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第31話 気不味いPT

 空気が重かった。

 レナと名乗る彼女(俺はセレナだと思っているが)を、結局俺は採用した。俺の電撃採用にサナカは懐疑心を抱いている。まじまじと鋭い視線でレナを見つめていた。


「えーっと、私の顔に何か……?」


 困ったように、レナは首を傾げた。彼女の動きに合わせて、黒い髪が白波のようにさざめいた。

 俺たちの表情が随分と険しいものだったから、レナを困らせてしまったらしい。「お二人共、なんだか……私を見る表情が、その熱が入っているように思えて」と、さらに言葉まで付け加えて自身の困惑を表現する。


「なんだか、師匠の様子が変です。レナさんのこと、知ってるんじゃないですか?」


 ジーッと俺を見つめるサナカの目線が、嫌に刺さる。サナカはたまに驚くくらい鋭い。今日も彼女の勘は間違ってはいなかった。

 そりゃ知っているに決まっている。

 彼女は元々俺の仲間で……しかも、既に死んでいたはずなんだから!


 それが、今になってどうして。


「――私、その……記憶喪失なんです。もしかして、私のことを知っていたり?」


 目を輝かせて身を乗り出すレナ。俺は少し目をそらして首を横に振った。「いや、知り合いに似ているだけ、ですね」と、言葉を濁す。


 ――けど間違いない、彼女はセレナだ。

 でも、ここでそれを伝えるわけにはいかない。サナカに現役時代の俺を知られるわけにもいかないし――何より、伝えたところで何になるというんだろうか。


「……師匠、なーんか様子が変な気がするなぁ」


 隣に座ったサナカがグッと顔を近づけて俺を見た。

 うーん、と唸りながら天井を見上げる彼女。眉をひそめて、頬を膨らませる彼女の姿は拗ねた子犬みたいだった。俺は目をそらして「他人のそら似って奴、マジであると思ってなくてびっくりしたんだよ」なんて、程度の低い嘘を添えておこう。人って、本当に驚くといつものパフォーマンスを発揮できないものらしい。


 まだ半分くらい納得ができていない様子のサナカはジト目を継続して、視線を俺からレナへと移した。「そうですかー……むー」と、全身から納得していない感を出している。

 俺はこの空気を中和するためにも、そして自分の気持ちを落ち着かせるためにもレナに質問を試みた。


「サポーターを希望とのことですが、ご経験は?」

「あ、はい。探索者としてはそこそこ活動をしていましたが……サポーターの経験は薄く、正直お役に立てるかは分かりません」


 そこそこ、か。

 彼女の実力でそこそこなら、ほとんど探索者は全く活動していないことになってしまう。

 なんて、言うこともできるわけもなく。俺は頷いた。「そんな私でも良ければ、ぜひ採用して欲しいです」真剣な眼差しで俺を見据える。俺は首を縦に振った。


「ああ、もちろんだ」

「即決ですか、師匠!?」


 なんだか、今日のサナカはやけに反抗的な印象だった。

 確かに今のレナしか見ていないサナカにとっては、俺が即決で彼女の採用を決めるのは意外に映るのだろう。とはいえ、彼女の実力は俺が一番良く知っている。(もっとも、それは彼女の実力が昔のままである必要はあるが)


「ああ、レナさんはできる人――に、見える」

「し、師匠がそういうなら良いですけど――じっーっ!」

「えー、えっと、サナカさんはどうして私をそんなに見て?」

「なんだか怪しいなぁって思って」


 サナカがここまで嫌悪感を示すのは珍しい気もする。

 俺はそんなサナカを手で制しつつ「じゃあ、レナさんにはこれからサポーターとして俺たちの手伝いをして貰えればと思います」と、改めて挨拶をする。


「ほら、サナカも自己紹介をしてくれ」

「私はサナカ。師匠の “一番” 弟子です!」


 妙に一番を強調した自己紹介が行われた。胸を張って得意げに宣言するサナカ、それを見てレナはクスっと笑みを浮かべながら「あ、はい。私はレナです。Bランク冒険者で――冒険者としては3年目です」と、ぺこりと頭を下げる。

 3年か。

 丁度、俺の運命を別ったあの日と同じ年数だ。やっぱり、彼女は――。


「サナカさんの噂は聞いています。史上最速でSランク認定を受けた凄い人だと」

「運が良かっただけです、レナさんも3年目でBランク……一般的な探索者で考えると凄い速度ですよね。どうしてサポーターに転向を?」


 訝しんだ様子でサナカが問いかけた。

 彼女の疑問も最もだろう。

 3年でBランクというのは脅威的と言って差し支えのない速度だ。(まぁ元々がセレナなので、そりゃそうだけど)普通に考えれば将来的にAやひょっとするとSさえ望めるほどのポテンシャルを秘めている。


 エリートの(ように見える)彼女が、どうして探索者の最前線から離れて裏方のサポーターに回るのか。

 俺の中で、その疑問に答えるようにある記憶が蘇っていく。


「セレナ! 状況は!」

「12時の方向に敵!」


 リーダーのユウトの声を聞いて、セレナは的確に返事をする。俺は彼らの戦闘についていけないので、遮蔽物に隠れて様子を窺っていた。こういう時の俺の役割と言えば、専ら荷物持ちだ。


「ガンケン、後ろ。五秒後!」

「おう」


 セレナの指示はいつも的確だった。シンプルな実力だってユウトにもガンケンにも劣らない。その上で彼女はもう一つの役割も担っていた。それこそが――サポーターだ。

 彼女はフルダイブせずに戦い、同時に現実世界でサポーターの役割をこなす……多分唯一無二の人材だった。

 まるでゲームをプレイするように自身のアバターを動かして、Aランク相当の実力を持つ。彼女は俺たちのパーティーの要だった。


 そんな彼女の姿を思い出した。彼女は何をしても一流の万能な探索者なのだ。


「その、私を誰も雇ってくれないんです。運良く入れた場所でも、すぐに脱退させられたり……」

「なんというか……疫病神、扱いみたいな感じですか?」

「ええ、そうかもしれません」


 サナカの歯に衣着せない言葉を肯定するレナ。

 普通、Bランクの探索者がどこも所属できないなんてことはないはずだ。余程人格に問題があれば別だろうけど――レナはそういうタイプにも見えない。

 じゃあ、一体どうして?

 何か、別の理由が働いているような気がしてならなかった。それこそ、彼女の過去に関わるような。


「だから、サポーターなら雇ってくれる場所があるかもしれないと思ったんです」

「ちなみに、サポーターをしながら探索者を兼任できるとかは?」

「えっ、そんな高レベルなことを求められるんですか!?」

「師匠――中々、鬼ですね」


 どうやら、今のレナはセレナの神業を再現することはできないようだ。まぁ、それもそうか。「冗談さ、昔そういう伝説があったんだ。サポーターとして現実世界で活動しながら、同時にダンジョンでも活躍するような奴がいるってな」と、俺は言葉を取り繕った。


「えー! そんな人がいるんですか!?」

「あはは――少なくとも、私ではないですね」


 まぁ、その伝説が目の前にいると知ったら、サナカはどんな反応をするんだろうな。

 なんてことを想像しつつ、俺たちはレナをサポーターに迎え入れた。

 これで最低限の体制は整ったと言える。これからが探索者としての活動本番だ。頑張ろう!


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