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第6話 探索者試験

「アサヒ! いつまで片付けに時間かけてるんだ。この程度の仕事くらい、さっさと終わらせてくれよ」

「わ、悪い……今回の返り血、結構残りがキツくてさ」

「ったく、装備の手入れもまともにできねぇんじゃ、いよいよお前を俺たちのPTに置いてやる理由がなくなるなぁ、おい!」


 俺の胸ぐらを掴んで、男は怒鳴る。ダンジョンでの激しい戦闘を終えて疲れた俺の身体にこれは堪えた。「もう、ユウト君……あんまりアサヒ君を虐めちゃだめだでしょ」

 コツン、とユウトの頭に真っ黒な傘の先が当てられた。


「セレナ……お前はアサヒに甘いよな。まぁいい、ちゃんと明日には間に合わせろよ、アサヒ!」


 俺から手を離して、ユウトは捨て台詞を残して部屋から出て行った。「アサヒ君もさ~、もうちょっとちゃんと言い返したらいいのに」傘をくるりと回して、彼女――セレナは腰に手を当てて肩をすくめた。

 セレナはチームのサブリーダーであり、俺に当たりがキツいユウトとの仲をいつも取り持ってくれた。俺たちのPTが喧嘩別れせずに、今まで円満に続いているのは彼女のお陰といっても過言ではないだろう。


「ユウトの言ってることも間違いじゃないからな――ユウトみたいに実力がある訳でも、ガンケンみたいにタンクができるわけでも、セレナさんみたいにヒーラーとサポーターを兼任できるわけでもないし」

「全然ダメダメだね」

「そう、俺は足手まといだからせめてこういう雑用で――」


 距離を詰めたセレナさん「そういう意味じゃなくて」額にセレナのデコピンが炸裂。痛い訳じゃないが、ちょっと驚いた。


「アサヒ君にも良い所は沢山あるんだから、それを自覚しないと!」

「……」


 雨上がりの太陽みたいな笑顔で、セレナはそう断言した。彼女の繊細な動作につられて動く朱色の髪が、やけに眩しく見えた。「じゃあ、具体的には?」

 ちょっと悔しいというか、恥ずかしいというか、対抗心が出てしまったので……俺はセレナに言い返した。すると、彼女は人差し指を頬に当てて、うーんと考え始める。「やっぱりないでしょ」と、意地悪を言うが――。


「いっぱいあるからなぁ。でも、優しいし気が利く!」

「セレナさん――それ、褒めるところがない時に使う言葉だって」

「えー、本当なのに! アサヒ君のそういうところ……アタシは好きだよ」


 真っ直ぐと俺を見据えて、セレナは恥ずかしげもなく言い放った。「セレナさん、あんまりそういうこと軽く言うのはやめた方がいいと思うけどな」面と向かって、彼女にそう言われるのはこそばゆい。

 だから、俺は素直に受け取れずにいつもこうして返してしまう。彼女は博愛主義者なのは間違いがない。ただ、その好意にどれほどの熱量で返すべきなのかが分からない。


「軽くはないのに――そうだ、手伝うよ私も!」

「セレナさんも疲れてるだろ、俺に任せて――」

「疲れてるのはアサヒ君も一緒でしょ。それに二人でやれば効率も2倍。時間だって半分になるんだから」

「……こういったら、もうセレナさんは聞かないもんな。ありがとう、助かるよ」

「ふふん、素直でよろしい」


 そうして、俺たちは肩を並べて片付けを始めた。

 思い返せば――懐かしい、遠い記憶。

 ああ、あの時は本当に……夢のような……。


 ◆


【2XXX年――人類は新天地を目指すこととなりました。電脳世界です。

 宇宙開発競争があったように、電脳世界の開発競争は過熱すると同時に協調路線も模索されました。その結果誕生したのが世界電脳研究機関――WCSOでした。


 電脳技術の確立は素晴らしく早いものでした。WCSOは、世界中に向けて完成披露会を企画します。しかし――披露会前日にWCSOの幹部たちは揃って不審死を遂げてしまいました。


 それから数日、大規模な電波障害が世界中で発生。


 復旧後、プレリリースされていた電脳世界は大幅なアップデートを加えられていました。そのクオリティは飛躍的に上昇し、第二の現実といって差し支えないほどになっていました。そして、電脳世界に写し取られた世界に散らばった9つの巨大なダンジョン。


 ここ、日本では“摩天楼ヤオヨロズ”と呼ばれるダンジョンが確認されました。

 我々“運営”はこのダンジョンに挑む勇気ある“探索者”を求めています! 危険はそうありません、でもリターンは沢山!

