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第21話 事件

「ミユちゃんが事務所に来て1週間かぁ、今日もゴロウさんのところに行ったんですか? 師匠」

「ああ、そうみたいだな。毎日毎日飽きもせずよくやってると思うよ」

「朝に行って、ダメ出しを喰らって一日ずーっと改良に費やして翌日また店に行く――ちょっと形は変わってるけど、もう弟子と師匠みたいですもんね!」

「言われてみれば、確かに」


 ゴロウも門前払いをせずに、ミユに付き合っているっていうのが意外というか――まぁ、そういう形の師弟があってもいいかっていう感じだな。

 俺としては事務所を早く空けて欲しいので、ゴロウには素直になって欲しいところだけど。


「せ、先生! お久しぶりです、長い準備を終えて、引っ越し準備を整えてきました!」

「……は?」


 玄関の扉を開けて、ユウリがずかずかと中へ入り込んできた。聞き捨てならない言葉も添えてだ。「引っ越しって、どこに?」「どこって……この事務所ですけど」「……」

 俺はぎろりとサナカを睨んだ。

 サナカは俺に怒られると思ったからか、すっとソファの物陰に隠れた。反応がエサを隠れて食べたのがバレた犬みたいなんだよな……。というか、一応怒られるという自覚はあるのか。


「困ってる人には手を差し伸べる、師匠の教えの一つですから!」

「……」


 そんな教えを彼女に説いた覚えはない。ただ、ここで否定してやぶ蛇を突くのは嫌だしな……俺は咳払いをして話題を変更。「もう既に二人宿泊者がいるんだけど」と、認めたくない現実を挙げて、遠回しかつ丁重にお断りを申し出るが……。


「そ、そうなんですか……良い人だと、嬉しいです。ここ、一人で寝泊まりするには怖いと思っていたので……」

「ミユちゃんは元気で良い人だよっ! 安心してね! しちゃおうよ! 女子会!」


 まるで意味がなかった。むしろ、喜ぶ始末だ。サナカ、ユウリ、ミユの女子会なんて想像したくもないし、絶対に開催して欲しくない。万が一、俺もお呼ばれした際が最悪だ。


「……いよいよ手狭になってきたな。近いうちに、この施設の防護壁にアクセスできるようなハッカーを探さないとな」


 と、俺が結論づけて話題を終了させた。この話題も、俺的には大事件だが……今日はもっと話すべき議題があった。「さてと、じゃあサナカもユウリもソファに座ってくれ」二人を事務所のソファに案内する。

 先んじて座り込んだ俺の隣にサナカが、向かい側にユウリが座るいつもの構図。


「さて、俺から色々と話すことはあるけど……ユウリの方はどうだ?」

「そう、ですね。あれからチーちゃんの行方を捜したんですけれど……やっぱり、見つからなくて。探索者としても活動をしていないみたいなのが気になってしまいます」


 相変わらず、チヒロの行方は分からないみたいだった。ユウリとの試合以降、彼女の行方どころか、彼女に関連する話さえ聞かない。まるで、チヒロという人間が最初から存在していないようだった。


「やっぱり、極楽結社を見つけないと……」


 相変わらず、紙袋を被ったユウリの表情は分からない。けれど、優れていないのは確かだった。「私は……それくらいで、手がかりのようなものは何も……」すみません、と添えて、ユウリは頭を下げた。

 サナカが彼女のフォローを行いつつ、視線を俺に移して「師匠はどうでしたか?」と話題をパス。

 それに合わせて、俺は用意していた書類をテーブルの上に置いた。


「これは?」

「俺たちを襲った魔労社に関して、調べてみた」

「え、先生たち襲われたんですか!?」

「うん、でも安心してね。師匠と私で追い払ったから!」


 まぁ魔労社を追っ払ったのは8割方サナカの手柄だけど……。まぁいいか。「ともかく」俺は逸れた話題の綱を握る。この魔労社を調べて分かったことはいくつかある。と前置きをして、その情報を二人に共有していく。


「魔労社は裏を専門にしている非正規の探索者たちだ。社長のアスミ、会計士のジェ・ビア、用心棒のナルカの三人で構成されている」

「あ、この前いた人たち」


 三人の写真を資料に追加。「珍妙な集団だが、その実力は確からしい。ネットの情報や他の情報屋の話を鵜呑みにするなら――低く見積もっても三人全員がBランク以上の強さだ」

 Bランクというのは、探索者として超一流と言われるような存在だ。一般的な探索者が目指せる限界値といってもいい。そんなBランクが低く見積もって――という前置きと共に提示される。

 それがこの魔労社という集団の実力を端的に示していた。


「でも師匠、どうして極楽結社の話をしているのに魔労社の話を?」

「単純な話だが……俺は極楽結社が魔労社に仕事を出したんじゃないかと思っている」

「そ、それはどうして何ですか?」

「俺個人、サナカ個人を標的とした依頼なら他の可能性も考えられるが――あいつらの口ぶりや振る舞いを考えると、今回のターゲットは俺&サナカだ。俺たち二人をターゲットにする必要があるのは、極楽結社しか心当たりがない」


