「ダンジョンのギミックを利用する……流石ですね、師匠!」
「ああ、にしても――何だったんだ、あのエネミー」
「斬った感触……かなり堅かったです。少なくとも、6Fどころか40F以上に相当する強さです」
「……」
区画の壁にもたれかかって、俺は腕を組んだ。どうやったらそんな強いエネミーがここに迷い込むんだ。再生能力に、あの速度、そして硬度。厄介極まりないエネミーだ。
「ちょっと! いつでも抱いてるつもり!?」
「あ……」
「ごめんごめん、つい夢中で……」
てへっと言わんばかりの仕草と共にハナを降ろしたサナカ。
何というか……行方不明者なのに態度が大きい奴。というのが率直な感想だ。
「急に現れて何? 私の邪魔をしないでよ」
「あのなぁ……俺はアンに頼まれて助けに来たんだ。さっさと帰るぞ」
「帰る……? まだ落葉華を手に入れてないんだから、無理!」
「あのなぁ、金稼ぎと命……どっちが大事なんだ?」
「お金のためじゃないもん!」
「……」
キッと俺たちを睨み付けるハナ。「お母さんのため!」その表情は決して嘘を言っているようなものではなかった。
「お母さん……持病があるの。薬が高額で、いつもはなんとか買えるんだけど……今回は買えなくて、それにすぐに必要だったから……! だから自分で取ってくればいいって言われて」
「ハナちゃん……」
「もう三日も経っちゃった! 時間なんてないんだよ!」
「俺の仕事は行方不明者を連れて帰ることだ。さぁ、帰るぞ」
ハナの言葉に嘘はないだろう。ただ、それは俺が知ったことではない。というか、あんなゴーレムがうろついている中で、軽々しく探索を続行するようなリスクは取れない。いくら死なないとはいっても、痛みはあるし致命傷を受ければその分だけ不利益も生じる。
見ず知らずの人間のためにダンジョンへ潜るのだって依頼でなければしたくない。
だというのにサービス残業までして溜まるものか。
そのまま、ハナを連れて帰ろうと思ったんだが――。
「帰らない!」
「おい、どこへ行くんだ!」
「落葉華を探しに!」
逃亡。
逃げたところで俺とサナカから逃げられるわけもない。けど、無駄な仕事を増やさないで欲しい。俺はサナカに目線を向けた。
「サナカ、捕まえてきてくれるか?」
「はい! そのまま一緒に落葉華を探すんですよね!」
「は?」
「師匠ほどの人が、この状況を見過ごすわけがありませんから! 師匠は正義の人ですもんね! じゃあ、行ってきます!」
弁解の余地もなく、サナカはすっ飛んで行ってしまった。直後、響くチャイムの音。すぐに、二度目が響き――内部の構造がズレる。最悪なことに、ハナとサナカが連絡路も対象になっていた。
「あああ……! もうなんでこうなるんだ……」
このまま帰ろうか、そんな選択肢すら頭を過る。
正直、子どものワガママに付き合ってやる義理はないんだ。そもそも、ダンジョンに潜ること自体が間違いだった。真面目に帰るという選択肢について検討し始めたが――まぁ、すぐに無駄であることを悟った。
俺のメッキが剥がれるのは不味い。非常に不味い。
サナカは当然生きて帰って来る。あの尊敬が一転して怒りに変われば――それはもう手が付けられないだろう。実際のところ、サナカがあの選択をした時点で、俺に選択肢は与えられていない。
「はぁ、仕方ない……か」
連絡路は変化するが、区画自体の配置に変化はない。二人の向かった区画の位置を目指して、移動するとしよう。
◆
「はぁ、はぁ!」
ハナは逃げていた。
あの二人に捕まるわけにはいかない。それに、エネミーにだって気をつけないといけない。とにかく、一刻も早く落葉華を手に入れて母親の元に戻らなければならない。
無我夢中で落葉華を探すが、どこにも見当たらなかった。
後ろから追っ手が来ている様子はない。まだ大丈夫と、焦る気持ちを落ち着かせた。
「こっちかな?」
三叉路の真ん中を通っていく。ただでさえ白いタイルで方向感覚が狂わされる上に、8F以降は連絡路も随分と複雑な作りとなっていた。ハナ自身、もう自分が今どこを歩いているのか分からない。
それでも、落葉華さえ見つかれば――見つかりさえすれば、どうにかなると考えていた。
「あ、あった!」
ようやく見つけた落葉華。疲れも吹き飛び、駆け寄った彼女。品質を損ねないように、丁寧に採取する。採取方法も勉強した、優しく根っこを引き抜くんだ。
落葉華は、紅葉色の花弁が美しい花だ。大きさは一般的なネギの倍ほどはある。それを根っこから抜こうというのだから、結構大変だった。しかも、下手に力尽くで抜こうものなら、傷んでしまう。
状態が悪くなれば、それだけ薬の品質も落ちてしまうと、口酸っぱく言われていたので否が応でも慎重になる。
しかし、これが中々に引き抜けない。
「う、うーん……抜けてよっ!」
さらに力を込めようとした瞬間。
ハナは自分の背後に気配を感じた。それも、嫌な気配を。落葉華を握った手の力がゆっくりと抜けていく。見てはいけない。見たとしても、ロクなことにはならない。
そう思っているのに、身体は勝手に動き……後ろへと振り向いてしまう。そこに立っていたのは――あのゴーレムだ。
その豪腕をゆっくりと振り上げて――ゴーレムはハナを見下した。
「やばい……!」
そう思った時にはもう遅く。
彼女では今から回避することは難しい――いや、彼女でなくても難しいだろう。それでもどうにか道を探すのが人の性。しかし、もうどうにもできない。
……奇跡でも起きない限りは。
「危ない!」
閃光が、ゴーレムの身体を裂いた。
ハナを守ったのは奇跡――ではなく、探索者。新狼サナカだった。
「はぁ、やっと追いついた――最悪の状況だな」
そして、そのさらに背後には一足遅れて追いついたアサヒの姿が見える。
この二人は自分を助けるために追いかけてきたのだろう。それが、ハナにとっては信じられないことだった。