目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第27話 決着

 ススキダのまっさらな頭頂には、青筋が浮かび上がっていた。


「全く、人生は上手く行かないものだな。出力を上げろ!」


 恐らく、現実世界にいるサポーターに指示を出した。「電脳率――80%!」なるほど、以前自分が行っていた通り、命をかけるなんて安いリスクと言わんばかりだ。

 ああいうタイプは、人にリスクを押しつける割に自分では背負わないのが通説だけど――自分でもリスクを背負うのは少し好感が持てる。「任せていいんだな?」再度、俺は魔労社に確認。


 魔労社の社長であるアスミが、金の髪をさらりとかき上げて頷いた。


「当然ですわ。確かに、傷つけないというオーダーは面倒ですけれど」

「信じてるぞ」

「ええ、信じてくださいまし」


 今は彼女の言葉を信じるしかない。ひとまず、ススキダの相手は魔労社に一任する。俺は――チヒロに集中するとしよう。「元々私一人でも勝てたっての」どうやら、チヒロはススキダの判断がお気に召さなかったようだ。

 槍の穂先を俺に向けた彼女は――加速。

 今日、何度目かも分からない接近を行った。槍を横に広げ、風を斬ると共に構える。合わせて、俺は剣を構えた。


 彼女の攻撃をいなすこと自体は比較的簡単だ。


 間合いに入ろうとする彼女に合わせて、俺は剣を先んじて振る。彼女の移動速度を踏まえての先読みだった。


「ふっ」


 しかし、彼女の嫌な笑みが見えた。その理由はすぐに理解できた。

 チヒロの速度が、また僅かに上昇。

 速度の変化に合わせることができず――俺の読みは狂う。それによって、懐に入り込んだチヒロの槍が剣を弾いた。


 ――不味い


 そう思った時にはもう間に合わなかった。

 彼女の膝が俺の腹を撃ち抜いた。「ぐっ!」鈍い痛みが、腹部から広がっていく。

 しかも、彼女は俺の肩を掴んで衝撃を逃がさないようにしつつ、ノックバックを封じて動きを固定。そのまま片手で握った槍を勢いよく振り下ろした。なんとか、腕を挟み込んで槍をガード。


「攻撃するつもりがないならジリ貧だ。それくらいおっさんも分かってるだろ?」

「違いない――な!」


 剣で足を払うように薙いで、チヒロに防がせる。動いた彼女に合わせて、俺は後退して彼女から距離を取ろうとするものの――「逃がすか!」そのまま、槍が俺の右足をくり抜いた。

 鋭い痛みが足に走る。「っ」思わず、動きが止まった。


「やはり、所詮はDランクだな!」


 俺が上手く攻撃できないのを良いことに、チヒロは意気揚々とした様子でそう話す。正直、どうして俺がここまで苦戦を強いられているのか……理解に苦しい。俺がその気になれば、いくらでも勝てる相手だというのに。

 けれど――ユウリの姿を見ていると、どうしても過去の自分がチラついてしまった。

 元のPTでのけ者にされ、排除される。俺と同じ経験といっても過言ではない。そんなユウリの姿を見ていると、過去の思いが色々と蘇ってきてしまう。


 苛立ち、屈辱、無力感。


 もう味わいたくないと思ったそんな思いが……ありありと浮かび上がってくる。


「このまま、黙って消え失せろ!」


 踏み込みと同時に放たれるのはチヒロの肘打ち。しっかりと打ち抜かれた俺の身体は、悲鳴を上げて吹き飛んでいく。槍によって串刺しにされた足は吹き飛ぶと同時に裂かれ、鮮やかな血をまき散らす。

 俺の電脳率は現在35%ほど。

 それでも――この痛みだ。

 80%を超えるチヒロやススキダのフィードバックはどれほどのものなのだろう。正直、もう諦めて反撃をしたい。


 ……でも。


「諦めるわけには、いかないよな」


 俺は言葉を漏らす。

 サナカの信頼を裏切るわけにもいかない。ユウリとの約束を反故にするわけにはいかない、ゴロウとミユの作業を無駄にもできない。それに、魔労社だって俺に力を貸してくれている。

 ここで俺が諦めるなんて、最初から許されないんだ。それに……諦めてしまったのなら、俺はあの時から何も変わってはいない。その上で、ユウリにも悲しい別れを味合わせてしまうのだ。


「何をぶつぶつ……! もう――私の勝ちだっ!」


 目の前まで迫ったチヒロが拳を構えて、大きく振りかぶった。俺は顔を狙う拳に抗わず、殴り飛ばされる。拳の一撃で勝負が決まるほど逼迫はしていない。ただ――嫌に響いた。吹き飛び、揺れる視界。

 俺はなんとか、地面に手をついて姿勢を崩さないようにバランスを取る。


「ふぅ……そんなもんか?」


 息を吐いて、俺はチヒロを見据えた。俺は気合いを入れなおす。地面を蹴り、チヒロへと迫る。攻撃はできない。それがどうした、攻撃ができないならできないなりにやり方がある。

 踏み込む俺「調子を取り戻しただけで、勝つつもりか?」なんて、チヒロの厳しい言葉が俺を刺し穿つ。でも、気にはしない。狙うのは、チヒロに先振りさせること。


 近づいた俺に対して、舌打ちするチヒロ。そのまま蹴り上げた彼女の攻撃を避けて――その隙を縫うように足の可動域を抑える。こうやって抑えに回って攻撃のできない隙を埋めようという考えだ。

 しかし、それでもチヒロは諦めず身体を捻って暴れて強引に離脱。逃がすまいと、俺が距離を詰めて、もう一度同じ抑えを狙うが。グッと、チヒロが迫る。


 ――不味い!


