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第37話 一方その頃

 東京という街は、活気こそあれど冷たい街だ。

 流れゆく人の波を見るレナの頭に、そんな定型文がよぎる。「人が多いですね」と、隣に立つサナカに話しかけた。


「私は東京生まれ東京育ちだから、普通に感じちゃうかなあ」


 なんて、気持ち素っ気ない返事。レナとサナカの間には、ちょっとした壁があった。レナ自身、そのことについてサナカを批判するつもりはない。ただ、気まずい空気は少し耐え難いだけだった。

 現在、二人は行方不明となった依頼主ミナの彼氏()ナツトの行方を捜していた。失踪する前、彼が東京に足しげく通っていたことは分かっている。そして、今現在二人がいる地域こそが、行方不明者が続出しているホットゾーンだということも。


「師匠の情報だと……六英重工業の探索者育成機関が来てから行方不明が劇的に増え始めたんだよね」

「ええ、そうみたいですね。六英重工業の情報はアサヒさんが調べてくれているでしょうから、私たちが確かめるべきは……」

「やっぱり、足で情報を稼ぐ!」


 と元気はつらつとした声色でサナカは結論付けた。「はい、ナツトさんの足取りを追ってみましょう」と、レナも続く。

 とはいえ……言うは易く行うは難し。足取りを追えばいいと分かったはいいものの、肝心の方法が不明瞭であれば意味はない。サナカはため息を吐いて肩をがっくりと落とす。


「はぁ~……その足取りを追うのが難しいんだよね」

「そうですね……ですが、足取りを終える可能性はあります」

「というと?」


 コテりと首を傾げて、サナカがレナの次の言葉を待った。「ナツトさんはどうして東京に通っていたんでしょうか?」それを言われて、サナカはぷくーっと頬を膨らませる。「それが分かれば苦労してないじゃん!」と反論するが、レナは動じない。


「そうです、それが分かれば苦労はしない…なのでナツトさんが行きそうなところ全てに行ってみて、聞き込み調査をしましょう!」

「……た、確かに!」


 これにはサナカも納得せざるを得なかったのか、目を輝かせて頷いて見せる。(驚きのローラー作戦であるため、ここにアサヒがいれば頭を痛めていたことだろうが)「まずは、探索者関連のショップや施設で聞き込みをして回りましょう」当の本人たちは、そんなこと知る由もなく、行くあてのない東京で光明が見えたと喜ぶばかりだった。




「うーん、いい情報が見つからないね……」

「そうですね……」


 そうして、意気揚々と出てみたはいいものの……実際問題そんな簡単に情報にたどり着けるわけではなかった。探索者御用達のショップや飲み屋に行ってみたが結果は芳しくなかった。

 とかく、東京という街は広い。(実際の面積はさておき、密度は群を抜いている)そうなれば、一口に探索者関係といってもその数は膨大だった。その上「サナカさんのネームバリューも凄いですね……」レナが言うように、サナカがいるというだけで店は大盛り上がりだった。

 考えてみれば当然のことだ。

 あのSランク御用達ともなれば、店の評判はうなぎ上り。だからこそ、サナカに取り入ろうと必死になる訳で……店の滞在時間がどうしても伸びてしまう。


「私に親切なのは嬉しいんだけれど……」


 最初の勢いはどこへやら。どことなく疲れた雰囲気が二人の間に流れ始めた。手がかりがない訳ではなかった。「先ほどの店主さんが教えてくれた店で何か見つかればいいのですが……」

 ナツトの姿を見たことがあるという情報までは掴めた。しかし、それも見かけた地域だけ。核心に迫る情報ではない。徐々に絞り込めていることは事実なのだ。ここはもうひと踏ん張りするしかない。「ところで」疲れを紛らわせるためか、サナカがそんな前置きで口を開いた。


「レナさん、師匠と何か関係があるんですか?」


 多分にサナカがずっと気になっていたであろうことが触れられた。「正直なところ、私はさっぱりで……」と、レナは正直に自分の知っていることを告げる。しかし、それでは納得できないというような様子で、目を細くしたサナカはジッとレナを見据えた。

 怪しい……という言葉もオマケに添えて。


「以前もお話ししましたが、私は記憶喪失で……可能性があるとすれば記憶を失う前の私が、アサヒさんの知り合い……という……」

「でも師匠はレナさんのことを知らないって言ってたしなぁ~」


 腕を組んで、うーん、うーんと唸るサナカ。どうやら、アサヒが嘘をついている可能性は考慮していないようだった。それは一重に、彼女がそれほどまでにアサヒを信頼しているからであり、その信頼をもってしてもなお、二人の間には何かあるのかと勘ぐってしまうくらいは滲み出るものがあった。

 しかし、そこまで詰められてもレナにとっては覚えのないこと。考えても答えはでない。

 でも、とレナは言葉を続ける。


「アサヒさんは、その……安心感があるというか、懐かしい感じがするというか……」

「むぅー」


 そのレナの反応がより気に食わないというような感じで、サナカは唇を尖らせた。あのSランクの探索者が、こんな表情を見せるとは誰も思わないだろう。「私が、師匠の一番弟子なんですからね!」と、釘を刺す。

