「あ、あの……サナカさんのファンでした! さ、サインください!」
「わっ、ありがとう。サポーターとしてはどんなことができるの?」
「え? サポーター? 私はただサナカさんに会いたくて……」
「……」
久しぶりにサナカが面を食らっているところを見た。
あそこまで堂々と言い切られてしまってはむしろ清々しいな。「おかえりはあちらです」サインを貰って嬉しそうな女性を見送って、俺は事務所の扉を閉めた。
オーディションを始めて三十分。
結果は散々だ。――隠し芸を披露する奴、冷やかし目的、サナカのサインが欲しいだけ。今の所、まともな応募者がいない。
もしかして、これからもずっとこんな調子なんだろうか……。思わず、口からため息が漏れた。「――意外と少ないんですね、サポーターって」俺のため息につられて、サナカが零した。
「ああ、そうらしい。そんな話を聞いたことはないけど……少なくとも、俺たちの周辺だと、サポーターはいないようだ」
「そう気を落とさないでください、師匠! 次の人はきっと凄い人かもしれないじゃないですか!」
「ああ、そうだな」
正直、期待できないけど。
サナカが扉を開けて、次の応募者を簡易面接室へと誘い込む。
中に入ってくるのはスーツを着込んだ男性だ。皺もなく、しっかりとアイロンのかけられた紺色のスーツは、彼の自信を表していた。
少なくとも今までの(そしてこれから来るかもしれない)応募者たちと比べれば、至極まともそうな見た目。第一印象はOKというところだろうか。
「失礼します。本日はお時間をいただき誠にありがとうございます。私はこういうものでして」
着席せずに、俺たちの前に立ちはだかったかと思えば深い礼と共に名刺を俺に渡す男。その名刺に視線を移せば――「六英重工業、探索者部門営業」まさかの大企業の名前が見えて驚いた。
「申し訳ありませんが、私は名刺を持ち合わせていないので」
「もちろんお構いなく。それでは、失礼します」
と言って着席する男。
場慣れしている、というのが第一印象。
「六英重工業の社員がどうしてここに?」
「はい。本日お伺いしたのは、アサヒ様とサナカ様を弊社の専属探索者としてお招きしたいと考えているからです」
「……」
専属探索者――探索者の半分はこの立場を狙っている、ある意味でのゴールだ。所謂……プロと呼ぶようなものであり、個人事業主の探索者が巨大な資本に飲まれて首輪を着けられる不自由の象徴とも言える。
手厚い支援や福利厚生が受けられる一方で、当然ながら自由はある程度消えてしまう。それでも専属を目指す探索者が多いのは、自分で依頼を探す必要もなくなる上に――安定して今まで以上に稼げるからだ。
「それはまた急ですね」
「はい。これはあまり出回っていない情報なのですが――」
ゆっくりと、男が前のめになって声を潜めた。「近々、61階層以降の本格攻略が各中ギルド合同により行われるそうです」そして、中々に大きな情報が彼の口から話された。
ですが――、とクッションを置いて男は続ける。
「合同といっても、実際は戦果を競う形になるでしょう。専属の探索者はもちろん……無所属の探索者たちも名を上げようと躍起になるはずです」
「だから少しでも使えそうな探索者には声をかけているわけですね」
「はい、それもありますが――お二人は特別待遇です。Sランクであるサナカ様はもちろんのこと、アサヒ様も“経歴”を鑑みればそのお力を十分に奮って貰えるかと」
随分と含みのある“経歴”の言い方だった。俺は肩をすくめる。
流石は大企業。俺のことは調査済み――その上で、誘いに来ているらしい。「特別待遇でお迎えできればと考えております」「特別待遇?」思わず、俺は聞き返した。
待ってましたと言わんばかりに、鞄から資料を取り出して見せつけるように構えた。
「アサヒ様、サナカ様共に弊社の新しい顔役になっていただきたく――アサヒ様やサナカ様の収入を調査しましたが、弊社に専属していただければ3倍ほどにはなるかと」
「3倍か……」
実際にそうやって言われると、専属という言葉の重みが伝わってくる。オマケに専属ということはその収入が安定して入ってくるという。確かに魅力的だが、俺の心の天秤が専属契約に傾くことはなかった。
俺は今くらいの状況が丁度良い。あらゆる意味で。でも、サナカはどうか分からない。俺と連むより専属契約を得た方がずっといい……と思える。
「今決めていただくても結構です。あくまでも、お二方に新しい選択肢の提示のために参りましたので。資料は置いておきますね」
ぺこりと頭を下げて、立ち上がる男。
そのまま、失礼しました、と一言添えて面接室から出て行ってしまった。
ああいう仕草のひとつを見ても、大企業の自負というかプライドが見えてくる。
「専属か……俺はやらないと思うけどサナカはどうなんだ?」
「私も師匠と同じです! やっぱり探索者の良い所は自由なところだと思っているので!」
「だよな。せっかくまともな相手かと期待したんだけど――」
営業だとは思わなかった。
気を取り直して他の応募者たちの面接を再開。隠し芸、隠し芸、素人、オタク、隠し芸、人格に難あり、勤務条件が厳しい、パートetc.
「ま、まともな人が……いない!」
最後の応募者を送り出して、俺はうなだれた。
サポーターはこんなにも人手不足なのだろうか。それとも、俺のチラシが悪いのだろうか。何にせよ、数十人全員が全員採用したいと思えないのは計算外。最初はあれほど多いと思っていた応募者だが、蓋を開けてみれば何とも寂しい結果になった。
「まだアンさんのお世話になりそうですかね……?」
「いやぁ、それはあんまりだけど……」
俺はため息を吐いて応じた。
用意した机に突っ伏して、可能な限り脱力する。何というか、本当に“徒労感”が凄い。
まぁ、ダメだったものは仕方ない。「よし、片付けるか」そうサナカに言って、立ち上がったところで――。
コンコンコン。
と、扉がノックされた。
「ん?」
「あ、あのー、申し訳ありません。困っているお婆さんを助けていたら、遅刻してしまったのですが……まだ大丈夫でしょうか?」
俺とサナカは顔を見合わせた。
最後の希望である。俺はイスに座って姿勢を正して、服装を整えた。
「もちろんですよーっ!」
サナカが応じて、扉を開ける。
「ありがとうございます。失礼します」
「はい、今日はよろ――」
そこまで言って、俺の言葉が途絶えてしまう。
中に入ってきた女性は――俺の知っている人物だった。
長く黒い髪に、同じくらい真っ黒なレインコート、もはや黒を超えて暗黒というべき傘を携えた彼女は――セレナ。
俺が見紛うわけもない。
「せ、セレナさん?」
俺は思わず立ち上がった。
しかし、俺の顔を見るセレナの表情はイマイチ……パッとしない。まるで、俺を知っていないような、初めて会うような表情。
「セレナ、えーっと、私は――レナです。惜しかったですね」
なんて、苦笑いでそう返事をする彼女に、俺はただただ呆然とするしかなかった。