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第9話 実戦見学

 摩天楼ヤオヨロズは、1F~5Fはデジタル首都“電京”と呼ばれる、巨大な安定居住区となっている。六大勢力と呼ばれる中ギルドたちは、電京内で物品の売買ができるように様々な施設を整えて行った。(ダンジョン内の物を外へ持ち運ぶより、中で加工した方が手間も暇もかからない)

 5Fには探索者ギルドの本部があり、6F~9Fはサナカと向かった初心者用のダンジョンがあり――そして今俺たちがいる10Fには。

 探索者向けの商業区と摩天楼ヤオヨロズの、本当の入り口が存在する。


「お、遅れました……ちょっと、準備をしてて」

「ユウリちゃんって中でも紙袋被ってるんだね!」

「は、はい……そ、その自分に、自信がなくて……」


 すっぽりと紙袋を被ったユウリ。軽装と言って差し支えない装備で、背には大きな盾が背負われていた。装備とのチグハグさを受けるが、盾を装備しているところを見るに……彼女はタンクの役割を担っているらしい。


「ユウリさん、タンクだったんだな」

「は、はい……その、私以外誰もやる人がいなくて、もうそのPTは追い出されちゃいましたけど……あはは」


 うつむいて自嘲気味に笑うユウリ。その姿が、俺は少し嫌だった。


「追い出されたのか、どうして?」

「……私が、弱いからです」

「なら、強くなって見返したらいい」


 なんて俺は柄にもなく彼女を励まして、11Fへと向かった。専用のエレベーターに乗り込んで、上昇負荷を感じながら一分ほど待つ。すると、軽妙な音と共に扉が開いて――目の前に広がるのは一面の草原。

 これが11F~20Fまでに広がる階層。“始まりの草原”だ。閉塞感のあった6F~の階層と比べて、ここは広々とした空間と自然が特徴的なダンジョン。青空も太陽もどういう訳か存在する。


「さてエネミーは……いた」


 ちょっと遠くにエネミーが見えた。あれは、石像小僧と宝石布とオークの混合PTか。石像小僧と宝石布は初心者用ダンジョンでも出現する最下層エネミーで、オークは始まりの草原から現れるエネミーだ。

 Dランクのチームなら苦戦もせず倒せる相手だが――ユウリ一人ではどうなるかは少し分からない。「いけるか?」と俺は彼女に確認。


「は、はい……! 頑張ります!」


 その返事を言った瞬間、ユウリは盾を取り出してそのままダッシュ。エネミーの群れへと向かっていった。


「サナカ、危なかったら助けてあげてくれ」

「はい!」


 彼女の戦いの邪魔にならない位置まで近づいて、バックアップの準備をする。大盾を構えた彼女は、エネミーの攻撃を真正面から受け止めていた。石像小僧の突進も、宝石布の魔法も、オークのハンマーも、全て盾で受けきっている。

 防御性能は高い。

 火力のない攻撃は真正面から受け止め、魔法も受け止められるような盾をしっかり装備しているし、ハンマーのような響く攻撃は逸らすことで真正面から受けないように調整している。


 同じDランクの冒険者PTなら、彼女が力不足と呼ばれることはないほどに安定した振る舞いのように感じた。ただ――物足りないと感じる。それは、彼女がこのままCやBを目指そうとなった時に感じるものだ。


 オークが俺たちに気がついたのか、目の前にいるユウリを無視。そのまま、ハンマーを振り回して向かってきた。


 一歩、二歩、と俺の前に立ったサナカが鎌を振り抜けば――。オークの身体は綺麗に真っ二つに。「あ、つい倒しちゃいましたっ!」と、自分のうっかりを自覚したようだった。とはいえ、ユウリが追いついて倒せていたかは微妙なので、サナカの判断は正しかったと言える。


