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第12話 潜入!極楽結社

 ざわざわとどよめく室内。目の前の壇上には【極楽結社】という主張の激しい旗が飾られていた。その隣には、恰幅の良い男の肖像画が、デカデカと飾られている。神々しく見えるのは、男の徳の高さか……それともただ男の頭頂部が輝いているからだろうか。

 運が良いのか悪いのか、丁度今から集会が始まるようでアポがなくても入ることができた。(むしろ、集会参加者と勘違いされてするすると入れた)


 妙に華美な受付でローブを貰い、広々としたエレベーターに乗って集会所に通された。集会所も随分と豪華なもので、極楽結社という組織は俺の想像以上に羽振りが良いらしい。


「入れて良かったですね、師匠!」

「ああ、そうだな。……サナカのスキルが潜入系だとは思わなかったけど」

「そういえば……言ってませんでしたね。色々と扱いやすいスキルですよ! ランクは低いですが」


 集会所の真ん中あたりに着席して、サナカと話す。

 俺たち探索者といっても一部だがはスキルという特別な力を持っている。たった一つだが、そのスキルが強力なものであればDランク相当の実力だったとしてもBランクやAランクにすら認定され得るほどスキルとは、探索者にとって重要なものだ。。


 当然、俺は選ばれていない訳だが――Sランクのサナカは当たり前のようにスキルを持っていた。ただ、彼女のスキルは……。


「自分と自分に触れている人や物の姿を“見かけ”だけ任意の物に変じさせるスキル……か。応用力は高そうだけどな」

「あはは……それは師匠が賢くて強いからですよ。馬鹿な私じゃ、今やってるみたいに他人のフリをするくらいしか使いどころが思い浮かびませんし……」

「それでも実際、Sランク冒険者の名声を隠せるんだから実用的だと思うぞ?」

「えへへ……師匠に褒められると嬉しいですねっ」


 彼女のスキルが無ければ、この場はもっと騒がしくなっていたはずだ――色々な意味で。ただ、こういった絡め手が欲しいのは俺みたいに素のスペックが微妙な人間だからで、Sランクになれば、そんな絡め手に頼る必要すらないと言われれば、そうなのだろう。


 それは納得だ。


 過去に1度だけ、Sランク同士の戦いを見たことがある。正直なところ、あれは人間が足を踏み入れて良い領域ではなかった。今思い出しても冷や汗が吹き出して背を伝うほどには……恐ろしい。

 苦い経験を思い出して身震いをすると、部屋の隅から誰かが入室。それに合わせて、周囲の人々が立ち上がった。少し遅れて、俺たちも周囲に合わせて立ち上がる。


「今日もお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」

「師匠……肖像画の人です」

「ああ、あれが極楽結社の指導者――」

「今日も、このススキダが皆様の探索者ライフを支えていきましょう」


 割れんばかりの拍手で出迎えられたススキダ。高級そうなローブに、金やら銀やらの装飾品をピカピカと輝かせている。皮肉なのは、最も輝いて目立つのはその禿げ頭ということだ。

 歳は見たところ――40は超えていそうだった。

 壇上の中央にたどり着いたススキダは、マイクの調子を確かめることを兼ねて「おかけになってください」と、優しくゆったりとした口調で告げる。周囲の人々はその言葉に従って、ゆっくりとイスに腰を下ろした。


 集会所の中にいる数十人の人間が、ススキダの一声に合わせて動く。

 彼は少なくとも、ここにいる人々にとっては教祖のような存在なのかもしれない。


「さて、以前から申し上げている通り……我々の理念は探索者たちにとっての極楽を作り出すことです。それはつまり、一握りの優れた探索者のみが富と名誉を独占する世界の否定です!」


 拳を握りしめて天井へと突き上げるススキダ。安い演説だが、周囲の人々には染み入ったらしい。「おぉ……」とか「そ、そうだ……」という声がぼそぼそと上がった。


「我々は長い研究の末に、どんな探索者でも! 劇的に強くなれる方法を発見しました! そう、誰でもです!」


 振り上げた拳を振り下ろして、ゆっくりと手のひらを広げるススキダ。その動作と言葉に、またも歓声が集った。

 誰でも、劇的に強くなれる。

 そんな魔法みたいな言葉には、必ず裏があるはずだ。いや、そもそも詐欺の可能性が高い。(俺だって似たようなもんだし)


