あれから三日。ユウリは毎日俺が伝えた練習メニューを真面目にこなしていたようだ。今日は朝から主要メンバーが集まって3日間の成果を報告しあう会となっていた。
ソファに腰掛ける俺とサナカとユウリ。ユウリは相も変わらず紙袋を頭に被っている。流石にもう見慣れた。
「まずはガルシア。ユウリはどうだ?」
俺はソファに座らず(サイズ的に座れない)腕を組んで会話の様子を眺めていたガルシアに意見を求めた。ガルシアは深く頷いて自分の考えを述べ始めた。
「そうだな、確かにアサヒが言っていた通り筋は悪くない。だが、得物が合ってないように思う」
「え、得物が……ですか?」
「ああ、そうだ。ユウリの武器は大盾だ。だが、俺が思うにユウリの強みは受けのセンスと身軽さだ」
ガルシアが淡々とユウリの分析を告げていく。その精度は高いと言わざるを得ない。流石は本職のタンクだ。「ユウリの防御は大盾向きの防御じゃない」そうか、ユウリの実戦を見て俺が感じていたズレは、そういうことだったのか。
ガルシアの言葉が、腑に落ちた。
「むしろ、ユウリの防御は小盾向けだ。全部を受けきる必要はない。もう一本、軽く振れる剣があればいいだろう」
ガルシアの言葉を聞き入れてか、ユウリは机の上にあった新聞紙を丸めてぶんぶんと振り回している。一度、二度振ってうーんと首を傾げたと思えばさらに何度かの素振り。本人的には満足いく結果になったのか、心なしか誇らしげなように思えた。
彼女の素振りが一段落したところで、俺は声をかける。
「――ユウリさんはどう思っているんだ?」
「そ、そうですね……確かに、悪くないと思います。ですが……その、肝心の武器がないので」
ユウリの言葉ももっともだった。今から武器を用意するというのは……ちょっと、非現実的だ。見たところ、ユウリの大盾もそれなりに良い物を使っているはず。あれと同じものを用意しようとしたら――金か時間かのどちらかがかかるはず。
「ああ、それも合わせて話そうと思ったんだが――俺の得物を譲ろう」
「え?」
「丁度、俺が現役時代に使っていた装備が剣と小盾だ。多分、ユウリの使い方にも馴染むだろう」
「い、いいんですか?」
ガルシアの提案に身を乗り出すユウリ。それだけ、彼女に取ってガルシアの提案が魅力的であることが伝わってきた。本来、探索者にとって自分の得物は半身と言っても過言ではない。
それを譲るというのだから、そういった反応になるのは仕方がないことだ。ガルシアはしっかりと頷いて続ける。
「ああ、もう使う予定もないからな。これがアン様の役に立つなら構わないさ」
「ガルシアさん、太っ腹ーっ!」
サナカが言う通り、ガルシアは気前がいい。「じゃあ、ガルシアはここから3日間は新しいスタイルでの戦い方を教えてあげてくれ」「ああ、分かった」これで得物とスタイルについては良いとして――次は。
「じゃあ、サナカ。3日間どうだった?」
「はい師匠! 3日間でも反応は日に日によくなってます!」
「サナカさん……私相手でも容赦がないんです……」
調子が良く、ハキハキとしたサナカとは違いユウリの反応は良くなかった。
がっくりと肩を落として、ため息と共に口から出たその言葉からは僅かに悔しさが滲み出ていた。Sランクが相手なんだから、ある意味当然といえる。ただ、それを悔しいと思える彼女に俺は少し未来を感じた。
「私、ちょっと手加減が苦手な部分があるからなぁー、ごめんね、ユウリちゃん」
「い、いえ……」
ユウリの反応はともかく……サナカの方も目立った問題はなしか。サナカに聞いても、何か具体的なアドバイスを引き出せるとは思えないし……。反応が良くなってるなら、それで十分。
いくら手加減した状態とはいえ、Sランクのサナカの動きに慣れるということは無駄じゃないはず。「それも引き続きして貰うとして……」本題だ。
けど、その前に――。
「あれから俺はススキダという人間について調べてみたんだが、この男相当にきな臭い経歴の持ち主だ」
「やっぱり、ニコニコしてるけど良い人って感じはしませんでした!」
「元々はBランクの探索者、ただ数々の素行不良によって探索者の資格が剥奪されてる。その後はダンジョン関連の裏家業で生きていたらしいが、それも色々な面倒事を起こして一つの場所に定住はしていない」
そんな人間が運営してる組織が、まともな訳がないと俺は思う。と、結論を付けた。「……チーちゃん」ユウリがチヒロを心配するように呟いた。「ユウリちゃんとチヒロちゃんはどういう関係なの?」
中々聞きにくい話題をサナカが聞いてくれた。こういう時、彼女の奔放さというか実直さというのは非常に助かる。うつむいたまま、少し言葉を詰まらせながら「その、チーちゃんは……幼なじみなんです」
「幼なじみ?」