 今すぐ探索者登録をして使い切れないほどの富と、飽きるほどの名声を手に入れましょう! 運営は、貴方が英雄になるサポートを惜しみません!】


「……ん」


 頭に突き刺さる勇ましい音楽が、俺の目覚ましだった。

 ……懐かしくて、嫌な夢。

 目覚めは最悪だ。それもこれも、探索者ギルドの教材ビデオが最悪につまらないのが悪い。俺が初めて探索者試験を受けた時と全く変わっていない。本来、こういう場所に金をかけるべきだと、俺は思う。


 当時の俺は、この映像を見て……自分の探索者人生に心を躍らせていた。

 それがどうだろう。

 今じゃ何の感動もない。途中で眠るくらいだし。

 唯一評価できるのは短くまとまってることくらいだろうか。今じゃ誰もが歴史の授業で学ぶくらいの情報量しかないんだから当然だが。


 ぱちぱちぱち。


 拍手の音が背後から聞こえてきた。ああ、正確には俺一人じゃなかった――最も、彼女を“人”とするのなら、だけど。


「はい。運営が用意した教材ビデオはこれにて終了です。ご視聴、お疲れ様でした」


 無機質な合成音声が、美しい女性から垂れ流された。人形のように固定された表情は一切変わらず、その小さな口は恐らく何百回も繰り返したであろう決まり文句を言うだけだった。「では、手続きを続けますのでどうぞこちらへ」姿を消したかと思えば、出口付近に現れてお辞儀。また消失。

 彼女の冷淡な態度に文句はない。俺はイスから立ち上がって、そのまま出口を目指した。


 探索者ギルド――専らダンジョン周辺の権限を全て握る“運営”の組織だ。この電脳世界において“運営”は国よりも強い権力を持っている。探索者の登録から、そのランク分けに至るまで。

 あるいはダンジョンに関するあらゆる雑務。またはダンジョン内に点在する拠点の運営まで、その全てを“運営”は一手に担っていた。その正体が分かっていないのだから、恐ろしい。


「あ、師匠。どうでしたか、教材ビデオは!」

「まぁまぁだったな」

「次は適性面接ですよね! それにしても、師匠にもう一度探索者認定を受けさせるなんて大ギルドも失礼です!」

「まぁ定期更新を怠った俺のミスだからな……」


 人通りのない廊下を歩いて、俺はため息を吐いた。もう一度探索者認定を受けなければならないというのもそうだが――当然のように俺の弟子面をしている、Sランク探索者……新狼サナカにも辟易としていた。


 結局、あのニュースが放映された数時間後にサナカは俺の家に帰ってきた。俺の連絡先を公開したことについては、しっかりと絞っておいた。とはいえ、サナカが反省しても起きたことはなくならない。

 なら、起きたことがプラスになるよう利用するのが利口なやり方だ。

 というわけで、失効した探索者認定を取り戻すために探索者ギルドにやってきたんだ。


「師匠はどうして定期更新を止めたんですか? 師匠ほどの探索者が一線を退くのは日本の――いえ、世界の損失と言えるでしょう! それに、引退という歳でもないと思います」


 サナカの俺への信頼感は一体どこから湧き出てくるものなのだろうか。世界どころか、日本……いや、1つのPTにとっても損失ではないと思う。「辺獄に移ってから、そっちの仕事が忙しくてな」なんて、正直に言わずに見栄を張る俺も悪いんだけどな。