「そ、そんなこと嘘だーっ!」


 一人の男性が声を張り上げて、立ち上がる。受付で配られたローブを投げ捨てて、ススキダに怒声を浴びせた。「そんな怪しい、こ、言葉に騙されるかー!」先ほどとは別の意味で騒がしくなる室内。

 それでも、余裕綽々とした様子のススキダは――「証拠をご覧にいれましょう」と、優しい声色で告げた。


「Dランクから破竹の勢いでBランクになった――チヒロという冒険者は知っていますか?」

「し、知ってるけどそ、それが何だっていうんだよー!」

「彼女は、我々の研究成果を使用した結果……今の実力を手に入れたのです!」


 その言葉に合わせて、端の方からチヒロが姿を見せた。「あ、チヒロちゃんだ」隣に座っていたサナカが声を漏らした。登壇した彼女はススキダの隣に立って、いつもの無愛想な表情を崩さずに「その通り、疑うなら使ってみたら? 強くなりたいんでしょう」と、淡々と答えた。


「そ、そんな――今をときめくチヒロまで使用しているなんてー! う、疑う余地がないよぉー!」


 と、男は叫び席に座った。「あの人、妙に素直でしたね」なんて、サナカが言うものだから「サクラだろ、かなり下手な」と真実を伝えておく。


「つまり、詐欺ってことですか! 人を騙すなんて最低ですね師匠!」

「……」


 その師匠も半分詐欺みたいなもんだけどな……と、心の中で懺悔。ちょっと複雑な気分。

ススキダたちの(寒い)やり取りに意識を戻せば、どうやら本題に入ったらしいようだった。


「我々が開発した新作のダイブマシンを購入さえすれば――誰でもチヒロのようにBランクの探索者になることができます! しかし、このダイブマシンは非常に製作が難しい代物です。限定10台、一つ98万円にて販売いたします!」


 その宣言と共に、チラシがススキダの手でばら撒かれる。一枚手に取って、確認。確かに、他じゃ見たことがない型のダイブマシンだ。詐欺にしては、手が込んでいると言っても良い。

 しかし約100万円か……流石に払えないな。アンに借りる……? いや、後が怖い。「ご購入を希望の方は受付に伝えてくださいね」

 それだけ告げて、裏に引いていくススキダとチヒロの二人。周囲の喧噪は濃くなるばかりだ。


「師匠、どうしたんですか?」

「いや、どうせならダイブマシンを見たかったんだけど……100万円はな」

「あ、じゃあ師匠! 裏側に潜入するっていうのはどうでしょうか!」

「そんなの……いや、いい案かもしれないな」


 そうだ、サナカにはスキルがあるはずだ。

 自分と触れているものの姿を変じさせるスキル。

 ――つまり、それを利用すれば。


 ◆


「あ、ススキダ様とチヒロさん……あ、あれさっきもここを通っては?」

「それは、通るなという意味でしょうか?」

「い、いえ……!」


 こういう風に、楽々と変装をして中に入ることもできるということだ。警備の目をかいくぐって、エレベーターに乗り込んだ俺たち。一つ気になることといえば――。


「どうして手を繋ぐ必要があるんだ?」

「師匠、スキルは私と私が触れているものです。つまり、服に触っても服の見かけを変更することしかできません! 中身の人を変えるなら師匠に触らないといけないんです」

「それもそうか……」


 何故か、強制的にサナカと手を繋ぐハメになったということだ。

 どういう風に見えているのか、よく分からないけど――まぁ、そういう部分はサナカが上手くやってくれているのだろう……多分。

 さっきチラっとみた地図に従って、怪しそうな開発成果保管庫へと向かう。(そのまんま過ぎる名前とも思うが)


 流石に警備の人間を何人も雇う余裕はないのか、警備は手薄。都合がいい。

 エレベーターを降りて、目的の部屋へ。――何事もなく到着。中には、何枚もの資料が置かれていた。まぁ、流石にこっちでは実物を置くわけないか。

 ダイブマシンとなれば現実世界にあるのが自然だ。


「よし、ひとまず変装は大丈夫だな。何が書かれているか……」


 手を離して、サナカから離れて資料に視線を移す。「師匠、こんな大量の文字を読めるんですか……私は、見ただけで目眩が……」なんて零すサナカを適当にあしらいながら、ダイブマシンの資料を探す。

 少し資料を漁れば、すぐに見つかった。手に取って目を通そうとした瞬間に――「師匠!」サナカの声と共に、入り口が開く。


「出口はこちらではないのですが、迷われましたか?」

「……」


 最悪だ。

 資料を置いて、振り返ればそこにはススキダとチヒロの二人が。「これはこれは――新狼サナカさんではありませんか。あぁ、貴方は……最近話題になっている確か、名前は……アサヒさんでしたね」そうやって俺たちの名前を口にするススキダの表情は、不気味なほどにニコニコとしていた。