「はい、一緒に探索者を目指して……一緒にやってきたはずなのに……突然、あんな怪しい所に行って、強くなったと思ったら……人が変わったみたいに。それが悔しくて、だから強くなりたいと思ったんです」
ユウリの握った拳に力が込められていく。紙袋でその表情は読み取れないが、それでも彼女の強い決意が伝わってきた。その言葉も芯が通っていた。
「……ふうん、そっか」
サナカが何か言いたげな表情をしているが、それ以上は言葉を重ねなかった。これでユウリのモチベーションもハッキリした。
「よし、なら後3日間で肝心のチヒロさんの倒し方を俺から教えようと思う」
「で、でも……実際、できるんでしょうか? チーちゃんは本当に強くなったと思います……それなのに、私が勝つなんて」
「できる」
俺はこういう時、断言しないものだが――ここで曖昧な返事をしてしまえば今ある少しの勝機さえも失ってしまうように思えた。だから断言する。
厳密には、極楽結社の操る“奇跡”が俺の仮説通りなら――多分、勝てる。勝率は1割程度。10回やって勝てる1回を次に引き当てればいい。
「そのためにはユウリさんに絶対身に着けて貰わないといけないものがある」
「ぜ、絶対に身に着けないといけないもの――ですか?」
「それこそ――必殺技だ」
ちょっと勿体ぶって言ってみた。おぉーという言葉と共に拍手をするサナカ、腕を組んだまま不動のガルシア。そんな二人とは違って、ユウリは当事者だからか気圧されたような反応だった。
僅かに声色を落として……。
「ひ、必殺技」
と、気乗りがしない様子だった。ユウリがどれほど気乗りしなくても、必殺技がなければ勝つことは難しい。なので、ここは強引に進めさせて貰おう。
「残り3日間は、必殺技を身に着ける練習も加える」
ということで、より過酷になったユウリ強化計画が始まった。
◆
「必殺技といっても派手な技である必要はない。当たったら、普通の人間なら確実にダウンする――威力が高くて、当てやすい技を用意すればいい」
「は、はい!」
「じゃあ、ユウリさんならどういう技を選ぶ?」
「そ、そうですね――当てやすくて、威力が高い。な、なら……」
と、ユウリの考える必殺技を教えて貰う。「よし、ならそれを的確に撃てるように。ひたすらに練度を高めよう」俺が言えるのはそれだけ。もう一つ、アドバイスはあるが――そのアドバイスを言うのは戦う直前で十分なはず。
そこから、ユウリは毎日朝から昼にかけてまでガルシアとの訓練。昼から夕方にかけてまでサナカとの訓練、夕方から夜にかけてまで俺との訓練で時間を過ごすこととなる。ガルシアの見立ては正しく、彼の装備を受け取ったユウリはメキメキと実力を伸ばしているようだった。
正直、武器を変えるというのは賭けだ。残り3日の猶予時間で突然武器を変えるなんて、普通じゃない。けれど、今回はその賭けが良い方に出た。元々の戦い方が今の武器に適していたんだろう。
今までずっと使っていたとさえ思えるほどに、彼女の動きは良くなっていった。
しかし、それでもBランクには遠く及ばない。勝負の土台にすら立っていないだろう。だが特殊なのは相手も同じ。だからこそ、つけいる隙がある。実力で負けていても勝負には勝てる。1割しかないと思っていた勝率だったが、今は3割以上に感じられた。
猶予時間最終日、最後の総まとめの時間だ。練習用の得物を持って、俺はユウリと対面した。
「い、いきます……!」
相変わらず自信なさげな雰囲気で、剣と盾を構える彼女。そのかけ声と共に俺の元へと迫ってくる。間合いに入ったことに合わせて、俺は握った剣を下から上に縦振り。切っ先が地面を擦った影響で、すすり泣きのような音が響いた。
カンッ!
練習用故の軽い音が響く。ユウリは、見事俺の突きを防いだ彼女は返す太刀にて俺に突きを放つ。俺は身体を半身、逸らしてそれを回避。シュッと剣を掠めるが無問題。そして俺は意図的に“隙”を作った。
「そこ……ですっ!」
俺の作った隙を見事に突いて、ユウリがさらに踏み出して必殺技を構える……が、そこで俺が離脱。
ふぅ、と一息をついてユウリが心配そうに俺に話を振った。
「こ、これで――どうでしょうか?」
「一週間の急ごしらえと考えれば十分だと思う。じゃあ、秘策を一つ」
「ひ、秘策?」
「そうだ。ユウリさんの電脳率を10%まで下げる」
「え、えぇえええ!? ど、どうして自分からよ、弱くなるんですか!」
「それは明日説明する。取りあえず、電脳率を下げる心積もりをしておくように」
「……は、はい。アサヒさんを――信じてみます」
「ああ、ありがとう」
さて、これで準備は整えた。6日間の特訓と極楽結社の“奇跡”の調査。分が悪いのは変わらない。けれど、勝機はある。後は、ユウリさんを信じるだけだ。