事務所の空気は、少し悪かった。
それは目の前に座るアンの機嫌が、あまりよくないことが関係している。
彼女に与えられたミッション――極楽結社の調査。それ自体は成功といっていい。
しかし、彼女が報告した場所へ行った頃にはもう――アトモスの開拓卿が、その場を仕切っていたそうだ。
結果として、極楽結社の処遇はアトモスに任されることとなり――この件を追っていたアンとしては思うような成果を得ることはできなかった。
それに関しては俺たちに関係のないこと……事務所に来て、不機嫌な様子を見せつけられても困ってしまうのだが……。
「アンさん、お気持ちは分かりますが……アトモスの開拓卿が出てきてしまったなら、仕方が無いことだと思いますよ」
「あの偏屈野郎がわざわざ出てくるんだ。怪しいと思わねぇか? アサヒ」
舌打ちと共に、アンは目を細めた。彼女の言いたいことも理解できる。
アトモスの解答を聞いても、イマイチ納得できない部分もあった。何かしら、別の意図が彼にはあるのではないか――そう勘ぐりたくなってしまう。
「アトモスの開拓卿……私は前回が初対面でしたが、師匠とアンさんは知っているんですね」
首を傾げて、サナカが会話に割入った。俺もアンも頷いて彼女の疑問に答える。「まぁ、俺は探索者を失効する前にちょっとな」あまり良い思い出ではないが、アトモスとは知らぬ仲ではない。
アンもアトモスと浅からぬ因縁があるみたいだが――まぁ、彼女が話したがらないことを聞く意味がない。
虎児のいない虎穴に入り込む必要はない。
「アタシもちょいとな。それはともかく……ユウリたちはどうなったんだ?」
「ああ、チヒロはギルドで事情聴取らしいですよ。まぁ、電脳率の規定に違反こそすれど、彼女も極楽結社の被害者……そう悪いことにはならないと思いますけど」
「チヒロちゃんとの関係修復には、まだ時間はかかりそうだけど――ユウリちゃんも喜んでたし、きっと大丈夫だと思います!」
サナカの補足を聞いて、アンは頷いた。「そうかい、そりゃ良かったよ」なんて、本当に思っているのかも怪しい言葉を言う。
「極楽結社――消化不良感が否めねぇんだよな。アタシの方でも調査しておくよ。ひとまず、今回の仕事はこれで終了だ」
「分かりました。アンさんもお疲れ様です」
腰を上げて、事務所から出て行くアンを見送る俺とサナカ。はぁ、何とかなった。俺はホッと一息を吐く。アンとは長い付き合いだが、彼女の雰囲気には未だに慣れないところがある。
とはいえ、これでひとまずは終了。
得物も帰って来たことだ、これで本格的に探索者業を始められるというものだl。
さしあたって――最初に手をつけるべきなのは。
「サポーターを探さないといけないな」
「確かに、いつまでもアンさんに協力して貰うわけにも行きませんよね」
探索者は探索者だけで完結するわけではない。
むしろ、探索者がその力を100%発揮するためにはサポーターの存在は必要不可欠だ。有名なチームやスポンサーがついている探索者になればサポーターを見繕うことはそう難しいことではない。
しかし、俺たちみたいな無名の……とりわけ、小規模なグループとなればサポーターを見つけることも自力でやる必要がある。
「知り合いに協力してくれそうなサポーターはいないのか?」
「あー、私は……一人でやっていたので!」
「……」
サポーターなしで探索者をしているのか。
流石はSランク。
探索者の一般常識に当てはめた俺が馬鹿だった。「じゃあ募集するしかありませんね!」ポン、と手を叩いてサナカが言った。
サナカの言う通り――募集するしかない。
幸いにも、俺たちは小規模かつ無名ではあるものの、話題性には事欠かない。そのうえ、Sランクのサナカがいるとなれば、野心や向上心豊かなサポーターたちが押し寄せてくるのは目に見えている。
「やるしかないか――オーディションを」
「おぉー! 楽しそうですね! 師匠!」
「……それは、どうだろうな」
正直人を集めてどうこうっていうのは面倒だ。
だけど、辺獄でサポーターをしたいなんていうような物好きは少ないだろうし、今更素人同然のサポーターを雇いたくはない。
どうせなら、有能なサポーターがいい。そう思うのは当然だろう。
そうと決まれば――告知を用意しよう。こういうところで、昔作ったクソ広告のスキルが役に立つ。
「俺は準備をするから、サナカは自由に過ごしててくれ」
「分かりました、師匠!」
軽やかな足取りで事務所から出て行くサナカ「ちょっと見に行きたいものがあるので、失礼しますね!」なんて、礼儀の正しさも見せる。
本当に、どうしてサナカのようないい奴が俺にああまで心酔するのか――不思議なものだ。さて、早く取り掛かろう。
数日以内にはオーディションを行いたいしな。
◆
数日後――作った広告をネットやら何やらにばら撒いて人を募った結果。
「し、師匠――100人近く来てませんか?」
「事務所の扉開けたくなくなってきたな……」
扉の先から、ちらりと外を見れば100人近くの応募者が集まっていた。
正直……舐めてた。
こんなにサポーターというものは、この世界に溢れかえっているのか。
集めたのは俺自身。
いまさらどうすることもできない。開催時刻になったことだし、腹を括るしかないみたいだ。
覚悟を決めて、俺は事務所の扉を押し開ける。
さぁ、オーディションの開始と行こうじゃないか。