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第17話 魔労社

 摩天楼ヤオヨロズ、第3階層。

 今や文字通りのビル群となった観光街。表向きは煌びやかな世界だが――少し通りの奥へと進めば、荒々しい側面も見えてくる。一人の男が、ヤオヨロズのディープな領域に足を踏み入れていた。


 ――男の名はススキダ。


 つい先日、思わぬ敗北を喫した極楽結社の首領である。額から滝のように汗を拭きだした彼は、ボロボロの衣服を正す暇もなく、ビルに駆け込んでは荒くれた手でゴンゴン、と扉を打ち鳴らした。

その様子から、ススキダがどれほど焦っているかは想像するに容易い。


 ぎぃ、と不気味な音を響かせて開く扉。

 中へ足を踏み入れれば、出迎えるのは狼の獣人。「……どうぞ」愛想のカケラもない立ち振る舞いで、奥の客間へとススキダを通す。本来客が座るようのソファに寝そべって、ホログラムの画面とにらめっこをする従業員がススキダをお出迎え。(なお、目線は合わない)


 じじーっと音を立てる蛍光灯が、デジタル空間だというのに妙にリアルだった。狼に促されるまま、ススキダは埃っぽいソファに腰掛ける。壁には“今日も一日名探偵”という意味の分からない標語が掲げられていた。「――アスミはどこだ」

 落ち着かない様子のススキダが、周囲の様子を窺いながら、このビルのオーナーの所在を問いただした。


「短期は損気ですわ、ススキダさん?」


 その言葉に呼応するように、ぐるりと最奥にあった社長イスが回転。その言葉と動きに合わせて、狼もやる気のない従業員も立ち上がり背筋を伸ばした。


「どんな問題もパパっと解決。義侠に生きる、名探偵。このアスミが率いる魔労社にお任せですの。さて、ススキダさんのご依頼はどういったものでしょうか?」


 胸を張り、高らかに宣言をするアスミ。金のツインテールが、彼女の自信満々な動作に従って右へ左へと揺れ動く。面を食らったススキダは、動揺を隠しきれないままテーブルに二枚の写真を置いた。


「ジェ、写真を」


 バチン、とアスミが指を鳴らせばジェと呼ばれた狼の獣人が写真を手に取りアスミの元へ。「Sランクの探索者のサナカに……彼は ”勇者” の元PTメンバーでは? 有名人二人ですわね」指で二枚の写真を広げ、ススキダに見えるようにくるりと回す。

 こくり、と首を縦に振るススキダ。「そいつらを消して欲しい」と、簡潔に自らの用件を伝える。「おいおい、消せって簡単に言うけどなァ……もう一人はともかくSランク相手だぞ?」


「ナルカの言うことにも一理ありますわね」


 ナルカと呼ばれた従業員が八重歯を剥き出しにしてススキダに噛みついた。小柄な身体からは想像もできないほどにキレがある言動だが、それに負けじとススキダも声を荒げた。「いいか、私は追い詰められているんだ! 報酬金はいくらでも払う! できるかできないかで言え!」


「……もちろん、可能ですわ。魔労社に不可能はありませんもの。ですが、報酬金の話をしましょう。いくらでも払うと言ったんですから――どれくらい支払えますの?」


 アスミの紅い目が、妖しく光った。「まずは大人の会話から始めましょう。ススキダさん?」二枚の写真を放り投げて、アスミは不敵に微笑んだ。

 今、新しい刺客がアサヒとサナカに仕向けられようとしていた。


 ◆


「やって! しまい! ましたわーっ!」


 両手で頭を抱えるのはアスミ。「ほ、報酬金に目が眩んでしまいましたわ!」締結した契約書をテーブルに叩きつけて、やけくそ気味に叫び散らす。「社長――相変わらずの馬鹿放出、ですね」ジェがテーブルに腰掛けて、大きくため息を吐いた。


「違約金までつけられやがって。アスミ……オレずーっと言ってたよな、契約書にサインする前に一晩置けって!」

「ジェもナルカも社長への敬意が足りてませんわ! 金額を見てみなさい、借金も家賃も支払った上で、半年は遊んで暮らせる報酬金ですのよ! そんなの、サインしちゃうじゃない!」

「敬意を払わせてくれよ、オレたちに。そもそも、格好つけてこんな自社ビルを借りるからだろ。面積の1割も使えてねーじゃん!」

「わーわー! 聞こえませんのー! 社長にそんな口答えする暇があるなら! さっさとSランクを倒す方法でも考えなさいよ!」


 大げさに地団駄を踏んでナルカの言葉をかき消すアスミ。彼女のポニーテールがまるでダンスを踊るように跳ね回った。こうなってはいつものことなので、ナルカは負けじと声を張り上げる。


「そもそもデジタル空間で消せねーよ! 人間なんて! 人殺しの仕事もしたことないだろお前!」

「い、今社長にお前って言いましたか!? し、信じられません――お母様にもお前って言われたことがありませんのに!」


 顔を真っ赤に染めて、契約書類をテーブルに勢いよく叩きつけるアスミ。ずん、とナルカの前に立ちはだかり社長の威厳を示そうとするも……ナルカも鋭い目つきでアスミを睨めつけて対抗。

 お互いに引く気がないアスミとナルカ、キャットファイトにも発展しそうな勢いだが、それを眺めてジェはまたも大きなため息を吐く。「社長、用心棒……僕に最高作戦がある」

 人差し指を立てて、神妙な顔で告げれば二人の視線はジェへと注がれた。


「まずは、ターゲットの内情を調査しよう」

「でもリアルの居場所なんて分かりませんわ……どうするおつもりで?」

「万事神通、これを見てみてくれ」


 ジェが得意げな顔でホログラムを立ち上げる。そこにはサナカがアサヒの個人情報をばら撒くシーンがしっかりと映っていた。

 一連のやり取りを見せて、ジェは結論を告げる。


「連絡先、住所既に公表済みだ。Sランクは口の軽さもSランクだったらしい」


ジェの言葉に、アスミとナルカが顔を見合わせて……堪えきれずに吹き出した。


「た、確かにこれなら――場所は分かりますわ!」


アスミがジェに抱きついて――。


「さっすがジェ! ナルカ、見習いなさいっ!」

「けっ、はいはい。見習いますよーっと」

「そうと決まれば、時は金なりですわねっ! さっそく、ターゲットの調査を始めましょう!」


 おー、と一人盛り上がったアスミは拳を天井へと突き上げる。彼女の動きにそって、ツインテールが靡く。続く二人は、アスミのテンションについて行けないというように肩をすくめてため息を吐いた。

 かくして――本当に新しい刺客が二人に差し向けられたのであった。


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