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第14話 試合開始


 ――21階層。

 今やダンジョンではなく居住区や観光資源として使用されている1~10階。初心者探索者たちの登竜門である11~20階。それらを乗り越えた者たちが到達する、最初の探索者ギルド支部。

 規模は本部には劣るものの、利用する人間が多く――設備に関しても相手が一定の実力を持った探索者しか存在しない都合上、特化されていた。闘技場も、血気盛んな探索者たちに人気の施設だ。


「うわ~、凄い人ですね師匠!」

「……だな、それだけ今回の戦いは注目されてるってことか」


 闘技場の簡素な椅子にもたれかかって、ぐるりと周囲を一瞥した。中央には石畳で作られた正方形のリングがあり、それを取り囲むように観客席が200席ほど用意されていた。まぁ、ダンジョンの中にあるということを思えば……豪華な設備だ。

 石畳の中央にホログラムが立ち上がり、受付嬢が姿を見せた。


「探索者の皆さん、おはようございます! ご存じの通り21階~30階担当の受付嬢。リンテリアですよー! 今回はSランクの探索者である新狼サナカさんも関わっているということで、大注目の一戦となっているようですね。ご安心ください、中継もしているので見逃すことはないでしょう!」


 受付嬢のリンテリアが諸々の注意事項などの説明を始めた。1階から10階を担当するフィリオール、という風に受付嬢AIは各階層ごとで“別人”になる。各々、性格が違う凝りっぷりだ。

 ちなみに、ネット掲示板では各受付嬢のファンクラブが存在し、各々の推し受付嬢の威信をかけて日夜レスバが繰り広げられている。


「さて、注意事項の説明は終了しました! では、本日雌雄を決する探索者のご紹介です。まずはDランク――ジャイアントキリングなるか! ユウリ!」

「うぉー! 頑張れーっ! ユウリちゃーん!」


 リンテリアの紹介に従って、姿を見せるユウリ。サナカの大声が飛び出す。周囲の探索者たちはユウリよりも応援をしたサナカに注目しているようだった。「……」肝心のユウリは緊張でガチガチだ。

 生まれたての子鹿のような心許ない足取りで、リングに上った彼女。


「こういう場に慣れてないだろうからなぁ……ユウリちゃん」

「だなぁ。だが大丈夫だ。できることはやった。俺も、ユウリも、サナカも、ガルシアもな」


 最後に伝えたアドバイスが、緊張でぶっ飛んでなきゃいいけど。


【――十数分前――】


「う、ううぅ……き、緊張して吐きそうです」


 控え室から闘技場に繋がる出入り口を覗いては、そこに入っている客の数を見て大きなため息を吐くユウリ。まぁ、席が埋まるのは分かりきっていたことではある。何せ、今回の試合結果次第でサナカがSランクを辞退するかもしれないんだ。

 色々な注目が集まるのは当たり前なのかもしれない。

 戦うユウリからすれば、はた迷惑なことこの上ないだろうけど。


「ユウリさん、これが最後のアドバイスだ」

「は、はひ! な、なんでしょうか……!」

「チヒロさんを1番知っているのは幼なじみのユウリさんだと思う」

「そ、それは……そうですね」

「チヒロさんの戦いっぷりも、1番間近で見てきたはずだ。つまり、ユウリさんはチヒロさんの手の内を知っている。でも、チヒロさんはどうだ?」

「ど、どういうことですか?」

「ユウリさんの戦い方はこの数日で大きく変化した。多分、チヒロさんは昔のユウリさんを思い浮かべて戦いに臨む。情報のアドバンテージがユウリさんにはある」

「……!」


 俺の話を聞いて、ユウリはぶんぶんぶんと過剰にも思えるくらい首を縦に振る。どうやら、ピンと来てくれたようだった。「きっと、落ち着いてチヒロさんと戦えば、勝てない試合じゃない、と俺は思う」そう彼女の背中を手でも言葉でも押す。

