あれから1週間と少し。
レナを仲間に加えた俺たちは、彼女のサポートによってより円滑な探索者業を行えるようになっていた。やっぱり、サポーターの有無は重要だった。
当たり前のことを、当たり前に実感する。
オマケに彼女はテック方面にも長けていた。
俺たちの事務所(元研究所)の閉鎖された区画を解放してくれた。結果として、今はゴロウさんと俺の事務所を行ったり来たりしてるミユに部屋を用意することもできた。(これでもう、騒音と素材の臭い、散らかりに困らなくて済む)
彼女が来たことの利点は、正直想像以上。
でもサナカはやっぱり納得がいっていない様子だった。レナのことを探るみたいに立ち振る舞うことが多い。一体、何を探ろうとしているんだか。
「ウチには慣れて来たか? レナさん」
「はい。働きやすくて助かっています。サナカさんは――まだ、心を開いてくれないみたいですが」
サナカが買い出しに行っているため、レナも本音を話してくれた。俺も困る、というかサナカならいつか本当のことにたどり着きそうだし――。「サナカもまだ子どもらしいところがあるみたいだな」Sランクなんてはやし立てられるが――ちょっと安心する。
――もうちょっと抑えて欲しいところだけどな。
そんな俺の気持ちが伝わったのか、レナはくすりと笑った。「まるで、保護者みたいですね」と、言われてしまった。
「……まぁ、師匠だから意味合いとしては似てるのかもな」
「そういえば、アサヒさんは何の師匠なのでしょうか」
「俺は……何の師匠なんだろう」
「あはは、人生の師匠なのかもしれませんね」
やっぱり、どうしてか彼女とは話しやすい。他の人と話す以上に、素直になれる気がした。
彼女の言葉にどうやって返事をしようかと悩んでいると――ガチャリと、事務所の出入り口が開いた。「師匠、依頼人さんです!」中に入ってくるサナカに続いて、女性が一人入ってきた。
悲壮感が漂ってる――というと、失礼だがそんな雰囲気の女性だ。
顔色も優れず、どこか悲しげかつ隠しきれない苛立ちを感じさせてくるような雰囲気だ。
依頼人の登場に、レナの行動は早かった。
立ち上がって出迎える準備を始める。そういった事務的なことも今はレナが担当している。
「それで、依頼というのは?」
「私はミナです。さっそく本題に入りますが――彼氏が行方不明なんです。探索者の彼氏なんですけど――」
「ということは、その彼氏さんの捜索が依頼でしょうか?」
「はい、お金はいくらでも支払います。なので……お願いします」
しっかりとした表情で、彼女は言った。その声色と表情から彼女の覚悟が伝わってくる。本当に、どんな手段を使ってでも見つけたいと言わんばかりだ。
「ギルドには?」
「伝えましたが、どうしてか相手にされず……中ギルドも関与しないと……」
「……」
恐らく、61階層の大規模攻略のせいだろう。そうでなければ説明がつかない。探索者ギルドも、中ギルドも今はそれにかかりきりだ。となれば、行方不明一人を探すことなんてしたくない。
それに、警察はダンジョンは不関与。
ミナさんが頼れるのは小規模なギルドか無所属の探索者に限られる。
「アサヒさんと “サナカさん” のお力を借りたいと思いまして」
「ええ、分かりました。引き受けさせて頂きます」
恐らく、ミナさんの目的はサナカだろう。
無所属でありながら、Sランク。しかも、他のSランクみたいに大仰な立ち振る舞いをするわけでもない。彼女が採れる選択肢としてはサナカに依頼を出すのが最適解だろう。
だから、俺は依頼を受けた。
純粋に彼女の力になりたいとも思ったからでもある。俺の返事を聞いて、彼女の表情はいくらか明るくなった。
「ありがとうございます。詳しい情報は別途、メールで送りますね……」
「はい、承知しました」
