「再生能力は変わらずか――ん」
今しがたサナカがつけた傷を見て、ゴーレムの再生にある違和感を覚えた。
まだ言語化ができないけれど――何か、重大な秘密が隠されているような気がしてならなかった。
「師匠、ハナちゃんは無事です!」
「……そこにあるんだ、落葉華! お願い、とって!」
「分かってる、だから大人しく待ってろ。サナカ、俺が落葉華を取る。ゴーレムの相手は頼めるか」
「もちろんです!」
サナカが抱えてきたハナに返事。彼女は俺たちの後ろで大人しく待ってて貰う。先行した彼女に続いて、俺は滑り込むように加速。サナカの一閃に合わせて、ゴーレムの背後を取る。
目標の落葉華は目の前だ。
これを抜くには少しコツがいる。根から引き抜こうとすると、力と手間が結構かかるんだが――左右に揺らすように抜くと、割合簡単に抜けるのだ。
「採れた。サナカ、もう大丈夫だ!」
視線を華からサナカへ。
丁度、ゴーレムの再生が始まっているところだった……やっぱり、その再生風景に違和感を覚える。でも、今はそれよりも離脱が優先だ。「これで満足だろ! 離れるぞ、サナカ」そう声をかけて、俺たちは一斉に駆け出す。
ハナも、流石に大人しく抱かれている様子だった。
「……ありがとう」
「礼を言うのは出てからにするんだな」
「大丈夫ハナちゃん。師匠はちょっと照れ屋なだけだから!」
「……」
俺のことを何も知らないだろう、なんて言えるわけがなかった。
当然のように俺たちを追ってくるゴーレム。ただ、このままだったら逃げ切れる。区画と連絡路を走り、目的地を目指す。俺たちが目指すのは9Fの階段だ。そして9Fを抜けたらそのまま10Fの休憩階層に――。
ポーン。
これからの算段を立てていると、嫌なチャイムの音が響いた。
もう勝ち確だと思って油断していた!
ポーン。ポーン。
その音と共にダンジョンのギミックが作動。
目の前の道が突如行き止まりへと変じた。最悪だ、よりにもよって行き止まり! 当然、背後からはゴーレムが迫っている。
「ハナちゃん、ちょっと降ろすね!」
その状況にいち早く気がついたサナカの行動は早かった。
ハナを降ろしたかと思えば、身を屈めて本日何度目かも分からない跳躍。その後に鎌を引き抜いて、横に一閃。
「ガアア!」
しかし、すぐさまに反撃。
サナカを吹き飛ばして壁へ激突させた。今までの行動よりも反応速度が上昇している気がしてならない。そして、お決まりの再生だ。
――ようやく、違和感の正体が分かった。
「師匠、どうしましょう」
「もう一度同じ攻撃を頼む」
「え、意味ないって見てたでしょ?」
俺の言葉に困惑するハナ。しかし、サナカは「分かりました!」と、二つ返事で再び跳躍。鎌を横に振り、ゴーレムの身体を裂いた。さらに反応速度が上昇したであろう反撃を、今度は華麗にサイドステップでいなす。
やっぱりそうだ。
さっきの気づきが確信に変わった。
「ほら、全然効いてない!」
「サナカ――もう一回だ」
「それに何の意味が……」
俺の意図が分からないハナは、もどかしそうに呟く。それでも俺はサナカにもう一度、攻撃を頼んだ。「もっちろんです!」こういう時、サナカの従順さは助かる。
さっきまでと違うのは――サナカの攻撃に合わせて、俺も疾駆したということ。
大きく振り構えた鎌、それが振り下ろされる瞬間。
ゴーレムとの距離を詰めた俺は、神経を尖らせた。サナカの攻撃によって裂かれるゴーレムの身体。次の瞬間から、ゴーレムの身体は復元されていく――そうだ、この時を待っていた。
「右、縦斬り!」
「はい!」
ゴーレムが振り下ろした反撃を喰らいながらも、サナカは俺の指示通り的確な斬撃を放った。断たれ、砕かれたゴーレムの身体から――俺は“それ”を発見。この隙を逃さず、奪取。
――人がつけるようなペンダント、その残骸。
それが、ゴーレムの身体の中にあったのだ。俺は元から壊れかけていたその残骸を、地面に投げつけて完全に破壊した。
「――」
瞬間、ゴーレムは停止。ぼろぼろと身体が崩れていき、遂には跡形もなくなってしまった。
「え、た、倒した……?」
ハナが目をぱちくりとさせて、信じられない様子で呟いた。
