俺の顔を見つめて、シンタが真剣な表情で問いかけた。
首を縦に振る。
嘘をついても仕方がない。
「ああ、そうだ。セキさんが行方不明事件に関わっている可能性は高い。少なくとも――サナカに何かしようとしているのは間違いないな」
「そう、ですか」
シンタさんの表情が曇った。
そりゃそうだ。自分の実の父親が、憎き敵――六英重工業がやっていたと思っていた悪行をしていたのだから。それが間違っていたと突きつけられているようなものなのだから。
ひとまず、地下から出て行って俺たちは道場に戻ることにした。
◆
「シンタさん、大丈夫か?」
道場の畳の上に座り込むシンタに声をかけた。彼がこうして呆然とし始めてから数十分。流石に様子が気になった。「セキさんたちがどこに行ったか分かったみたいだ」レナから伝えられたことを、そっくりそのまま伝える。
シンタに俺の言葉は届いているのか、あるいは届いていないのか――返事は帰ってこなかった。
「シンタさん、ショックなのは分かる。でも、シンタさんが塞ぎ込んだからといってセキさんのやったことがなくなるわけじゃない」
俺はそれでも語りかける。
自分の言葉が少しでも今のシンタの助けになれば、という気持ちもあった。でも、狙いはもう少し打算的だ。セキはアンとも旧知の仲であり、彼本人も道場を開けるほどの実力者だ。
そんな古強者と、ガンケンを同時に相手取るのは今の戦力だとキツい。(レナが記憶を取り戻しているなら可能だろうけど)だから、セキさんを説得できる可能性のあるシンタには着いてきて欲しかった。
一緒に来た方が彼にとってもいいことだとも思う。
「……ネルから契約書を見せて貰ったんです」
ぽつりと、シンタは言葉を漏らした。ああ、と俺は首を縦に振った。
「詳しいことは分からないけど、俺の目から見ても良心的な契約内容で……どうして親父が、それを飲まないのか……分からなくなったんだ」
シンタの声は震えていた。
ネルという女性は怪しい部分こそあれど、どうやら商売に関しては真摯なようだった。少なくともシンタの六英重工業に対する不信感を覆すには、十分過ぎる内容だったらしい。
「それだけじゃない、親父は行方不明事件にだって関わってるかもしれないんだろ……? 俺にはもう親父が分からないですよ――今まで六英重工業のせいだと思っていたものが、全部覆されて……」
一つ零れたら、ぽろぽろと言葉が続いていく。「セキさんは、道場を続けるためにお金を工面して貰っている様子だった」俺は表面上の理由を伝える。
もちろん、シンタが知りたいのはそんな情報ではないだろう。「でも六英重工業の条件だって、悪いものじゃないんです。どうして、そんなことをせずに犯罪に――」俺は首を横に振った。
「それは俺にも分からないし、シンタさんが悩んでも分からないことだ」
「じゃあ、どうすれば!」
「簡単だ。セキさんに直接聞けばいい」
「……」
俺はシンタを焚きつけた。「どこにいるか分かった。大きな倉庫街があるだろ、そこにいる」セキさんの行き先をシンタさんに告げる。シンタはゆっくりと立ち上がった。
「そう、ですよね……分かりました。俺をそこまで、連れて行って貰えますか?」
「もちろんだ。俺だって、セキさんたちには用がある」
「……ありがとうございます!」
頭を下げるシンタ。目的地は決まった。
向かうは倉庫だ。セキとガンケンがいると思われる場所。サナカを助けるために、そしてこの行方不明事件に決着をつけるために。
俺たちは、夜の町に出向く。