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第28話 アトモスの開拓卿

 何度も何度も、鋭い音が重なった。

 普通――惑いの森で聞くことなどないような、激しい激しい音が続く。

 片や新進気鋭のSランク探索者――片や正体不明の黒い仮面を身に着けた男。

 サナカにとって、久方ぶりの強敵だった。彼女の全力にも近しい鎌捌きに追いつくどころか――押される場面すらもある。


「新狼サナカ――この程度か?」


 剣で鎌を受け止めたかと思えば、刀身を弾いて下に逃がす。踏み込みと共に足で鎌を踏んづけて、剣を振り上げる。「おっと」それを紙一重で回避して位置を調整するサナカ。

 スペック勝負ならサナカに軍配があがる。

 しかし、その有利を黒仮面は技量で覆していた。戦闘の経験値と巧さが新人故の浅さを持つサナカをいくらか上回っている。そして、ほぼ拮抗している両者にとって、この差は――致命的だった。


「挑発してくれるねっ」


 鎌を引いて、強引に引き戻しつつサナカは思考を巡らせた。極楽結社にこんな伏兵がいるとは思わなかった。

 ユウリちゃんは大丈夫かな?

 チヒロちゃんは……。

 様々な雑念が入り乱れる。かぶりを振って、サナカは雑念を排除。師匠に助けを求めた、それだけで十分。あとは師匠が全てどうにかしてくれるはずなのだ。

 だから、サナカは自分がするべきことに注力する。


 この場で黒仮面と戦えるのは師匠と自分くらい。しかし、チヒロを傷つけずにどうにかできるのは師匠だけ。だから、彼女が黒仮面を引き受けるしかない。


「君、極楽結社の関係者じゃないでしょ」

「……ほう?」


 両足に力を込めながら、サナカは問いかけた。

 興味深そうに黒仮面は首を傾げる。剣の切っ先は、しっかりとサナカに向けられたまま「どうしてそう思った」相も変わらず、男とも女ともつかない不気味な声でそう話した。

 だって、そう前置きを置いて――サナカは射出。両足に込めた力を一気に解放して、瞬きの間に最高速度に到達した。


「だって、君があの人の下につくような人だとは思えないもん」


 側面を取ったサナカは、その言葉と共に鎌を薙ぐ。

 剣の刀身で受け止めようとした瞬間――鎌が、すり抜けた。「!」そのまま、男の身体を貫通する鎌、同時に男が防いだ方向とは反対方向から衝撃が走る。

 凄まじい衝撃と共に――そのまま地面に叩きつけられる男。


「スキルか――!」

「大正解」


 致命的な差があるなら、それを埋めれば良い。

 鎌を押しつけて、マウントポジションを維持するサナカ。彼女のスキルは、自らの見かけを誤魔化すスキル。それによって、鎌の振り方を丁度反対に見せた。

 落ち着いてみれば、このレベルの相手は見抜くことだってできる。ただ、戦闘中であり初見の今――こうして見事に引っかかったわけである。


「さて、降参するなら今だよ」

「勝ち誇るには――少しばかり、早いな」


 剣に黒い炎が灯る。それに、嫌な圧力を感じたサナカは拘束を解除して少しばかり距離を取った。

 自分がスキルで小細工ができるなら、相手だって条件は同じ。

 スキルだけじゃなくアーティファクトによる特殊な攻撃もある。そう、例えば短剣との立ち位置の入れ替えなどである。


「さて――ここから本番……ではないようだ」

「へ?」


 ゆっくりと立ち上がって、黒炎の灯る剣を揺らめかせたところで――仮面はそう言った。「決着がついた」簡潔にそれだけを言う仮面。

 主語がハッキリしないものの、何の決着がついたのか――サナカは即座に理解した。


「決着はいつかつける」

「望むところだよ!」


 霧の中に消えて行く仮面を見送る。

 逃がさないという選択肢はない――彼ほどの実力者、どうせ追いかけても逃げられるというある種の諦めでもあった。

 それに、今は彼に時間をかけるよりも師匠の元に帰るのが優先事項。サナカはアサヒたちがいる座標目掛けて、駆け出した。


 ◆


「ぐ、クソ!」

「全く、手間のかかる “元” クライアントですこと」


 捕縛されたススキダを見下ろしてアスミが呆れたようにそういった。魔労社はしっかりと自分たちの役目を果たしてくれた。ユウリを守りながら、ススキダを(ほとんど無傷の状態で)捕らえる。

