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第20話 Sランクの実力

「暴れる前に少し考えた方がいいんじゃないですの――その師匠とやらは既に私たちの手中。少しでも変な気を起こせ――」

「アスミ! 逃げろっ!」


 アスミと呼ばれた女性がペラペラと話している間に、サナカは一瞬で間合いを詰めた。そのまま、握った大きな鎌を振りかぶって――横薙ぎ。「話を聞いてませんわっ!」紙一重で回避した俺とアスミ。

 サナカの奴、俺ごと断つくらいの気概で鎌を振ってなかったか?


「ああ、もう! 人質の意味が分からないんですのっ!?」

「師匠は私よりも強いんだよ? きっと、手加減が苦手だから付き合ってあげてただけなんだから――!」

「えぇ……無茶苦茶ですわ……」


 俺を手放して離脱するアスミ。サナカは鎌を大きく翻して、ドン、と石突を地面に叩きつけた。「何が目的かは分からないけど、ここからは師匠の“一番”弟子の私が相手だよ」いつの間にか一番弟子になってる……。


「ふうん、舐めてますわね。魔労社を! いいですわ……相手してあげます!」


 目を細めて凄むアスミ。Sランクを前にして、まだやる気とは……意外とガッツがあるというか、実力差を考慮していないというか……。「そう……じゃあ、残念だけど手荒に行くねっ!」

 鎌を構えてサナカは姿勢を低く、低く保った。そのまま、駆け抜けていくサナカ。銃声が何度も何度も響き渡るが、サナカはそれらを全て鎌で弾き飛ばしていく。「チッ」ナルカの舌打ちが聞こえた。


「ジェ! 時間を稼ぎなさい! バイデ・フィア!」

「当然至極――Sランクの実力、手並拝見」


 電動ノコギリを勇ましく唸らせながら、サナカとアスミの間に割って入るジェ。恐らく、サナカの鎌とかち合わせる目的で電ノコが振るわれるが――サナカはステップのみで、それを回避。

 小気味良くそれらを避けたかと思えば、ジェの脇腹に回し蹴りを入れて――蹴り飛ばして見せた。「ぐっ!」吹き飛んでいくジェ。「流石に強いですわね――ですが、間に合いました! レヒト・アインス!」

 アスミの詠唱に従って、生み出されるのは巨大な氷塊。先ほどの火球すらも上回る上級魔法の行使だ。「これで、どうですの!」と、気合いの入ったアスミの声が氷塊の向こう側から聞こえるのだが――。


 サナカの速度は全く落ちることはない。

 加速した彼女が鎌を氷塊に向かって振り上げれば――見事に一刀両断。衝撃と共に胡散する氷塊。


「これが――Sランク。想像以上にヤバいですわね。魔労社! 撤収ですわーっ!」


 勢い止まらぬサナカに気圧されたのか、アスミたちは引き上げていく。こういう時に惑いの霧は活用される。ちょっとでも距離を離せば、霧が自分たちを守ってくれるんだから。

 「あ、待て!」と、追おうとするサナカに「待つのはお前だ、サナカ」と、今度こそストップをかける。

 またはぐれちゃ敵わない。

 魔労社――という珍妙な集団の狙いは分からないが、少なくとも俺たちの目的は素材を集めることである。


 あの集団の情報についてはおいおい集めていくことにして――ひとまずは目の前の仕事に集中しよう。


「まさか合流できるとはな」

「師匠の姿が見えなくなってから、全力で移動したんですよ!」

「それはご苦労だけど、迂闊なサナカが悪いからな?」

「うっ……以後気をつけます」


 ばつが悪そうに肩を落とすサナカ。「でもでも!」とサナカが俺に食い下がった。「素材、必要なものは集めてきました!」鞄を広げて、中身を俺に突きつけるサナカ。

 確かに、金属樹木、惑い蜘蛛の糸、アルキノコがしっかりと採取されていた。あの一瞬で、素材を集めきって来るとは。「はぐれた甲斐が……あったな」俺の返事を聞いたサナカは満足気に飛び跳ねた。

 後は25階から現実世界に帰るだけだ。ダンジョンの内部にある素材や物体を現実世界へ持って帰ろうと思えば、節目となる階層に向かわなければならない。惑いの森エリアは25階が節目となる階層なのだ。


「また、変な奴らに絡まれなければいいけど……」

「師匠が出る幕もありませんよ! 私がいるんで!」

「サナカがはぐれなければな」

「うう……それを言われると弱いですね」


 サナカの言う通りで、彼女が俺の隣にいる限りどんな集団が現れても安心だろう。俺の心配は杞憂に終わり、何事もなく25階層に到着して俺たちは現実世界へ帰還できた。


 ◆


「六英重工業に所属していた時のゴロウさんが出したアーティファクトは1つだけ。それが、今ウチが改造している“六英式パイルバンカー”だよ」


 事務所の角で作業をしながら、ミユはぽつりぽつりとそんなことを話し始めた。俺たちが素材を回収している間に、保管していた“パイルバンカー”を事務所に持ち込んできていたらしい。

