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第10話 幼なじみ

「師匠、明らかにユウリさんが気落ちしています……!」

「だな、よっぽど早く強くなりたかったみたいだ。サナカ……“すぐ”になんて安請け合い、あんまりしない方がいい」

「うっ……ごめんなさい、師匠」


 探索者ギルドの支部ぶっちゃけ、多くの探索者が本部よりもこっちを利用することが多いにある酒場を利用する俺たち。本来なら素直に帰ろうと思っていたが、サナカがどうしてもというのでここに来た。

 何でも、新作のドリンクが飲みたいらしい。(なんでも、スライムが盛々! 青空ゼリーコーヒーという名前のメニューだ。少なくとも、俺は飲みたいとは思わない)


 ユウリは端っこに座って、サナカと同じ新作ドリンクを飲んでいるようだった。その気落ちっぷりは、随分と凄いものだった。


「……!」


 なんとも気不味い休憩時間となっていたが、突如ユウリが周囲を伺い始めた。彼女が視線を向けた先は、酒場の受付。新しい客が入ってきたようだった。「ユウリちゃん、ちょっと様子が変だけど……?」彼女の様子を心配したように、サナカがユウリの顔を覗き込んだ。


「え、いや、そ、そんなことは!」


 と、動揺を隠せずユウリは椅子から飛び上がった。平静を装うとしているものの――残念ながら、全くもって隠せていない。そんな彼女の挙動不審さに釣られたのか、丁度先ほど入ってきた彼女も、視線をユウリへと向けていた。

 こそこそと、他の探索者たちの会話が聞こえる。「あれって、最近頭角を現し始めたBランクの……」「Dランクから一気にBか」なんて声が聞こえ始めた。なんというか、有名な人らしい。


 DランクからBランクに一気に上がるなんて、異例中の異例だ。しかも、年齢はサナカと同じくらい。サナカと比べられると感覚が麻痺してしまうが、サナカさえいなければ彼女がホープとして取り沙汰されていただろう。

 そんな彼女が俺たちのテーブルに向かって、かつかつと歩いて来た。


「まだ惨めに探索者してたんだ、ユウリ」

「あ、わ、う、ち……チーちゃん」

「その呼び方、やめてって言ったよね」


 ユウリにチーちゃんと呼ばれた彼女は、腰にかかるくらいの長い茶色の髪をかき上げた。彼女はユウリを見下したような口調で、バッサリと切り捨てる。「う、ご、ごめん。チヒロ……さん」言い直したユウリから目線を逸らしたチヒロ。

 値踏みをするように俺を見て、その隣に座ったサナカへと目線を向けた。


「Sランクの探索者の新狼サナカと……誰、この地味なおっさん」

「お、っさん……!?」


 俺はまだ27歳だ!

 おっさんなんて呼ばれる歳じゃないと思う。「おっさんじゃないよ、名前はアサヒさん! 私の師匠!」隣でむすっと頬を膨らませたサナカが抗議。Sランクの起源を損ねたとなったら、本来であれば大慌てで謝罪してしかるべきだが――チヒロは全く動じる様子を見せない。


「おおい、サナカがいるぞ!?」

「ま、マジだ! なんで気がつかなかったんだ!」


 ざわざわと周囲の客もサナカの存在に気がつき始めたようだった。そんな周囲のざわめきをかき消すように、チヒロがハイヒールを踏みならしてサナカへと迫った。


「ふうん、ねえサナカ。貴方、誰と寝たの?」

「ん、寝る? ちょっと話が分からないなぁ……?」

「白々しい。史上最速のSランク。実際に見て思ったけど、貴方がSランクなんて信じられないわ。何か裏技でも使ったんでしょ? じゃないと、そんな地味なおっさんを師匠とか何とか言ってる小娘が、Sランクになるわけないじゃない」


 サナカがどうこう言われるのは別に良いとして。なんで俺にも流れ弾が来るわけだ?

 俺が地味なおっさんということには審議を行いたいが――チヒロの言っていることも分かる。


 おかしいのは俺を師匠と言うサナカだ。これくらいズレてないとSランクにはなれないという意味合いもあるかもしれないけど。

 輝かしい経歴を持つサナカ。その分影だって濃く、深くなる。彼女は今、様々な噂を引き起こしていた。良い噂も、悪い噂も。


「確かに、裏技は使ったかな。師匠の教え!」


 サナカは元気いっぱいに俺を指さした。やっぱりサナカってSランクだわ。少なくとも、そのメンタルは。「馬鹿にしてる?」ただでさえ険しいチヒロの眼が、より細く険しく変化する。