 勝てる可能性は3割ほど。それ以上でも、それ以下でもない。だが、最初の絶望的な状況を踏まえれば、十分すぎるほどの勝機だった。


「よし、じゃあ俺はサナカの方へ戻ろうと思う。頑張ってくれ」

「は、はい……当たって砕けます!」

「あー、砕けさせる方がいいな」


 砕けるくらい、気概は十分ということだろう。それなら十分だ。


【――今に戻り――】


「さぁ、ユウリの挑戦を受けて立つのは――破竹の勢いでランクを上昇させているBランク探索者! チヒロ!」


 割れんばかりの歓声が闘技場を包んだ。

 俺が物思いにふけっている間に、チヒロの紹介が始まっていたらしい。颯爽とユウリの向かい側に姿を見せるのは、槍を背負ったチヒロだ。ユウリとは違った、堂々とした立ち振る舞いでリングに入場。


「逃げずに来たんだ、度胸だけはあるみたい」

「チー……チヒロさん、極楽結社について、聞きました。それに、ススキダさんという人についても」


 向かい合った二人は会話を交わし始めた。俺とユウリは連絡が取れるように通信機を用意しているため会話内容は分かるが――サナカや他の客は聞こえていない。「そうやって、言い訳をタラタラと……」

 チヒロは背負っていた槍を抜いて、ぐるりと回転。風を斬る音と共に、穂先をユウリへと向けた。


「だから弱いままなんだよ。チャンスがあるなら、それを掴まないと」

「――弱いままじゃ、ないもん」

「弱いままでしょ。もしかして信じてるの? 1週間で私よりも強くなれるって? 詐欺師に騙されてるよユウリ」


 チヒロの構えに合わせて、ユウリも盾と剣を取り出した。ガルシアから貰った無骨な装備だ。華美な装飾は一切ないが、その分性能は折り紙付き。チヒロのごてごてとした槍にも劣らない代物のはずだ。


「武器変えたの? 私も舐められたもんだね」

「本気だよ。わ、私はこれでチーちゃんに勝つ――!」

「だからさ……」


 飛び上がり、槍を大きく薙ぎながらユウリに迫るチヒロ。


「その名で、馴れ馴れしく私を呼ぶなッ!」


 全力で振り下ろされる一撃。Bランクという前評判に嘘偽りはない。槍を振った衝撃で、空気が打ち震えた。相手が相手であれば、この一撃で勝負が決してもおかしくはないほどの見事な一撃。


 ――けれど。


「――!」

「防ぎ、ました」


 左手で持った盾で、槍の一撃を見事に防いでいた。

 槍の穂先は狙いがそれ、地面に叩きつけられており――その事実を理解できなかったのか、チヒロは明らかに虚を突かれていた。そして、その隙を見逃すほどに――ユウリは甘くない。「はぁ!」

 踏み込み、剣での一閃。

 チヒロが吹き飛ばされ、地面を転がった。


「これが1週間の成果です!」


 会場が凪いだ。さっきまであれほどの喧噪に包まれていたかと思えないほどの静けさが支配する。


「うっそだろ……DランクがBランクを?」

「見間違いじゃないよな……?」


 ぽつり、ぽつりと観客たちの声が漏れ始める。

 誰も彼もまさか、DランクがBランクを吹き飛ばすなんて誰も思っていなかったからだ。


「やったー! ユウリちゃんナイスっ!」


 拳を突き出してユウリの活躍を我が事のように喜ぶサナカ。「ふぅ……」ひとまず、自分のやってきたことが間違いではなかったことが分かって一安心。俺は背もたれにもたれかかって安堵。

 この会場で、誰もがユウリの実力を信じていなかった。


 そう、俺とサナカは除いては。


 けれどまだ油断はできない。勝負はここからだ。俺は姿勢を戻して視線をリングの上で相対する二人に戻した。


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