 ちょっと抜けたところこそあれど、魔労社は優秀な組織であることが分かった。「ありがとう、助かったよ」俺は魔労社をねぎらう。


「おーっほっほっほ。当然ですわ。私たちは魔労社ですもの!」

「その得物、まさかお前――」


 ナルカが俺を見上げて眼を細めた。どうやら、彼女は俺のことを知っているらしい。俺は肩をすくめて「さぁ、何のことだろうな」と、煙に巻く。

 現役時代の俺について、どうこう言うつもりも言わせるつもりもない。


「そんなことよりも――あの二人は放置で良いんです? 彼女、また暴れるかもしれませんことよ?」


 アスミが目線で、ユウリとチヒロを示した。アスミが言いたいのは、またチヒロが暴れ出す可能性だろうが――まぁ、多分そんなことはないと思えた。「あの二人のことはそっとしておこう」

 と、だけ伝えて俺はススキダに目線を移した。


「もうログアウトもするなよ。アンさんには連絡してるからな」

「バンデット・アンか……懐かしい名前だな」


 ススキダが舌打ちと共に現役時代のアンの名前を出した。「その名前、アンさんの前では言うなよ」親切心100%の忠告をしておく。彼女は自分の過去を嫌っている。まぁ、辺獄においては、彼女に限った話じゃないけど。

 俺なら、バンデット・アンについては言及しない。長生きしたいからな。


「まぁ、辺獄を荒らしたんだ。こっぴどく絞られるだろうさ」

「辺獄を荒らした――だと? 今回のゴロウが初めてだぞ?」

「……そういう言い訳はアンさんとか黒士に言ってくれ」

「待て、そうだ――! 私と取引をしよう。極楽結社には実――」


 そこまで言ったところでススキダの姿が消失。

 ――強制ログアウト。

 でも、この雰囲気はススキダが望んだというよりも――他の要因としか思えなかった。極楽結社の手引きだろうか……諦めが悪いというか、何というか。


「おや……貴方は、アサヒさんでしょうか?」


 柔和な声が霧の中から生じた。

 かつん、かつん。

 確かな杖の音が、嫌に響く。「まだ誰か来るのかよ」チッ、という舌打ちを放つナルカ。俺も同じ気持ちだ。しかも相手は俺をご指名ときた。


 聞き覚えのある声。もし、俺の予測が正しければ――限りなく出会いたくない相手であることは確かだった。


「まさか、アサヒさんに先を越されるとは。少し驚きですね」

「――アンタは、アトモスの開拓卿か」


 煌びやかなローブを羽織った大男が、俺たちの前に現れた。「か、開拓卿ですって!?」驚いたようにアスミが声を荒げた。

 彼女の反応も無理はない。

 この男は正真正銘のSランク。しかも、サナカみたいな新人ではなく――Sランクの中でも古株。


 いくつものモノアイが光り、ぎょろぎょろと辺りを見回す不気味なフルフェイスの兜が目につく。

 ――開拓卿。

 くせ者揃いのSランクの中で、彼は最も探索者らしい探索者とも言われることがある。常に最深部を目指し、ダンジョンを開拓し続けるその姿勢に畏敬の念を込めてつけられた異名だ。


 シンプルな火力や実力では他のSランクに劣ると言われることもあるが――アーティファクトの蒐集量は桁違い。そうした手数と手札の多さからなる対応力は……Sランクでも頭一つ抜けていると言われている。


