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第16話 決着

「極楽結社の“奇跡”の正体は――電脳率を違法に引き上げて、身体能力をブーストしているだけの危険行為だ」

「……ほう、ただの詐欺師かと思ったがよく分かったな」

「隠さないんだな」

「そこまで分かっているなら隠しても無駄だろう」


 今までの態度が嘘のような豹変振り。腕を組んで、太太しい仕草で俺を見据える。これが本性か。「しかし、だからどうした?」と、開き直った。


「チヒロの電脳率は80%! 数値を少し弄るだけで数倍以上に強くなれるというのに! 何故誰もこの方法を試さないのか、不思議だったよ」

「……そもそも、電脳率を強制的に引き上げる技術があることに驚きだが。そんなことをして、死亡するリスクを跳ね上げる奴がいるのも驚きだ」

「強くなるための些細なリスクだ。彼女もそれを承知の上でBランクに並ぶ力を手に入れたんだ。文句はあるまい」

「……まやかしの強さ、だな」


 モニターを眺めて、俺はススキダの戯れ言へ反論。「ほう? まやかしだと?」俺の言葉が気に食わなかったのか、怒りの色が多分に混じった声がススキダから放たれた。


「そもそも、ダンジョンに入るという行為が危険な行為だ。命を賭けてしかるべきだろう! その程度のリスクで、一気に強くなれる。それの何が悪い!」

「ダンジョン美学については興味はない。けれど、チヒロさんはアンタが“その程度”と軽んじたリスクで負けるんだ」

「――話が見えないな。どうやって負けるっていうんだ?」

「じゃあ、俺の“奇跡”を教えよう。ユウリさんの電脳率は本来15%。それを10%に落とした」

「……は? どうして自ら電脳率を落とす必要が! いや、まさか!」

「そのまさか、だ」


 モニターでは、今なお優勢に立ちながらも攻めあぐねるチヒロの姿が映っていた。圧倒的スペックさがあった。電脳率は1%でも上下すれば現実世界の10%に相当する。つまり10%のユウリは現実世界と殆ど同じ身体能力で――。80%のチヒロは現実世界の8倍に相当する身体能力を保有している。

 単純比較でも圧倒的な差がある。

 しかし、この8倍というのは負の側面にも作用するのだ。


 現実世界への“痛み”のフィードバックは電脳率が100%で100%ダイレクトに伝わる。つまり、80%もの電脳率は――受ける痛みを20%しか軽減してくれない。それはつまり、どんな些細な一撃でも致命傷になり得るということを意味する。


「ユウリさんは元々タンクで、受ける技術も不足はない。相手が強くても、ダメージを抑えながら受けることさえできれば――粘れる」

「どうせジリ貧だ!」

「ジリ貧なのはチヒロさんも同じはずだ。フィードバックによる疲労感の蓄積。それにダメージを少しでも受ければ、相当に堪えるはずだ」


 一見すると、不利なのはユウリだ。しかし、実際はどうだろう。

 ユウリはあれだけ攻撃を受けたというのに、まだ余力が十分に残っている。

 対するチヒロは、肩で息をするほどに消耗している。前半で見せていた素早い動きは陰り、槍を握る手も芳しくない。


 ――ユウリの反撃がチヒロに通り始める。


 それを眺めて、ススキダは我慢ならないという様子で唾をまき散らした。


「……何を、何をしているんだチヒロは!」

「短期決戦、それがチヒロさんとアンタの勝利条件だったんだ」

「何故、Dランク如きに未だ手こずっているんだ!」

「当然だ。アンタが言うように――本当に奇跡があってチヒロがBランクの強さを持っているなら勝ち目はなかっただろうな。付け入る隙がそもそもない」


 でも、違う。

 そう付け加える。


「アンタがしてるのは、Bランクの虚飾で盛り立てたハリボテの作成だ。そんな薄っぺらい強さを無責任に配り歩いて、強さを求める相手に死ぬリスクを押しつける」


 俺も人のことを言えたことじゃないが――ススキダの正体は「立派な詐欺師だ」俺の言葉に合わせて、ユウリが踏み込んだ。チヒロの繰り出した突きを剣で逸らして受ける――初めて、剣で防いだ。

 これは、チヒロにとって予想外の一手だったはず。

 逸らしきれなかった槍がユウリの身体を貫くが――それでも、彼女は止まらなかった。今までで1番のクリーンヒットだが、受け切れた。そもそも、槍は点での攻撃。急所を狙わなければ致命傷にはなり得ない。

 そして、急所への攻撃を逸らすことにユウリは全力を注いでいたのだ。


 懐に潜ったユウリは――チヒロの顔に向かって渾身の必殺技――シールドバッシュを放った。


 吹き飛ぶチヒロ。


 俺が必殺技をユウリに勧めたのは――当然、電脳率があったからだ。ぐうの音も出ないほどの一撃をぶつければ……増幅されたダメージで否が応でも致命傷になる。


 そのままリングに伏すチヒロ。「うぅ……!」チヒロは痛ましい呻き声をあげて、立ち上がろうとするのだが……それは叶わない。ユウリの一撃は的確であり、たった一度まともに喰らっただけで、チヒロの身体はもう言うことを聞かなくなったらしい。

