ゆったりと歩きながら、俺とシンタは六英重工業の探索者育成施設を目指していた。正直なところ、道場が流行っていないのは姑息な妨害を六英重工業がしている訳ではないと思う。
シンプルに、道場よりも六英重工業の施設が優れていると考える利用者が多いからではないだろうか。とはいえ、それを俺が言っても今のシンタには届かないと思う。だったら、実際の様子を見て貰って現状の差を理解して貰った方が早いという判断だ。
まぁ、本当に六英重工業が何かをしている線というのも……まぁ、あり得なくはない。だから、その線を消すためにも必要な作業だと思う。
「シンタさんは実際に六英重工業の施設に行ったことは?」
「いえ、ありません。悪魔の巣窟だと思っているので!」
「ははは……それは極端だな」
彼の六英重工業嫌いは芯が通っているというか、ちょっとやそっとじゃ揺るがないような頑なさだ。まぁ、自分の道場の明日がかかっているんだ。それくらい過激になるのも納得はできる。
彼を説得するのは骨が折れそうだ。
と、そこまで話したところで、俺はわざと人気がないような道へ入っていく。「え、アサヒさんそっちは――」と困惑するシンタに俺は自分の意図を伝えた。
声を潜めるように努めて、だ。
「……シンタさん、気がついたか?」
「気がつくって、何にですか?」
「多分、つけられてる。次の角を右に曲がる、これでも着いて来るなら多分そうだ」
宣言通り、俺は次の角を右に曲がった。人気のない路地裏の、さらに人気のない方に向かう。こういった進路が被るなんて普通はあり得ない。もし、これで着いて来るのなら――それは凄まじい偶然か、あるいは必然か、だ。
俺の予想通り、俺たちの後をつけている誰かはそのまま右に曲がって俺たちの進路をなぞっていた。「二流だな」俺は零す。確かに、気配を殺したり気付かれないように振る舞うのは上手い。
ただ、追跡することに躍起になりすぎてしまっている。これが一流だったなら、こういった道にターゲットが入った時は一度追跡を諦めるはずだ。(もしくは、そもそも悟られないようにもっと高度な追跡をするか、だ)
このまま、無視してもいいが……ずっと着いて来られるのも困ってしまう。
気持ちも悪いし、警戒し続けないといけないのも面倒だ。
「シンタさん、走るけど大丈夫か?」
「もちろんです。これでも体力には自信があります!」
「よし、それはいいな」
シンタの返事を聞いて、俺は一気に反転。少しばかり離れて俺たちを追跡していた黒いコートの男目掛けて、俺は駆け出した。
まさか自分の追跡がバレているとは思わなかったのか俺の行動に驚いた様子を見せつつ――自分が狙われていると理解したようで一気にかけ出した。「速いですね!」俺の隣を走っているシンタが男の走力を評した。彼が言うように、速い。追跡能力は二流だが、脚力は一流と言いたくなるほどだ。
角を右に左に、路地裏の入り組んだ地形をデタラメに進んで逃げる追跡者。角の曲がり方が上手い、速度をある程度維持してそのまま進んでいく。俺も負けじと速度を引き上げていくものの、どうにも追いつけない。
「アサヒさん、この道、俺は詳しいんでそのまま追いかけて貰っていいですか?」
「分かった!」
どうやら、シンタに考えがあるようだ。今は地の利を得ているであろうシンタに任せる。彼は脇道にそれて、どこかへと姿を消していく。多分、道に詳しいことを利用して先回りをしてくれるのだろう。
なら、俺ができるのは追跡者のリソースを限りなく俺に向けさせること。息を吸い込んで、速度を大きく引き上げていく。ちらちらと背後を確認する追跡者、徐々に距離を詰める俺に焦ったのか、動きが雑になってきた。
ガランとゴミ箱を倒して俺の進路を妨害しようとするが、俺はそれを飛び越える。探索者にとってはこの程度の障害物は障害物ではない。そろそろ息があがってきそうだが、追跡者も随分と体力がある。
やっぱりこの追跡者を寄越した相手は、追跡者よりもランナーを雇ったんじゃないか。思わずそう疑ってしまう。
さて、そろそろこの追いかけっこにも飽きてきた。そんな俺の気持ちを汲み取るように、宙から影が落ちる。まさか――「うぉー! つかまれーっ!」見事な着地を披露したシンタは追跡者の通り道を塞いで見せた。
「な!」
思わず、立ち止まる追跡者。俺は追跡者の肩を掴んで「捕まえた」と、告げた。
「ふ、不覚……!」
悔しそうに顔を歪めるのは、一見すると至って普通の中年男性だ。「何が目的だ?」何とか逃れようとする追跡者を抑えて、俺は問いただした。「六英重工業だろう! どうせ!」と、シンタが詰め寄った。
何でもかんでも六英重工業に繋げるのはどうかと思う――「な、なぜ分かった!?」どうやら、なんでもかんでも六英重工業に繋げて正解だったらしい。
「授業料を免除する代わりにお前たちの監視を頼まれたんだ」
「……そんな姑息なことをしてまで俺たちを見張るなんて――ますます怪しい!」
シンタが声を荒げた。
やっぱりこの追跡者は二流だな。口が軽すぎる。俺はため息を吐いてさらに質問を重ねた。「依頼主は?」「ネルさんだ」名前が挙がるのは六英重工業の社長秘書だ。
ああいう手合いが好みそうな手段だが、彼女ほどの遣り手がここまで露骨な手段を何の意図もなく取るとは思えない。
「やっぱり――ネルは危険な奴ですね!」
シンタは、そう思ってはいないようだけど。「目的は?」「そこまで説明はされてない。ただ、アサヒ……アンタの見張れって言われただけなんだ」男は首を横に振って全力のジェスチャーを見せる。
多分、彼の言葉は本当だ。ネルを買い被っているわけでなければ、この男性がここまで口が軽いのも織り込み済みだろう。だからこそ、必要以上の情報は与えられていない。
ただ、引っかかるのは――「俺、か」
そう、ネルが指定したのは俺なのだ。道場に関連した権謀術数ならば、対象はセキかシンタのどちらかになるはず。つまり、ネルの狙いは道場じゃない?
「アサヒさんまで狙うとは……いよいよもって許せなくなってきました」
「何か別の意図があるのかもしれないけどな」
「というと?」
「彼女の意図までは俺も分からない。まぁでも今から行くんだ。ネル本人に聞けばいい」
「素直に答えてくれるとは思えないませんが……」
拳を握りしめて、ぷるぷると震えるシンタ。
六英重工業関連になると空回るような印象はあるが、まぁそこは俺が上手く手綱を引くしかない。
捕まえた男はリリース。
もうこれ以上何も聞けないだろうし、連れて行く意味もない。
「変な邪魔は入ったけど、気を取り直して行くとするか」
「はい」
なんか変に疲れた気がするけど、気にしないようにしよう。
追跡者の男を無視して、二人で六英重工業の探索者教育施設を目指した。