「再生には、核があったみたいだ。再生箇所がいつも同じ場所からのような気がしたんだ」
「さっすが師匠。ケイガンって奴ですね!」
「でも……」
地面に落ちたペンダントを拾い上げる。「どうして、エネミーに人工物が……」しかも、その人工物が再生の要になっていたのも意味が分からなかった。
ただ、一つ確かなのは――。
「これで仕事が完了した。帰るか」
「はい!」
最悪なダンジョンから、もう出られるということだった。
◆
「ふぅ――お疲れ様でした。師匠と一緒に探索が出来て、とても嬉しかったです!」
ダンジョンから現実世界への帰還。最初に聞いたのは、俺よりも少し早く帰還したサナカの声だった。(やっぱり、最新機器だから読み込みが早いのだろうか)
あの後、難なく10Fまでたどり着いた俺たちは10Fにある施設を利用して、帰還した。こうした、指定階層ごとにある施設を使用して帰還することでダンジョンの物品を現実世界へ持って帰ることができるのだ。
当然、落陽華はハナの持ち物。そこに何の異存もなかった。俺が持って帰ったのは――このペンダントだ。
「正体不明の魔物が持っていたペンダント……俺が持っているよりも、サナカが公的な機関に出した方がいいだろう」
「師匠が届け出を出せばいいじゃないですか~!」
「弟子に手柄を譲る、これも師匠の役目だろ」
「か――かっこいいです!」
なんとなく、サナカの扱い方も分かってきた気がするな。「じゃあ、今からこれを届けてきてくれるか?」「はい!」ペンダントをサナカに手渡せば、彼女は凄まじい速度で家から出て行った。
これで厄介払いも済んだ。
大ギルドの支部なんて、辺獄にあるわけがない。ここに帰って来るまで、二日くらいの猶予があるはずだ。その間に、家を変えよう。
取りあえず一息つこうかと考えたところで――電話が鳴った。
また家賃の話か? とうんざりしながら受話器を取れば……。
「ハナの救出ご苦労さん、やっぱりアンタに頼んで正解だったね」
「ほとんどSランクの実力ですよ。俺じゃないです」
「師匠なんだろ?」
「アンさんまでそういうんですか……勘弁してくださいよ」
「本気で感心したんだがねぇ。ああ、そうだ――」
「次の仕事なんてやめてくださいね。じゃあ、久しぶりのダンジョンで疲れてるんで、失礼します」
「ったく、つれないねぇ」
電話を切って、俺はソファに座り込んだ。「あ……」サナカにソファの位置戻して貰うの忘れてた――。まぁ、今日は……いいか……。
自分自身、アンから逃げるために疲れているといったつもりだが――どうやら、本当に疲れているみたいだった。重い瞼に逆らわず、俺は眠りに落ちた。
◆
プルルルル!
プルルルルルルル!
「ん……」
プルルルル!!
頭を割るような電話の音がずっと鳴り響いていた。起き抜けの頭には少し――いや、かなり辛い。ソファから起きて、俺は受話器を取る。
「やっと出たか。テレビつけて、ニュース番組見てみな!」
「アンさん、一体何が――」
急かされて、俺は受話器を片手にリモコンで電源をオン。テレビにでかでかと映し出されたのは――。
俺が、まさしくゴーレムのペンダントを奪い取る瞬間だった。
「は……?」
あまりの衝撃に受話器が手からずるりと落ちていった。そのまま、画面は切り替わる。映っているのはサナカ。「サナカさんの姿もありましたが、一緒にいたあの男性は……?」と質問をするリポーター。
ぐい、ぐいと俺はテレビに近づいていった。
不味い――サナカにそんな質問は本当によくない!
「私の師匠です! 探索力1000万の、最強の師匠なんですっ!」
「……サナカさんに師匠がいたんですか!? こ、これは大ニュースです!」
「自分をSランクに導いてくれた最強の師匠です。師匠は優しいんで、いつでも新しい弟子を募集してます! 連絡先はここで――」
「あ、流石にそういうのを乗せられては!」
……最悪だ。
すぐに場面は変わったけど、バッチリと俺の連絡先各種がばら撒かれていた。はぁ、最悪の予想のさらに上をいくなんて――そういう意味でもSランクだ。
メール欄の通知が凄まじい速度で増えていく。
「はぁ……」
ため息しかでない。
どうやら、ダンジョンはそう簡単に俺を逃がしてはくれないようだった。