「サナカが行方不明って、どういうことだ?」
急いで六英重工業のオフィスから出た俺は、レナと合流して状況を確認した。レナの表情は険しい。「それが……あの後、色々と調査をしてみた結果、ナツトさんが道場と関係があったことが分かったんです」と、簡潔に事情を説明してくれる。
路地裏の薄暗い雰囲気と合わせて、なんとも言えないような湿っぽい、嫌な空気が流れ始めていた。
「道場って、セキさんとシンタさんの?」
「はい、その道場です」
「それは確かに重要な情報だけど、それがサナカの行方不明とどう関係があるんだ?」
話の続きを促した。「その情報に従って、私たちは道場に向かったんです」レナは続ける。彼女の話を整理すると、こういうことらしい。
「つまり、道場に行ったらセキさんに声をかけられて新しい設備……ダイブマシンの点検に付き合って欲しいと頼まれた、と」
「はい、実際の探索者であるサナカさんが設備点検に頼まれて……私は手持無沙汰だったので、セキさんから頼まれた買い出しに出ていきました」
思えば、それが判断ミスだったのかもしれません……と、落ち込んだ調子で言うレナ。そして「道場に帰ってきた時にはサナカさんもセキさんもいなくなってて……サナカさんには連絡が取れず……」という言葉で会話を締めくくった。
なるほど。
行方不明かどうかまでは断定ができない。焦ったレナの早合点ともいえるが……このデジタル社会で連絡の一つもつかないというのは確かに気になってしまう。レナの気が動転するのも仕方がないだろう。
「確かにサナカは心配だけど、彼女の実力は俺たちがよく知ってる。きっと、無事なはずさ」
「そ、そうですよね……!」
ひとまず、レナを落ち着けるためにも俺はそう言った。
何も、口から出まかせを言った訳ではない。実際俺たちの中で一番強いのはサナカだ。Sランク冒険者は伊達ではない。そして、普段は子供っぽく見える(俺の前だと余計に)サナカだが、探索者としてずっとソロで活動してきた凄腕でもある。
そんな彼女が、一人になったからといってどうしようもない危機的状況に陥っているとは考えにくい。
俺たちがするべきなのは、彼女の身を案じるばかりに空回ってしまうことよりも……彼女を信じて冷静に行動することだ。
「しかし、セキさんも行方不明か……」
急いで飛び出してきてしまったが、シンタさんも一緒についてきてもらった方がよかったかもしれない。「シンタさんはどうしたんですか?」と、レナが聞いてきたので、俺は別れてから、俺とシンタさんがどうしていたのかを簡潔に説明した。
実際、今はネルと一緒に施設の見学なんかをしているはず。
「なるほど……アサヒさんのところも進展があったんですね。それはとてもいいことなんですが……」
これから、どうしましょう。とレナが唸る。
俺が取るべき行動は大まかに分けて二つだ。一つ目、サナカの帰りを待つ。二つ目、サナカが最後にいたであろう場所、つまり道場を探ること。
一つ目は何事もなければこれが一番丸い選択肢ではある。でも、サナカの身に危険が迫っていた場合は後手後手に回ってしまう。一方、もうひとつの選択肢はシンプルに不法侵入みたいな犯罪になってしまう可能性がある。
いくら依頼を受けているとはいえ、だ。
俺はレナに選択肢を提示して、自分の考えるメリット・デメリットをそれぞれ説明した。
「そうですね……私は道場を調べたいと思います。サナカさんは勢いこそありますが、連絡に対してずぼらな人、というわけではありません。何より、アサヒさんの連絡でさえ返せていないのは、何か相応の事情があるはずです」
「そうだな」
レナと合流する前に、俺はサナカに連絡を送っていた。しかし、返事はこないし既読もつかない。普段のサナカだったら、一分以内の返事は当たり前なのにも関わらず、だ。(普段が異常といえば異常なんだけど)
それはサナカが連絡を返せない状況にあるということだ。
ダンジョンに潜っているとしても、連絡はできる。ということは、そもそも連絡が届かないような場所にいるか、連絡を返そうと思っても返せない状況にあるか。そのどちらかだろう。
レナが言う通り、サナカは高い確率でそうした複雑な状況に巻き込まれている。
「よし、道場を探ってみよう。セキさんがいれば、話を聞けるかもしれないし」
「はい、わかりました!」
ということで方針が決まった。
俺たちは寄り道をせずにまっすぐと、道場を目指す。
◇
日が沈みかけている頃、道場の中は明かりもついていなかった。どうやら、セキさんは帰ってきていないらしい。「あ、鍵がかかっています……!」ガチャガチャと扉に触れて、レナさんはそう言った。
最後に私が出て行った時は鍵をかけられなかったのに……、と怪訝な表情を見せる彼女。長い黒髪が、彼女の気持ちを表すようにゆらりゆらりと揺れ動く。「どこか、入れそうな場所は……」ぐるりと道場の側面を舐めるように移動して、抜け道がどこにあるか探す。
「鍵がしまっているということは、人の出入りがあったってことだな」
「はい、シンタさんでしょうか?」
「その可能性は低いと思う。となると、セキさんか……俺たちみたいな招かれざる客か」
鍵がかかっている要因について検討しながら、くまなく抜け道を探していると――あった。裏口が開いていた。不用心だが、今日に限ってはありがたい。
なるべく、音を立てないように中に入る。
室内の電気はついておらず、やっぱり人の気配は感じない。「サナカは行方不明になる前、どこに行ったんだ?」「こっちだったと思います」中を歩いて移動する。居間、キッチンを通り抜けて、和室に入り込む。
「最後は、ここに案内されてサナカさんとは別れました」
「……何もなさそうだけど」
本当に何の変哲もない和室だ。
座布団と机と掛け軸。
机の上にちょこんと乗せられた生け花が穏やかな空間をデザインしていた。
「うーん……」
腕を組み、俺は部屋を見渡す。
戸惑う俺の隣でレナが端末の操作を始めた。「ちょっと調査してみますね」なんて、言うと……彼女の懐から小さな機械が五匹ほど、出現する。
あぁ、やっぱりレナはセレナなんだ……と、その機械を見て確信する。現役時代の彼女も、このアーティファクトを使用していた。通称『Cちゃん』であり、閉所探索ツールだ。
「これ、C君っていうんですけど……可愛いでしょう?」
「ああ、どう使うんだ?」
使い方は知っているが、彼女について知っているとなればサナカがうるさいので知らないふりを通しておこう。彼女が端末を操作しながら、実際の使い方を教えてくれる。「本当はもっと直観的に使えるんですけど……今は自動操作で」
カタカタと、ボタンを押せばC君が散り散りになって調査を始めていった。
「えーっと……」
5機のC君から送られる映像がホログラムとなって立ち並ぶ。このさほど大きい訳でもない和室を隅々まで探索するC君たち。その内、一機のC君から送られてくる映像に違和感を抱く。
「あ、これって」
どうやらレナも同じ部分に違和感を覚えたらしい。掛け軸の裏に入ったC君。何か、変な空間があるように見えた。「これは……」掛け軸をめくって、俺は裏を確認した。
そこにあるのは小さなスイッチ。
なんというか古典的すぎて見逃しかけた。「レナ、これって……」「押してみますか?」とレナの提案。押した結果、何か良くないことが起きるかもしれないけど……押すしかない、か。
「よし」
ポチっと押すと、机の下の畳がぼふん、という音と共に動いた。「あー、ここまで古典的……か」畳をめくると、ハシゴがあった。ともかく、この下に何かがあるのは間違いなさそうだ。