 複雑な機構を搭載した巨大な兵器には、太いという言葉すら生温い巨大な杭が内蔵されていた。「六英重工業とアマテラスは苛烈な開発戦争をしていたんだ」内部機構を弄りながら、ミユは続けた。


「アマテラス……六大勢力の一つの大企業ですよね師匠」

「ああ、そうだな」

「開発戦争に勝つためにより強く、より先進的な武器を求めた結果――六英式パイルバンカーは不完全なまま商品として販売された」

「結果、不具合が発生した……と」


 ようやく思い出した。

 俺が探索者を始める前の話だ。もう何十年も昔の、ダンジョン黎明期とさえ言われる時代のこと。そんなスキャンダルがあったという話を聞いた。六英重工業が販売したアーティファクト……武器を装着した探索者の腕が吹き飛んだと。

 しかも何件もそんな事件が報告されたらしい。


「当時、そのアーティファクトの開発を先導していた開発者が全ての責任を取らされたって話だ……まさか」

「そう。ゴロウさんがその責任を取らされたんだ。ゴロウさんは最後まで反対していたはずなのに!」


 どんどんと、ミユの言葉に怒りが込められていった。

 もしミユの話が全て本当だとすれば――ゴロウもまた、ダンジョンという現象に振り回された被害者なのだろう。辺獄は、つくづくそういった人間を引き寄せる。


「……だからウチ思ったんだ。あの時、未完成だったパイルバンカーをウチが完成させれば――きっと、ゴロウさんもまた立ち上がってくれるって!」


 恐らく、完成したであろうパイルバンカーを担いで彼女は俺たちに笑いかけた。


「硬度としなやかさを両立した金属樹木で補強して、魔力伝達効率の高い惑い蜘蛛の糸でギミックを補佐、これで完璧なはず!」

「それは良いんだけど、アルキノコは何に使ったんだ?」

「ウチの好物! 頑張った後は食べたくなるから、ついでに採ってきて貰おうって思ってさ」

「……」


 しゃくしゃく、とアルキノコを咀嚼するミユ。抜群の笑顔なのが小憎たらしい。「……生きるのが上手そうだな」と、皮肉を言うしかできなかった。


「よし、早速これをゴロウさんに見せに行く!」


 意気揚々と目的地を定めるミユ。「そう上手くいくかぁ?」半信半疑でありながら、俺もミユの背中を追いかけていった。


 ◆


「ふざけてるのか?」


 鋭い眼光と、底冷えするほどに低い声が俺たち3人を襲った。ほら、と言うのは心の中だけで留めておく。俺は大人だから。


「もう一辺言って見ろ、何だって?」

「あの時、ゴロウさんが完成させられなかったアーティファクト。ウチが完成させたよ」

「――ガキが、舐めやがって」


 立ち上がったゴロウはミユからパイルバンカーを取り上げて、まじまじと眺めていく。「こんな素人加工で、どこが完成だっていうんだ――そもそも、このアーティファクトは破壊するべきだ。こうやってな」バキバキ、という音を立てて――ゴロウはパイルバンカーのフレームを握り潰した。


「この儂の思い出したくもない過去を掘り返した挙げ句、その原因をより醜く飾り立てて見せつけてくるとはな!」


 怒り心頭、ゴロウの一言一言で空気が揺れた。


「……確かに、ウチの加工技術がおざなりっていうのはその通りだと思う。だけど、ゴロウさん、このアーティファクトはアナタの子ども同然でしょう! そんな子どもを自分の手で破壊するなんて!」

「子ども同然だからだ! 作り手には、責任がある。加工屋でもないガキが、口を挟むことじゃない」

「……」


 ゴロウの怒声に押し切られて、黙ってしまうミユ。ゴロウによって投げ捨てられてしまったパイルバンカーを拾い上げて、踵を返すミユ。そのまま、出ていってしまった彼女。


「……あ、ミユちゃん!」


 そんな彼女を心配してか、サナカが後を追って出て行った。残されたのは俺とゴロウ。とはいえ、俺もゴロウにかける言葉なんて見当たらない。そもそも、ここまで頑固な人間を相手に、これ以上食い下がるつもりもなかった。

 俺も二人と同じくゴロウの店を後にした。さて、ミユは意気消沈なのだろうか。三日月が上った夜空を見上げるミユ。なんとなく、ナイーブな雰囲気だが――。


「こうなったら――絶対に、ウチの技術を認めさせてやる!」

「……」


 どうやら、俺の想像以上にミユのメンタルは強かったようだ。心配なんて必要なかった。前以上にメラメラとやる気を出すミユはくるりと振り返って――。

 待て、嫌な予感がする。


「こうなったらもう根気の勝負! ウチ、辺獄に住むことに決めた! だから、事務所に泊めて!!!」

「……」


 嫌な予感が早速的中。

 乗りかかった船……断れる訳もなく、俺の事務所に騒々しい仲間がまた増えてしまった。


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