「師匠、明らかにユウリさんが気落ちしています……!」
「だな、よっぽど早く強くなりたかったみたいだ。サナカ……“すぐ”になんて安請け合い、あんまりしない方がいい」
「うっ……ごめんなさい、師匠」
探索者ギルドの
何でも、新作のドリンクが飲みたいらしい。(なんでも、スライムが盛々! 青空ゼリーコーヒーという名前のメニューだ。少なくとも、俺は飲みたいとは思わない)
ユウリは端っこに座って、サナカと同じ新作ドリンクを飲んでいるようだった。その気落ちっぷりは、随分と凄いものだった。
「……!」
なんとも気不味い休憩時間となっていたが、突如ユウリが周囲を伺い始めた。彼女が視線を向けた先は、酒場の受付。新しい客が入ってきたようだった。「ユウリちゃん、ちょっと様子が変だけど……?」彼女の様子を心配したように、サナカがユウリの顔を覗き込んだ。
「え、いや、そ、そんなことは!」
と、動揺を隠せずユウリは椅子から飛び上がった。平静を装うとしているものの――残念ながら、全くもって隠せていない。そんな彼女の挙動不審さに釣られたのか、丁度先ほど入ってきた彼女も、視線をユウリへと向けていた。
こそこそと、他の探索者たちの会話が聞こえる。「あれって、最近頭角を現し始めたBランクの……」「Dランクから一気にBか」なんて声が聞こえ始めた。なんというか、有名な人らしい。
DランクからBランクに一気に上がるなんて、異例中の異例だ。しかも、年齢はサナカと同じくらい。サナカと比べられると感覚が麻痺してしまうが、サナカさえいなければ彼女がホープとして取り沙汰されていただろう。
そんな彼女が俺たちのテーブルに向かって、かつかつと歩いて来た。
「まだ惨めに探索者してたんだ、ユウリ」
「あ、わ、う、ち……チーちゃん」
「その呼び方、やめてって言ったよね」
ユウリにチーちゃんと呼ばれた彼女は、腰にかかるくらいの長い茶色の髪をかき上げた。彼女はユウリを見下したような口調で、バッサリと切り捨てる。「う、ご、ごめん。チヒロ……さん」言い直したユウリから目線を逸らしたチヒロ。
値踏みをするように俺を見て、その隣に座ったサナカへと目線を向けた。
「Sランクの探索者の新狼サナカと……誰、この地味なおっさん」
「お、っさん……!?」
俺はまだ27歳だ!
おっさんなんて呼ばれる歳じゃないと思う。「おっさんじゃないよ、名前はアサヒさん! 私の師匠!」隣でむすっと頬を膨らませたサナカが抗議。Sランクの起源を損ねたとなったら、本来であれば大慌てで謝罪してしかるべきだが――チヒロは全く動じる様子を見せない。
「おおい、サナカがいるぞ!?」
「ま、マジだ! なんで気がつかなかったんだ!」
ざわざわと周囲の客もサナカの存在に気がつき始めたようだった。そんな周囲のざわめきをかき消すように、チヒロがハイヒールを踏みならしてサナカへと迫った。
「ふうん、ねえサナカ。貴方、誰と寝たの?」
「ん、寝る? ちょっと話が分からないなぁ……?」
「白々しい。史上最速のSランク。実際に見て思ったけど、貴方がSランクなんて信じられないわ。何か裏技でも使ったんでしょ? じゃないと、そんな地味なおっさんを師匠とか何とか言ってる小娘が、Sランクになるわけないじゃない」
サナカがどうこう言われるのは別に良いとして。なんで俺にも流れ弾が来るわけだ?