 その後、石像小僧と宝石布をしっかりと倒したユウリ。

 消えて行くエネミーを見送って、俺は彼女に話しかけた。


「お疲れ、今回のオークみたいに他のメンバーが狙われることは多いのか?」

「そ、そうですね。結構……よくあります」

「そうか、疲れていないなら後何戦か見させてくれ」

「は、はい!」


 そうして、俺とサナカはユウリが戦う様を何度か眺めた。


「サナカはどう思う? ユウリについて」

「えー、私ですか? 師匠ほどちゃんと分かってるわけではないですが……」


 戦っているユウリを見ながら、俺はサナカに意見を求めた。

 サナカは謙虚な前置きして、一呼吸。


「そうですね、Dランクであることは疑いようもない……と思います。けれど、積極性に欠けていると思います」

「俺も同じ意見だな」

「本当ですか! やった~~! 師匠と同じ意見だーっ!」

「そんなに喜ばなくても良いと思うけど……」

「だって、私も師匠らしくなってきたということですよ! 嬉しいに決まってます」


 それを言われると余計に喜ぶことじゃないと言ってあげたくなる。


 ……言わないけど


「ど、どうでしたか?」


 エネミーとの戦闘を終えたユウリが帰って来た。最初のと合わせてトータル4戦、息が上がっている様子はない。スタミナだって十分にあると思える。

 ただ、サナカがさっき指摘した通り――。


「ユウリさん、君の実力はDランク探索者と考えるなら十分にあると思う。けれど、これ以上強くなろうと考えているなら、不足していると言わざるを得ない」

「で、ですよね……じゃ、じゃあどうすれば」

「まず、俺の考えとしてはユウリさんは脅威じゃないんだと思う」

「脅威じゃ……ない?」


 俺は首を縦に振った。そして、その理由を説明する。

 4回の戦いで、いくつか分かったことがある。まずオークや呪馬のような最下層じゃないエネミーは、ユウリから離れて俺たちを狙うことが多かった。一方で、石像小僧やスライム、宝石布というような最下層エネミーは盾で守りを固める彼女に釘付け。


 実際、彼女の防御は堅実だった。


 多種多様な攻撃に合わせて、しっかりと必要な防御手段を選ぶことができていた。でも、タンクを熟すならそれだけじゃ足りていない。


「ある程度頭が回ったり、強いエネミーに対して脅威が低くなったりした結果……ユウリさんの優先順位が下がるんだ。ユウリさんは反撃が上手くできていなかった、だから堅くてめんどくさいけど無視できる敵……と思われたんだろう」


 俺が知っている一流のタンクは、自分勝手だったけど真っ先に敵陣に突っ込んで大暴れしていた。敵集団のヘイトを一身に集めながら、攻撃を受けつつも倒れないタフネスと十分に脅威になり得る火力があったと思う。

 ユウリはレベルに見合った、それ以上の防御力はある。でも、脅威になり得る攻撃力がなかった。それが、原因ではないだろうか。


「今は一人で戦って貰ったから、本領が発揮できていないのかもしれない。けれど、PTでも他のメンバーが狙われることが多いと言っていたし、同じことが起きていると俺は思う」

「そ、そうですね。どうしても、戦っている相手の……手数が多いと、い、いつ攻撃していいか分からなくて。ちゃんと攻撃を防がないとって思うと……防御することばかりに、意識が向いちゃって」

「なら、そうだな。ユウリさんはこれから電脳率を引き上げる訓練、現実世界での身体能力を向上させる訓練。この二つを続けながら、ここに来て一人で戦った方がいい。もっと積極的な動きに慣れるところから始めた方がいいと思う」

「は、はい……」


 それでも、まだユウリは納得していないようだった。多分、その理由は分かる。彼女が言うように“すぐ”ではないからだ。ただ、何事も近道はない。

 こういうのは、コツコツ積み重ねる以上の方法はないと思う。少なくとも、そんな魔法を俺が知っていれば、自分に使いたいくらいだ。俺だって、サナカみたいにSランクになりたい。


 それに、俺は別にアドバイザーではないんだ。強くするっていうのもただの誤解だし。この仕事だって断ろうと思っていた。そこを引き受けて、それなりに的確なアドバイスをしたんだ(Sランクのサナカも同じ意見だったし)もう自分の役目は果たしたはず。


「よし、方針は決まったな。10Fに戻るか。焦る気持ちも分かる、けど俺の“すぐ”はこういう方法だ。極端すぎる近道なんて、ロクなもんじゃないぞ」


 なんて、ちょっとそれっぽいことも言っておこう。「わ、分かりました……」気落ちした様子のユウリを連れて、俺たちは10Fに戻った。結局、彼女がどうして強くなりたいかは聞かないままだったな。

 何か事情があるんだろうけれど、その事情に踏み込む必要はない。

 エレベーターに乗り込んで、金属の箱は10Fへと俺たちを連れて行った。


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