 その様子に苦笑いを浮かべるレナは、この雰囲気から抜け出すためにも話題を変えた。


「そういえば、サナカさんはどうしてアサヒさんを師匠と慕うようになったのでしょうか?」

「うーん、それはちょっと秘密……かな! 師匠には色々と大切なものを教えてもらったから! 大事な思い出だよ!」


 レナさんが師匠との関係を思い出したら、教えてあげるね! と付け加える。まっすぐだけどやや敵意が含まれたサナカの言葉に、またも苦笑いを浮かべるレナ。「けれど、サナカさんがアサヒさんを信頼していることが分かりました」と、締めくくる。

 そうして世間話をしていると、目的地に到着。

 大通りから外れて歩くこと数分。東京とは思えない寂れた雰囲気が感じられる場所だ。壁はひび割れ、ぽちゃぽちゃと水滴が滴る音が耳を打つ。やや湿った地面を踏みしめて、二人は目的の店を見上げた。


「アウターゾーン」


 そろって、店の名前を読み上げる。この店を紹介してくれた店主曰く「探索者の中でも素行の悪い奴がよくいく店」とのことだった。まぁ、Sランクのサナカなら大丈夫だろう、ということで教えてくれたらしい。

 店主の読みは正しく、本来なら気圧されるような雰囲気を醸し出している門構えではあるものの(ちかちかと点滅するボロボロのネオンサイン、ゴミが積み上げられた路上、落書きだらけの壁)サナカとレナを威圧するには不十分だったらしい。

 「よーし、いこうか!」と二人の勢いは落ちるどころか増して地下に続く階段を駆け下りていく。


 薄暗い店の入り口には、マッシブとしか形容しえない門番がそびえたっていた。筋肉が黒いスーツを着ているような風貌の男が、ギロりと二人を見下ろした。


「誰だァ? てめぇら」

「お客さん!」

「はっ、女子供が来るような店じゃねぇんだぞ? さっさと大通りに帰ってジュースで……」


 大男がそこまで言って、まじまじとサナカの顔を見つめて言葉を止めた。「S、Sランクのサナカ!?」と焦った様子で中に引っ込んでいく。


「……入っていいのかな?」

「流石にダメなんじゃないでしょうか……?」


 行儀よく待つこと一分程度。

 扉を勢いよく押し開けて姿を見せたのは、ワイルドな風貌の男性だ。背後に門番の大男を引き連れた彼は面倒くさそうな顔をして二人を眺めた。


「おいおい、本当にSランクのサナカじゃねぇか」

「どうしますか? オヤジ」

「何の用だ、ウチはギルドにしょっぴかれるような悪事はしてねぇぞ」


 派手なジャケットを着こんだ男は警戒した様子でサナカたちにそう告げる。「私は別にそういう訳じゃ、そもそもギルドの仕事を受けてる訳でも……」と弁明をするが「そうやって油断させるつもりだろう。Sランクが理由もなくウチに来る訳がねぇ」

 と、取り付く島もない。

 これが普通の反応ではある。Sランクは、基本的に六英重工業をはじめとした中ギルドの専属か、無所属の場合は探索者ギルドそのものに所属していることが多い。だからこそ、Sランクの探索者は尊敬の念を集めると同時に、一部の探索者からは「犬」というような蔑称を受けることがある。

 特に「アウターゾーン」のようなグレーな場所ではそれが顕著だった。


「本当に違うんだけどな~……」


 と、困った様子のサナカ。ちらりと店内に視線を向けると……そこにはサナカの見知った顔が見えた。金のツインテールをゆさゆさと揺らしている彼女は「あ、魔労社!」と叫ぶ。

 すると、店内にいたアスミがちらりとサナカを見てスルー……かと思いきや、驚いた表情で二度目、そしてさらに今度は口まで開けた驚愕の表情で「さ、サナカ~~!?」と、叫んだ。



「なんだ、魔労社の知り合いだったか」

「……知り合い、まぁ知り合いですわね。内容はともかく、この場所に害を出すような手合いでないことは私が保証いたします」

「ありがとうアスミさん!」


 取り付く島はなかったが、強引に島に入る船は見つかった。アスミに間を取り持ってもらって二人は何とかカウンターに案内された。「紹介するね! 結構強い違法探索者の魔労社!」


「結構は余計ですわ! 魔労社社長のアスミです。以後お見知りおきを」

「アサヒさんのところでサポーターをしてるレナです! よろしくお願いします!」


 と、軽く挨拶を交わす。「それで、ウチに来たのは何の用だ?」カウンターに肘を置いて、男が用件を尋ねた。


「あ、そうそう!」

「この人についてなんですが……」


 レナが出したナツトの写真を確認した男は「おぉ、ナツトじゃねぇか。最近見なくなったな」と、顎髭を撫でて懐かしむように語った。


「知ってるの!?」


 思わず、カウンターに身を乗り出して尋ねるサナカ。それに対して「おう。知ってるさ。割のいい仕事を探してるって言ってたからよ。セキさんのところの手伝いを紹介してよ」と男は言った。


「セキさん?」

「ああ、近くの道場さ。昔はにぎわったもんさ。かくいう俺も、セキさんにしごかれたもんだよ」


 しみじみと回想する男を他所に、サナカとレナは顔を見合わせた。


「それって……」

「アサヒさんの依頼があった道場じゃ……」


 偶然の一致とは思えないことが、今目の前で起きつつある。なんとも言えない違和感が二人にはあった。何か、よくないことが起きているような、そんな言葉では言い表せない何か。

 こうして、次の目的地が決まった。


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