俺が地味なおっさんということには審議を行いたいが――チヒロの言っていることも分かる。
おかしいのは俺を師匠と言うサナカだ。これくらいズレてないとSランクにはなれないという意味合いもあるかもしれないけど。
輝かしい経歴を持つサナカ。その分影だって濃く、深くなる。彼女は今、様々な噂を引き起こしていた。良い噂も、悪い噂も。
「確かに、裏技は使ったかな。師匠の教え!」
サナカは元気いっぱいに俺を指さした。やっぱりサナカってSランクだわ。少なくとも、そのメンタルは。「馬鹿にしてる?」ただでさえ険しいチヒロの眼が、より細く険しく変化する。
「――ユウリ、やっぱ負け犬ね、アンタ」
「そ、それは」
「もしかして、ニュースでも真に受けた? こんなのに頼んで強くなろうとしてたんだ」
「うう……」
視線を再びユウリの方へと戻して、チヒロは詰め寄った。「そんなことよりも、もっと簡単に――」そこまで言いかけたところで、サナカが立ち上がった。
「師匠のこと、あんまり馬鹿にしないで」
「実力行使でもする? 私は構わないけど」
俺のために怒ってくれているのは分かるが、サナカには落ち着いて欲しかった。でも……流石の俺もムカついてきた。
「どうせ嘘ぱっちの詐欺でしょ。ユウリ、こんなのに引っかかるからアンタは負け犬なの!」
「ユウリさんは負け犬じゃないさ」
「口を開く度胸あったんだ。アンタ、ランクは?」
「Dだ」
「え?」
正直にランクを答えたら、ユウリも驚いていた。そういえば、言っていなかった。それを聞いて、チヒロは一笑。侮蔑の目線を俺へと向ける。
「Dランク如きが、同じランクのユウリに何を教えるっていうの? やっぱり詐欺じゃない、そんなカスを師匠っていうSランクも、それに引っかかるユウリも、みーんな負け犬ね」
「教えられることならある。サナカを強くしたみたいに、チヒロさんも強くできるさ――それも“すぐ”に」
「はぁ?」
チヒロの表情が固まった。今の一言は聞き捨てならないという風に、鋭い眼光が俺を穿つ。
「それこそ、チヒロさん――アンタよりも強くな」
「いい? 知ってると思うけど、私のランクはBよ。そこの負け犬ともアンタとも格が違うの」
「チヒロさんも、Dランクだったんだろう。それが瞬く間にBか……なぁ、チヒロさん。サナカに言ったことそのまま返してやろうか? アンタ、誰と寝たんだ?」
「D如きが、調子に――!」
チヒロさんが背負った槍に手をかけて、引き抜いた。槍の穂先が、丁度俺の首下に向けられる。その槍が、俺の首を今すぐにでも貫くというところで「そこまでです」ホログラムが、俺とチヒロの間に立ち上がった。
受付嬢のフィリオールだ。
多分、店内の抜刀行為を感知して出現したのだろう。
「店内での抜刀行為は禁止となっております。従って頂けない場合は、探索者ギルドとしてしかるべき処罰を行いますが……」
「……命拾いしたわね」
槍を背へ戻して、チヒロがそう吐き捨てた。「すぐって言ったな、おっさん」「ああ、すぐって言った」俺は堂々と受け答えをする。
「一週間後、21Fの支部、闘技場で……ユウリと戦わせろ。何を賭ける?」
「じゃあ、私がSランク辞めるよ」
「――は?」
思わず、俺が驚きの声をあげてしまった。今、彼女は自分のSランクを賭けた。「その代わり、師匠が正しいって分かったら、ちゃんと謝ってね。師匠と、ユウリちゃんに」いつもの朗らかな彼女からは想像もつかないほどに、キッとチヒロを見つめていた。
それを聞いて、満足気にチヒロは頷き。
「万が一もないけど、分かった。じゃあ、楽しみにしてるわ」
そのまま、踵を返して店内へ出て行くチヒロ。騒然とする店内。喧噪が広がる中で、焦った様子のユウリが俺に猛抗議。
「か、勝手に――そんなこと、し、しかも! サナカさんのSランクまで!」
「師匠~さっきは私に“すぐ”って使っちゃダメっていったのに、使っちゃいましたね~?」
両側から、引っ張り合いじみた挙動でまくし立てられる俺。
……本当だ。
つい、頭に血が上って見栄を張ってしまった。いや、なんで俺はこう……勢いに任せてしまう癖があるんだろうか。
「む、無理 ですよ! だ、だって、チーちゃんは……Bランクですよ!」
「でも、すぐ前まではDだった。そうだろ?」
「は、はい。で、でも……じゃ、じゃあ私が今から1週間以内にBランクになれるんですか?」
「無理だ」
「師匠~!? 無理なのに、できるって言っちゃったんですか?」
初めて、サナカが俺に噛みついたような気がする。「だが」もちろん、俺だって何の勝算もなく安請け合いをした訳じゃない。
「1週間で、チヒロに勝てるようにはできる」
「なるほど……流石師匠です!」
――かもしれない。という部分は、心に秘しておく。
どうあれ、彼女が強くなりたいという理由もある程度推察できた。彼女があだ名でチヒロのことを呼んでいたことや、PTを追い出されたという経緯、それに簡単に強くしてくれるという極楽結社。
多分、チヒロは極楽結社の力で強くなって……その結果、今みたいな傲慢な性格に変じてしまったんだろう。それをどうにかするために、ユウリは力を欲していたんだ。
「そ、そんな……あんな地道なメニューで……1週間なんて」
「もちろんだ。1週間に間に合わせる。でも、過酷な修練になると思う。大丈夫か?」
「……」
俺は真っ直ぐとユウリを見据えた。
現時点だと勝率は1割にも満たない。でも、それを可能な限り大きくする必要がある。そのためには並大抵の努力と準備ではどうしようもない。俺の問いかけに、決心したようにユウリは頷き。
「はい!」
と、元気よく返事をした。
なら目標は決まった。1週間後の戦いに向けて、できる準備や努力を全てやってチヒロを迎え撃つことだ。