 俺とサナカはこうして一緒に行動をするようになって日が浅い。その上で、俺たちを狙おうなんて仕事をわざわざ(こんな得体の知れない組織である)魔労社に頼むなんて、相当切羽詰まってる奴だ。

 そんな切羽詰まってそうな奴に心当たりがあるとすれば――魔労社のススキダくらいしかいない。「という俺の推測に基づけば」そこまで推測を話して、俺は結論を述べた。


「魔労社を調査すれば、極楽結社の足取りが掴めるかもしれない」

「流石です師匠! 完璧なロジック、私! 感動しました!」


 こういう時、サナカのオーバーなリアクションは結構嬉しい。「で、でも……」ユウリがおどおどとした様子で挙手。「魔労社は、どこにいるんですか?」と、至極全うな疑問を俺にぶつけた。

 確かに、普通はこういった裏稼業は息を潜めているのが常。そうしなければ、様々なリスクがつきまとう。けれど、幸運にも魔労社は馬鹿だった――それもとびきりの。


「資料の最後を見てくれ」

「え……はい。「どんな問題もパパっと解決。義侠に生きる、名探偵。な、なんですか、この恥ずかしい売り文句と、チープなサイトは」

「あ、本当だ! ○○人目の訪問者なんていうカウンター、まだ現存してたんだね!」

「魔労社のホームページだ。そこに住所が書いてある」

「……」


 常識人であろうユウリは当然のこと、流石のサナカもこれには黙ってしまった。その気持ちは分かる、とても。こんな馬鹿がBランク以上の実力を保有しているということも、その残念っぷりとがっかり感に拍車を掛けている。


「と、取りあえず……手立てはあるんですね」


 この微妙な空気をどうにかするために、ユウリがどうにか言葉を取り繕った。「そういうことだ。取りあえず今日は魔労社の事務所とやらに――」行動の方針を固めて、これからのことを話そうとしたところで。


「アサヒさん!」


 バン、と事務所の扉が勢いよく開け放たれた。俺の名前を叫びながら姿を見せたのはミユだ。過去1週間と違うのは、息をあげて帰って来たことと背中に背負ったパイルバンカーが無事なことだ。

 いつも帰って来る時は、少なくともパイルバンカーのフレームは無残な姿になっているはずなのに。今日は出発時の姿そのままだった。もしかして、遂に彼女の情熱が認められたのだろうか。


「師匠――じゃなかった、ゴロウさんがいないんだよ! どこにも!」

「どこかに散歩に出かけたんじゃないか?」

「お客さんとの約束をすっぽかして?! あの人は絶対にそんなことはしない!」

「……」


 ミユの反論は確かにその通りだった。

 アーティファクトへの情熱や捻くれ方はともかく、ゴロウという人間は確かな熱意とプライドを持って自分の仕事と向き合っていた。そんな人間が、急な思いつきで仕事を放り投げてどこかへ行くとは思えないか。

 毎日毎日通ってくるミユに嫌気が差した、というわけでもないだろう。


「何か、嫌な予感がするんだ。頼むよ! 一緒にゴロウさんを探してくれ!」

「……」


 そうやって頼み込まれると弱る。俺だって力にはなりたいが……極楽結社の調査も進めなければ、そろそろアンからお叱りを受けそうだし。腕を組んで、俺は唸った。

 優先度で言えば、もちろん極楽結社だ。しかし、ゴロウの行方不明は緊急性が高いかもしれない。最終的な重要度はどちらも同じくらいか。なら、俺ができる手段は一つしかない。


「サナカ、ユウリさん。悪いけど、俺はミユさんとゴロウさんの捜索に行ってくる。二人には魔労社を任せてもいいか?」

「もっちろんです!」

「は、はい!」


 拳を握りしめて、サナカは元気しかない返事をした。「……どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」それが余りにも嬉しそうなので、思わずその理由を聞いてしまった。


「だって、師匠から仕事を任せられるなんて――これはもう、信頼の証ですよねっ!」


 最初から(その実力に関しては)信頼以上のものがあるんだけどなぁと思いつつ、それを言葉にすると色々と面倒臭そうなので秘めておく。


「ああ、信頼してる」


 こういう時は、素直にそういってやるだけでいいということを俺はよく知っている。「はい!」それだけでやる気が盛られていくなら、安いものだ。


「よし、じゃあ行動開始だ。何かあったら、ちゃんとマメに報告するように」


 と、この会議を終了。

 早速、消えてしまったゴロウの行方を追うために最適な人に連絡を取ることにした。あんまり使いたくない手段だが――こんな時はそうも言ってられない。

 当然、俺が連絡するのは……アンだ。


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