「行儀が悪い、何が目的? 返答次第では、ここで――」


 背負った槍に手をかけて、チヒロが少しばかり腰を落とした。「まぁまぁ、チヒロさん落ち着いてください」片手を挙げて、ススキダがチヒロを制止。


「新狼サナカさんはSランクです。その気になれば、このビルにいる人間全てが束になっても勝てないでしょう」

「本当にSランクの力があるかは――怪しいですけれど」


 目を細めて怪訝な表情を見せるチヒロ。「安心して、私は別にここの人たちと戦うためにここにいるんじゃないし」それを意にも介さず、サナカは興味もなさげに答えた。


「その通りです。私自身、極楽結社の研究成果というものに興味を惹かれたのですが――98万円という高額な代物です、まずは実物を見たいと思うのが人の心というものでしょう?」

「そして、実物を探していたらここに来たということでしょうか?」

「はい、ご迷惑をおかけしてしまったようで申し訳ありません」


 俺は頭を下げた。いくら怪しさしかない相手とはいえ、やってることは不法侵入だ。バレたら怒られるのは俺たちである。「頭を下げないでください。そも、謝意などないでしょう? 安い芝居ですね」

 流石にバレるか。


「そうですか、ただ興味を持ったのに疑念を抱いてしまったのは真実です。あのサクラを使った分かりやすい茶番が極楽結社では“高い”芝居なのでしょうか?」

「……ふふふ、お気持ちは分かりますよ。来週にはどこの馬の骨とも知れないDランク冒険者とチヒロが戦うのですから。少しでも勝率を上げるために藁にも縋る思いで情報を探っているのでしょう」

「……」


 そりゃ知ってるか。俺の名前も知ってるくらいだもんな。

 俺たちがそうしているように、相手を探るのは当然の行為だ。ススキダだって、俺たちのことを最低限は調べたはず。


「ですが、無駄です。これは詐欺ではありません。実際に、どんな冒険者でも強くなってしまう。奇跡なのです。故に、対策など存在しません。貴方たちに勝ち目もない」

「じゃあ、どうして私には勝てないの?」


 サナカが不意に質問を投げかけた。「奇跡ならさ、私や他のSランクよりもドーンと強くなっていいと思うんだけどなぁ」なんて、悪意を微塵も感じさせない口ぶりで言うのだから恐ろしい。


「……正直にお話をしましょう。この奇跡には上限が存在します。個々人によってね、Sランクへ到達しうる人間はそう多くありません」

「……」


 意外と、サナカは良い言葉を引き出したかもしれない。バレてしまった以上、資料を読んでダイブマシンの詳細について知ることはできない。俺がこれからできるのはその効果を推測することだ。

 個人によって上限がある。

 それは、重要な情報だと直感できた。


「しかし、勝負の結果は明瞭です。チヒロの勝利です」

「当然。弱虫で意気地無しのユウリに負けるわけがないし、おっさんにも偽物のSランクにも負けるつもりはない」

「チヒロはこういっていますが――私は感謝しているんですよ。この一件で注目されれば、我々の奇跡が、より多くの冒険者に行き渡るでしょう。貴方たちは踏み台です」


 チヒロもススキダも、自分たちの勝利を全く疑っていないようだった。まぁ、DランクとBランクを戦わせて、どっちが勝つかなんて聞いたら100人中100人がBランクだっていう。

 この勝負はそれだけ不利なものだ。

 だから、突破口を求めてここに来たというススキダの話も真実。彼の言葉に事実と反するものがあるとすれば。


「自信のほどは分かりました。ですが――簡単に強くなれる奇跡は存在しません。奇跡の裏を予測するには、十分有意義なやり取りができました。本日は帰らせて頂きます」


 もう一度、頭を下げて俺はサナカを連れて退出しようとする。「もう迷わないように、案内をつけましょう」と、ススキダからの釘刺しを受けつつ、俺たちはビルの外へ出た。核心を掴むことはできなかった。

 けれど、情報収集の目的は達成。極楽結社の奇跡の正体、予測することはできそうだった。後は、ススキダという人間について調べる必要があるな。アンに今日のこととススキダについて調査して欲しい旨の連絡を入れておく。

 やるべきことは全てやったので、俺たちは帰宅した。


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