 そんなチヒロの痛ましい姿を見れば、誰が勝者かなんて明白だった。


「その程度のリスクが、敗因になったな」

「ぐ、ぐぅ! クソ、何が目的だ!」

「ああ、そうだ。もう一つの本題を忘れるところだった。辺獄の地主が話を聞きたいそうだ」

「――クソ!」


 身を翻して逃げ出すススキダ。俺が抑えている出入り口とは別の出口から逃げだそうとするが――俺が合図を送れば「おっと、通行止めでーす」と、笑顔で扉から出てくるのはサナカだ。

 彼女には予め待機して貰っていた。

 どうせ、こうやって逃げることが分かっていたからだ。それにしても、運がないというか見る目がないというか……俺の方に来ていれば、俺を一撃で倒して逃げるという勝ちの目があったかもしれないのに。


「手荒な真似はしたくないけど、抵抗すると捕まえちゃうよ!」

「こ、この! 仕方ない! 強制ログアウトだ! 早くしろーっ!」


 という言葉と共に、ススキダが消失。

 ああ、外部の手引きがあったか。そりゃ組織なんだからそうだよな。「あ! ……ごめんなさい師匠、逃げられちゃいました」

 しょげるサナカだが「いや、強制ログアウトは仕方ないな……」とフォローを入れておく。


「ススキダを追うなら、強制ログアウトで逃げられないようにする必要があるな――現実世界の拠点を発見するとか」


 課題は山積みだ。けれど取りあえず今は――ユウリの勝利を祝おう。これでサナカがSランクを辞退しなくてもよくなった訳だしな。

 どよめきと歓声に包まれる闘技場に、俺たちは戻った。


 ◆


「なるほどねぇ。電脳率の引き上げか。そんな技術があるとは、アタシも驚きだよ」

「ああ、俺も驚いた」


 あの後、勝利者インタビューもほどほどに事務所に帰ってきた俺たち。アンも交えて情報の整理を始めた。やっぱりというべきか、チヒロも強制ログアウトをしたようで行方が分からなくなっていた。


「とはいえ、ひとまずユウリさんの依頼は完了だな」

「そ、そうですね……」


 勝利をしたはずなのに、ユウリの声色は優れなかった。「本当にそうなの?」サナカがユウリの顔を覗き込んでそう問いかけた。サナカはどういう意図で、そんな質問をしているんだろうか。


「勝って良かった?」

「……よ、よくありません」


 ユウリは俯いて、ぽつりぽつりと言葉を零し始める。「私、チーちゃんに勝って……気がついたんです」ギュッとズボンを握り絞めるユウリ。「あの時感じたのは――もちろん、悔しさもあったんですけど、変わってしまったチーちゃんに戻って欲しいんだって」


「チヒロさん……」

「勝てば、私が強くなれば……元に戻ると思いました。でも、そうじゃなくて……それに、極楽結社のやり方だと……いつかチーちゃんはフィードバックで死んじゃいます!」


 それはユウリが言っている通りだった。あんなハリボテの力で強くなったと過信してしまえば、いつか手酷く負ける。電脳率が50%以下であればフィードバックで死ぬことはない。その敗北だって経験になる。

 でも、80%の電脳率で選択を誤れば……その代償は死という重い結果で支払うことになる。


「だ、だからお願いしますっ! チーちゃんを助けるために、もう一度! 先生に依頼を出させてください!」

「せ、先生……?」

「はい、アサヒ先生! 私に、強くなる術を教えてくれた――先生です!」

「1番弟子は私だからね、ユウリちゃん!」


 また、なんか面倒なことに……。とはいえ、極楽結社はまだ追いかける必要があるはずだ。


「なら、丁度いいじゃないか。アタシからも依頼を出そうと思ってなァ。極楽結社の居場所を突き止めてくれるかい?」

「……明らかに違法な組織ですよアンさん。こういうのは国務庁の仕事だと思いますが?」

「そりゃそうだ。だけどね、アタシの勘が言ってんだよ。そんな技術、あの程度の組織が作った訳ねぇだろってな。裏がいる、その裏が分からねぇと辺獄が落ち着かねぇかもだろ? だから国務庁に叩かれる前に調べてぇんだ」

「ですよね……。分かりました。乗りかかった船です。ユウリさんからの依頼もありますし、引き受けます」

「ああ、断ったらどうしようかと思ったよ」


 本当強引な人だ。それでこそアンって感じだけどさぁ……。ともかく、新しい目的は決まった。

 極楽結社の本格的な調査だ。

 電脳率の引き上げ、そんな技術が確立されていることに驚きを隠せない。アンが言うように、裏で何か巨大な何かが……動いている気がしてならない。


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