 俺の適当な返事を聞いて、サナカは目をキラキラとさせて追撃を加えてきた。


「私に教えてくれたような、後進育成ですね。なるほど、探索者を極めた師匠はそのノウハウと強さを伝授して、探索者という業界そのものの活性化を考えていた――何手先をも見据えた深い考えがあったんですね!」

「……あ、ああ。そうだな」


 もう勝手にしてくれ、という意味での返事だ。決して、彼女の誇大な深読みを肯定したわけじゃない。「師匠が一線を退く前のPTはどんなPTだったんですか?」

 なんて、サナカの追撃は止まらない。


「師匠が宣伝文句としても使用している“最強PT”ですよね!」

「あー、それか……」

「はい、師匠に会えたら聞こうと思ってたんです!」


 キラキラとした無邪気な視線が俺に刺さる。あんまり昔のPTの話はしたくない。どうにか逃げられないかと考える――「あ」方法を思いついた。というより、救いの糸が向こうからやってきた。


「話したいところだが――到着だ、面接室に」

「残念ですが……またの機会にしますね。私はここで良い子にして待ってます!」

「別に待ってなくていいって……適当に外で時間を潰してていいぞ」

「ダメです! 師匠が探索者認定を終えたらお祝いに私イチオシの店に行くって決めてるんですから! それで、その店で色々話を聞きます!」

「はぁ、そうか。まぁ好きにしてくれ」

「はい!」


 結局、問題の先送りにしかならなかったな……時間が稼げただけでも良しとしよう。


 気を取り直して俺は面接室の扉をノック、そのまま俺は開けて中へと入る。

 電脳世界で飯を食べる文化はある……けど、俺にはそれの良さが何一つとして分からなかった。ここで変に反対するの面倒臭そうだ。


 簡素な面接室。壁も床も無機質で、ぽつりと中央にイスが置かれているだけだった。俺が腰掛けると、目の前に先ほどの女性が現れた。フィリオール……摩天楼ヤオヨロズの1F~10Fまでを担当する受付嬢であり、探索者ギルドが擁する超高性能AIだ。

 5Fに本部を置く探索者ギルドの対人作業、その全てを彼女が担当している。一見すると、人と全く変わらない風貌に仕草だ。彼女の完成度を見るだけでも、探索者ギルドの技術力がうかがい知れる。


「おはようございます。既に一度お受けになられたアサヒ様はご存じでしょうが、適性面接は堅苦しいものではありません。自然体で受けてください」

「分かった」

「はい。アサヒ様はどうして再び探索者を?」

「……生活に困ったんだ。楽に稼げると思ってな」


 まぁ嘘ではない。

 戻る気なんてこれっぽっちもなかったけれど、状況が変わってしまった。ただ、そんなことを事細かにAIに説明してやる義理もない。


「では、どうして定期更新をお止めに?」

「……たまたまだ」

「それは考えにくいですね。我々は各種サービスの通知については一部利用者から苦情を頂くほどに送っているはずですが」

「よくお分かりで、あれがうざくてスパムに入れたんだ」

「探索者用のWebサービスでは、運営の通知はそうした処遇ができないはずですが」


 仰る通りだ。流石はAI。的確な返答と、凄まじく事務的な対応をしてくれる。正直なところ、どうして探索者を辞めたかは……話したくない。

 それが例え、血の通っていないAIであってもだ。


「黙秘ですか――構いません。定期更新ができなかった探索者は一律Dランクからの開始となっております。よろしいでしょうか?」

「構わない。というか、よろしくなくてもどうしようもないだろ?」

「はい。私では対応致しかねます」


 だったら首を縦に振るしかない。俺の同意を確認したところで「では、適性面接も合格です。二度目の門出、祝福いたします」ぺこりと下げられた頭。本当に事務的な対応だ。

 愛想の一つだって感じさせないところは、むしろプロ意識すら感じてしまう。


「お持ちのギルドカードは既に更新されております。これでアサヒ様は正式に探索者に戻ったということですね。前回の不正入場の件は――サナカ様の申し立てにより、不問となりました」