 ピタリと動きを止める俺。チヒロは俺がむやみに手出しができないことを知って、自分の身体を賭けに使ったのだ。鋭い勝負勘、チヒロも戦いの中で俺への対応が着実に上手くなっている。

 チヒロのカウンターが俺の身体に刺さった。「馬鹿が!」衝撃が身体に走る。ぐらりと視界が揺らぐ。

 やはり、俺じゃダメなのか。


 そのまま、槍をぐるりと回して追撃を狙うチヒロ。これを諸に喰らったら不味い――だが、避けるのが難しい。


「はぁ!」


 諦めてしまいそうになった瞬間に、チヒロの槍にユウリの盾がぶつかった。「なっ!」驚くチヒロ。「先生!」ユウリの言葉が、俺を鼓舞した。


「完璧だ、ユウリさん!」


 彼女の素晴らしいアシストが光り、俺は思わず言葉を漏らす。

そんな良いタイミングで、脳内に言葉が響く――「アサヒ!」ゴロウだ。言葉の意図をすぐに理解した俺は、剣を手放した。瞬間、右手に光が集まる。


この異変を重く取ったチヒロは、一度バックステップ。様子を窺うように目を細めた。


「あんな無茶な使い方をするお前と馬鹿弟子に使われる武器が可哀想だ。無茶をするなら、テメェの武器を使いやがれ」

「――もちろんだ、ありがとう」


 輝きが最高潮となれば――転送されたそれは形を成した。

 チヒロの攻撃を防ぐ。

 突然の異変に警戒したのか、彼女はそのまま槍を引き抜いて俺から距離を取った。そういった慎重さは、探索者に求められるものだが――今回はダメな方向に働いている。


「勝ち筋は、あの間合いを維持して俺をどうにか殴り続けることだったな」

「――どうせ、私に攻撃できないんでしょ。強がって、やせ我慢だってバレてるけど」

「いや、状況が変わった」


 片手で得物を振り上げて、肩に担ぐ。「大槌――おっさんらしい、地味な武器だけど、それを持ったから状況が変わるって?」俺の得物を見て、チヒロは吐き捨てるようにそう言った。

 その通り。

 この武器を持ったから状況が変わる。それは、この武器が持つ特異性が故だが――そんなこと、チヒロが知るわけもない。


 好都合だ。

 俺は大槌の柄を握り絞める。「いくぞ “貧すれば鈍する” !」得物の名前を久しぶりに呼んで、俺は駆け出した。

 もう守りに回る必要はない。ここからは攻めのターンだ。


「何度来ても、同じだって!」

「まぁ、そう焦るなって」


 槍を構えて、俺に向かって振り上げる。回避は容易だが “あえて” 大槌の表面で弾く。そのまま、槍をぐるりと回しての二撃目。これも、あえて大槌の面で受けてそらす。これで、2回。

 あと――3回!

 そのまま、間合いには踏み込まずにチヒロに槍を振らせる。そして、槌の面で防ぐ――を繰り返す。「何がしたい――っ!?」丁度、続けて3回目。しびれを切らしたチヒロだったが、異変に気がついた。


「急に槍が――重くなった!?」

「今じゃ、企業が作った武器・防具・道具にもアーティファクトって名前がついてるけど、そもそもアーティファクトっていうのはダンジョン内部で発見された特殊な物品を指す言葉だ」

「……は、何なの急に」

「俺の“貧すれば鈍する”は、生命・無機物問わず表面で接触した対象に“貧”を1つ付与する。そして、その貧が5つ集まれば――“鈍”に変わる」


 そこまで説明する義理はないが、鈍が1つにつき対象の重量は倍になる。

 俺はゆっくりと間合いを詰める。

 この得物を使った勝機は簡単だ――面での接触に威力は問われない。それはつまり、ダメージをほとんど与えずに、チヒロの重量を増すことができるということ。


 俺の得物は、対象の生け捕りに適している。

 思い返せば、現役時代もそうした用途でPTの役に立っていたことが多い。

 ともかく、俺にとって今のチヒロはまな板の鯉に等しかった。


 重くなった槍を振るには遅い、だから俺の接近に合わせて後退した彼女は槍を手放す。素手になったわけだが――それは自分から不利な状態になっているに等しかった。

 本来のBランクであれば、たかだか“鈍”の一つ程度で武器を捨てることはない。そういった意味でもチヒロが未熟であることは明白だった。

 間合いに入った俺は、そのままチヒロの隙を突いて面とチヒロの身体を接触させる。この武器の厄介な点として“掠っても接触さえすればいい”という性質がある。これによって、どんな些細な接触でも5回すれば、その効力を発揮する。


「うっ――!」


 まずは、1つ目の鈍。

 身体の動きが鈍くなる。こうなれば、あとは消化試合である。「こんなおっさんに――私が!」状況を覆すことができないという事実を悟ったのか、苦し紛れの悪態を吐くしかチヒロはできなかった。


 俺はその後、鈍を4つ付与して――チヒロの身動きを完全に封じる。


「悪いな、現役時代はこれでもAランクだ」

「――最後まで、詐欺師か」


 これは事実だが、チヒロは信じられなかったらしい。まぁ、そりゃそうか。

 Aランクの探索者が、Dランクになっているなんて普通はあり得ないし。実際、実力そのものがAかと聞かれたら、そうじゃないと答えるだろう。

 まぁ、これで片付いた――か。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?