「――ユウリ、やっぱ負け犬ね、アンタ」

「そ、それは」

「もしかして、ニュースでも真に受けた? こんなのに頼んで強くなろうとしてたんだ」

「うう……」


 視線を再びユウリの方へと戻して、チヒロは詰め寄った。「そんなことよりも、もっと簡単に――」そこまで言いかけたところで、サナカが立ち上がった。


「師匠のこと、あんまり馬鹿にしないで」

「実力行使でもする? 私は構わないけど」


 俺のために怒ってくれているのは分かるが、サナカには落ち着いて欲しかった。でも……流石の俺もムカついてきた。


「どうせ嘘ぱっちの詐欺でしょ。ユウリ、こんなのに引っかかるからアンタは負け犬なの!」

「ユウリさんは負け犬じゃないさ」

「口を開く度胸あったんだ。アンタ、ランクは?」

「Dだ」

「え?」


 正直にランクを答えたら、ユウリも驚いていた。そういえば、言っていなかった。それを聞いて、チヒロは一笑。侮蔑の目線を俺へと向ける。


「Dランク如きが、同じランクのユウリに何を教えるっていうの? やっぱり詐欺じゃない、そんなカスを師匠っていうSランクも、それに引っかかるユウリも、みーんな負け犬ね」

「教えられることならある。サナカを強くしたみたいに、チヒロさんも強くできるさ――それも“すぐ”に」

「はぁ?」


 チヒロの表情が固まった。今の一言は聞き捨てならないという風に、鋭い眼光が俺を穿つ。


「それこそ、チヒロさん――アンタよりも強くな」

「いい? 知ってると思うけど、私のランクはBよ。そこの負け犬ともアンタとも格が違うの」

「チヒロさんも、Dランクだったんだろう。それが瞬く間にBか……なぁ、チヒロさん。サナカに言ったことそのまま返してやろうか? アンタ、誰と寝たんだ?」

「D如きが、調子に――!」


 チヒロさんが背負った槍に手をかけて、引き抜いた。槍の穂先が、丁度俺の首下に向けられる。その槍が、俺の首を今すぐにでも貫くというところで「そこまでです」ホログラムが、俺とチヒロの間に立ち上がった。

 受付嬢のフィリオールだ。

 多分、店内の抜刀行為を感知して出現したのだろう。


「店内での抜刀行為は禁止となっております。従って頂けない場合は、探索者ギルドとしてしかるべき処罰を行いますが……」

「……命拾いしたわね」


 槍を背へ戻して、チヒロがそう吐き捨てた。「すぐって言ったな、おっさん」「ああ、すぐって言った」俺は堂々と受け答えをする。


「一週間後、21Fの支部、闘技場で……ユウリと戦わせろ。何を賭ける?」

「じゃあ、私がSランク辞めるよ」

「――は?」


 思わず、俺が驚きの声をあげてしまった。今、彼女は自分のSランクを賭けた。「その代わり、師匠が正しいって分かったら、ちゃんと謝ってね。師匠と、ユウリちゃんに」いつもの朗らかな彼女からは想像もつかないほどに、キッとチヒロを見つめていた。

 それを聞いて、満足気にチヒロは頷き。


「万が一もないけど、分かった。じゃあ、楽しみにしてるわ」


 そのまま、踵を返して店内へ出て行くチヒロ。騒然とする店内。喧噪が広がる中で、焦った様子のユウリが俺に猛抗議。


「か、勝手に――そんなこと、し、しかも! サナカさんのSランクまで!」

「師匠~さっきは私に“すぐ”って使っちゃダメっていったのに、使っちゃいましたね~?」


 両側から、引っ張り合いじみた挙動でまくし立てられる俺。

 ……本当だ。

 つい、頭に血が上って見栄を張ってしまった。いや、なんで俺はこう……勢いに任せてしまう癖があるんだろうか。


「む、無理 ですよ! だ、だって、チーちゃんは……Bランクですよ!」

「でも、すぐ前まではDだった。そうだろ?」

「は、はい。で、でも……じゃ、じゃあ私が今から1週間以内にBランクになれるんですか?」

「無理だ」

「師匠~!? 無理なのに、できるって言っちゃったんですか?」


 初めて、サナカが俺に噛みついたような気がする。「だが」もちろん、俺だって何の勝算もなく安請け合いをした訳じゃない。


「1週間で、チヒロに勝てるようにはできる」

「なるほど……流石師匠です!」


 ――かもしれない。という部分は、心に秘しておく。

 どうあれ、彼女が強くなりたいという理由もある程度推察できた。彼女があだ名でチヒロのことを呼んでいたことや、PTを追い出されたという経緯、それに簡単に強くしてくれるという極楽結社。


 多分、チヒロは極楽結社の力で強くなって……その結果、今みたいな傲慢な性格に変じてしまったんだろう。それをどうにかするために、ユウリは力を欲していたんだ。


「そ、そんな……あんな地道なメニューで……1週間なんて」

「もちろんだ。1週間に間に合わせる。でも、過酷な修練になると思う。大丈夫か?」

「……」


 俺は真っ直ぐとユウリを見据えた。

 現時点だと勝率は1割にも満たない。でも、それを可能な限り大きくする必要がある。そのためには並大抵の努力と準備ではどうしようもない。俺の問いかけに、決心したようにユウリは頷き。


「はい!」


 と、元気よく返事をした。

 なら目標は決まった。1週間後の戦いに向けて、できる準備や努力を全てやってチヒロを迎え撃つことだ。


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