「……サナカが?」


 映像も撮られて、ニュースにも取り上げられたんじゃ流石にバレてるか。

 でも、サナカがそんなことをしてるなんてちょっと驚きだった。


「はい。それと……アサヒ様は現在少なからず注目を浴びています。くれぐれもご注意を」

「……忠告ありがとう」

「それでは、本日はお疲れ様でした。またのご利用をお待ちしております」


 もう一度頭を下げたフィリオールに見送られて、俺は面接室から退出した。注目か……嫌な奴にも知られてなければいいけど。


「あ、師匠どうでした?」

「Dランクからだ。Sランクのサナカとは仕事も違うだろうし、別に無理して一緒に――」

「Dランク!? ほんっとうに大ギルドはセンスがありませんね、今すぐにでも抗議を――」

「規則なんだから仕方ないって……!」


 我がことのように憤るサナカ。そのエネルギーはもっと有意義なことに使えると思うが――それに、抗議されて変に俺の情報が知られる方が不味い。「でも……! 私がSランクなんだから師匠はSSSくらいあっても――」良い訳がない。

 探索者のランクは以下のように分けられている。


【Eランク:新人探索者。見習い上がりや探索者学園上がり

 Dランク:運営より一人前と認められた探索者たち。現任の受付嬢からの推薦が必須。

 Cランク:Cランク認定試験の合格が求められる。一流探索者たち

 Bランク:様々な条件によって認められる。超一流と言われる探索者たち。

 Aランク:厳しい条件によって認定される最上位の実力者。

 Sランク:ズバ抜けた怪物。現在該当者は9名のみ。


 EXランク:特別な能力が認められたものたち。C~A、果てはSにも届きうると呼ばれるような玉石混交】


 という風に分けられており、ブービーながら、Dランクも決して探索者として実力が低いと見られているわけではない。ただ、サナカにとってはそうじゃなかったらしい。

 興奮冷めやらぬ彼女を止めるため、何か気を逸らすのに良い物は……あ。


「そうだサナカ。ご飯を食べに行くんだろ? 俺もサナカのオススメが楽しみだったんだよ」

「あ、そうでしたね! よし、行きましょう! オススメのエネミー料理屋があるんです!」

「ああ、行こうか……え、今なんて?」

「エネミー料理屋です。現実世界じゃ食べられないような珍しい料理がたーくさんあるんですよ!」


 ま、まさかサナカがゲテモノ好きだったとは。帰りたい、凄く帰りたい。

 意気揚々と歩き始めるサナカ――その背中が、小さくならないうちについていかないと。そんな死地へ向かわされる俺に、天から救いがもたらされた。

 ぴろりん。

 軽快な電子音と共に、メールが届いた。「あ、ちょっと待ってくれ」サナカを呼び止めて、ホログラムを立ち上げてウィンドウを表示。アンからだ。


『暇ならウチに来るように』


 こういう時の“暇なら”っていうのは、アン語で“至急”って意味だ。ガキ大将メンタルの彼女に、他人の都合を慮ることは難しい。というか、そもそも慮る必要もない。

 でも、今日という日はよくやった!


「悪いサナカ、アンさんから連絡が来た。何かトラブルかもしれない――急ぐから、俺は戻ろうと思う」

「あ、そうなんですか……ちょっと、残念です……」


 と、露骨に気落ちするサナカ。俺にもほんの少しでも罪悪感を覚える良心があったことに驚きつつ、それ以上に大きなゲテモノを食べずに済む喜びに身を任せて「サナカは楽しんでくれ」と、伝えて帰る準備を整える。


「トラブルなら私も一緒にいきます! これが終わったら食べに行きましょうね!」

「あ、ああ――そうだな」


 訂正、罪悪感を覚える必要はなかった。

 結局寿命が延びただけ。先延ばしになった時間で、さらに上手い言い訳でも考えておくか……。半分諦めた俺は、サナカと共に現実世界へと戻った。

 さて、アンの急用は一体何なのだろう。

 ロクなことじゃないのは確かだ。


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