「私とアサヒさんの仲ではありませんか。本名のキョウヤで呼んで頂いても構いませんが」

「恐れ多いな、アトモスさんをそう呼ぶなんて」

「ちょ、ちょっとアサヒ――サナカの師匠だったり、開拓卿の知り合いだったり、あなた一体何者なんですの?」


 なんて、状況を飲み込めていないだろうアスミが俺に耳打ちをする。「現役を引退した探索者だ」と、いつもの返事をしておく。それに、今は確認をしなければならないことがある。

 ――それはもちろん、どうしてSランクの開拓卿が惑いの森なんていう低階層に現れたのか、だ。

 普通はこんな場所に足を踏み入れない。(まぁ、同じSランクのサナカが既にいるというのは、ちょっと例外として)


「それで、どうしてここに?」

「極楽結社です。ギルドも彼らの蛮行を見過ごせないようだったので、丁度――立ち寄った私が依頼を受けたのですよ。ですが、もう片付いてしまったようですね」

「意外と細々とした仕事もするんだな」

「極楽結社の重要性、貴方も分かるでしょう?」


 電脳率のことをアトモスは言いたいのだろう。

 確かに、あの技術は正直規格外だ。あの技術が流通すれば、探索者ギルドにとっては全く好ましくない。

 ギルドが信頼するSランクを派遣するのも――まぁ、納得できるか。


「今回の戦果はアサヒさんの物です。我々は面倒な後処理を担当しましょう」

「後処理だって?」

「はい、そうです。現実世界にある極楽結社本部にも、既に私の部下たちが到着している頃合いでしょう。ああ、もちろんこの先の拠点は制圧済みです」

「……」


 さらりと告げる。

 俺たちにとっては骨が折れるようなことでも、Sランクの手にかかれば大したことではないのだ。「さて」前置きをして、アトモスはチヒロの方へと目線を向ける。


「彼女も私が身柄を預かりましょう」

「――なんだって?」

「当然でしょう。重要な証人です。彼女も極楽結社に協力していたのですから」


 そりゃそうだ。アトモスは何一つ間違ってはいない。

 けれど――妙に引っかかる。

 これは俺個人の勘みたいなものだった。だから、明確な根拠がある訳ではない。


「彼女は俺がギルドに連れて行く。それでいいだろ? アトモスさん」

「――ふむ、それは少し困りますが」


 嫌な圧力がアトモスから放たれた。

 俺は思わず後退りしてしまいそうになる。圧倒的強者が放つ特有の圧が、俺の身体にグッとのしかかった。「――師匠!」そんな圧力を吹き飛ばすように、木々の間からサナカが姿を見せる。「ほう」アトモスの声色が変わったことを、俺は聞き逃さなかった。


「どうする? アトモスさん。俺が信用ならないのは少し分かるけど、まさか同じSランクのサナカまで信用できないとは言わないよな?」

「ふむ――そうですね。アサヒさんが信頼できないわけではありません。その上、サナカさんまでいらっしゃるとあれば……ええ、安心ですね」


 ゆっくりと丁寧に頭を下げるアトモス。「それではお邪魔してしまいました。私は現実世界に戻り、件の首魁と“お話”をしてきますので」そのまま、光の粒子となったかと思えば――姿が胡散。

 転移か……事もなげにしてくれるもんだ。


「ふぅ――ナイスタイミングだ、サナカ」

「えへへ、ありがとうございます! あれ、魔労社はどこに行ったんですか?」

「どこってすぐ近くに――いない」


 どうやら、騒ぎに乗じて姿を消したようだった。多分、アトモスと俺たちのゴタゴタに巻き込まれたくなかったんだろう。今回の目的は魔労社ではないにしよ、彼女たちはグレーな組織。慎重に立ち回るというのは当然だと思う。

 強かというか……ちゃかりしてるというか。まぁ、彼女たちの行方はそこまで気にするものでもないか。


「色々とやることはあるけど――ひとまず、休憩するか」


 そうまとめて、俺たちはギルド支部を目指して惑いの森を抜けていった。様々な出来事があったけど……一件落着となったらしい。


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