少し満足気に出て行く彼女を見送って、俺はため息を吐いた。「行方不明か」そんな俺に相づちを打つように、お茶を持って来たレナが「最近、増えているみたいですね……探索者の行方不明が」と、言った。
――初耳だ。
彼女が置いてくれた湯飲みに口をつけて、情報収集。
「本当だな。今月に入ってもう三件か」
「今回もそれに関係があるんですかね?」
「どうだろうな。いくらデジタル空間とはいえ、ダンジョンはまだまだ分かっていないことも多い……元々危険がつきまとう仕事ではあるからな」
なんて話をすれば、早速依頼の詳細が送られてきた。最後に彼氏が向かった先や、いつから行方不明なのかが事細かに記載されている。
「どうやらダンジョンだけじゃなく、東京の方にも足繁く通ってたみたいだな」
「それはつまり?」
サナカが期待で満たされた瞳を俺に向ける。「ああ、東京の方に行こう」「やったー!」両手を広げて喜ぶサナカ。
俺は目を細めてサナカを窘める。「あのな、遊びに行くわけじゃないんだぞ?」ぶんぶん、と首を縦に振るサナカ。「もちろんですよ! でも、師匠と東京に行くのって初めてなので!」なんて、無邪気に言ってくれる。
「今回はレナさんも来てくれるか?」
「もちろんです」
「……えー」
と、サナカのテンションが露骨に下がる。
せっかく師匠と久しぶりに邪魔者がいない状態で話せると思ったのに~と管まく始末。遂にレナを邪魔者呼ばわりか。「あのなぁサナカ、レナさんのサポート力は分かってるだろ?」と、それとなく注意しておく。
「分かってますけど~……なんか、師匠レナさんのことばっかり気にしてるように見えるんですもん!」
「……そ、それは、まぁ新人だからな」
「私とも大差ないですぅー!」
と、頬を膨らませるのを止めない。仕方ない、気乗りはしないけど「そうじゃないさ。サナカとは師匠と弟子っていう関係性がどれくらいあると思ってる?」なんて言っておこう。
俺がそう伝えれば、ふてくされたサナカの表情に輝きが戻っていった。
「そうですよね! レナさん聞きましたか? これが “一番” 弟子の特権って奴です」
「あはは……サナカさんはアサヒさんに信頼されているのですね」
「それはもうすっごく!」
やっぱりレナは大人だな。話がまとまったところで、早速東京へ行く準備を――プルルルルル!
電話が鳴り響く。
タイミングが悪い――誰からだって、アンさんか。余計にタイミングが悪いな。嫌々ながら、俺は立ち上がってサナカとレナから背を向ける。
「はい、アサヒです。アンさんどうしたんですか?」
「ようサポーターを雇ったんだって?」
「ええ、アンさんにしては情報が遅いですね。本題は何でしょうか?」
「はっはっは! 世間話から入ろうって思ったのに可愛くない奴だねェ。依頼だよ、依頼。旧友の息子が困ってるみたいなんだよ」
「今、他の依頼が入って――」
「あぁ? なんだって、アタシも歳だからなァ! 耳が遠くて叶わん。じゃあ、任せたよ。アタシを失望させないでくれ」
そう言って強引に切られてしまう電話。
残された俺はただ、呆然とするしかなかった。都合のいい時は高齢者ぶりやがって……アンの奴め。「アサヒさん、どうしたんですか?」レナが心配したように俺に話しかける。
「ああ、ちょっとアンさんから依頼がな……」
アンから送られてきた依頼の詳細を確認。
――場所は、東京か。
ミナさんの依頼、その目的地からも近い。凄い偶然もあったものだ。
なら、こうしよう。
「どっちの依頼も場所は東京だ。ミナさんの方をサナカとレナ。アンさんの依頼は俺がまず話を聞いてこようと思う」
「え、えー……」
「分かりました」
サナカがちょっと嫌そうに肩を落とした。レナには悪いけど、これを機にサナカとレナの関係を少しでもマシなものにしておきたい。
いつまでも不仲だと、本業に師匠を来しそうだし。
「よし、そうと決まれば向かおうか」
俺は手を叩いて、そう結論をつけた。
向かうは東京。
久しぶりの大きい依頼だ。腕が鳴る。