あの後、十分ほど歩き回って8Fへのショートカットを発見できた。道中、何度かエネミーに絡まれることはあったが、その都度サナカが一蹴したお陰で非常に楽だった。そういう意味では、彼女と一緒にダンジョンに潜るという選択は間違いではなかったと思う。
――気苦労は絶えないけど。
このダンジョンは階層が下になればなるほど、緑が生い茂る。7Fで雑草が現れ始める。8Fだと色々な植物が見られるようになる。それもあて、落葉華は8F以下でしか自生しない。
「師匠のショートカットのお陰で素早く移動できましたね! さて、ここからどうやってハナちゃんを探しましょうか?」
「落葉華が自生しそうな場所を見ていくしかないか……探索者でもない一般人がわざわざ探しに来るんだ、ある程度の情報は仕入れていると考えた方が自然だ」
落葉華は緑がより繁茂している場所に自生していることが多い。いくら素人とはいえ、全くの用意なしでダンジョンに入るとは思えない。そこから考えれば、ある程度の地図も持っているはずだ。(その地図が、このダンジョンにどれほど役に立つかは分からないが)
それを踏まえれば、9Fに向かうルートで緑が繁茂してそうなルートを選んでいるように思える。
脳内でそうしたルートを構築して、その通りに動く。
「そういえば、ハナちゃんはどうして落葉華を手に入れようとしたんでしょうか」
「辺獄の住民は貧困層が多いからな……初心者向けのダンジョンといえど、ダンジョンの素材は高く売れる。大方売却目的だろうさ」
「師匠がそういうなら、そうかもしれませんが……ちょっと引っかかるんですよね」
腕を組んで、うんうんと唸るサナカ。
「落葉華は何に使われる素材なんですか?」
「薬だったか、ダンジョン由来の病気に効く奴だ。薬っていうのは需要がある。落葉華はここで採れる素材でも値段が高い。商材を選ぶ眼はあるな」
「薬ですか~、うん……あ、今誰かいました!」
ピッとサナカが指を真っ直ぐ指した。駆け出すサナカに、俺も置いていかれないように走る。タイルと草を踏んで、右へ左へ通路を走り抜けた。
そうして走ること十数秒――丁度、視界の先には俺たちが探していたハナの姿が。
「あ、ハナちゃん!」
「よくやった! ハナ、止まれ!」
俺たちの声に気がついて、視線をこちらへと向けるハナ。しかし、彼女は止まるところか――逃げた。「えーっ! なんでっ!」サナカは驚きながらもさらに加速。瞬く間にハナとの距離を詰め、優しく抱擁。
「つっかまえた」
「離して! 何するの!」
「もう、私たちはハナちゃんを助けに来たんだから」
「ちゃん付けしないでよ、馴れ馴れしい!」
と、中々大人しくならないハナだが……まぁこれで一件落着だ。サナカからは逃げられないだろう。駆けるのをやめて、徒歩で二人の元へ寄る。
――刹那。
大きな影が、二人にかかった。通路の角から姿を現して、二人の背後を取るのは……巨大なゴーレム。その身体はコンクリートのような物質で覆われ、人間の倍ほどはあろう身長に、肥大化した胴体と四肢。ぎらりと光る単眼の赤い石が印象的だった。
「サナカ!」
「――! はいっ」
両拳を振り上げるゴーレム。即座にハナを庇うような立ち位置に変更し、鎌を取り出したサナカ。そのまま、流れるような動作で一刀両断――横一閃が炸裂した。
「この硬度は――」
サナカは攻撃の手を緩めず、鎌を翻し今度は縦一閃。綺麗にゴーレムを四等分にしてみせた。
今までのエネミーは一撃で終わらせていた。今回のゴーレムも勝負事態はついていたと思う。だというのに、彼女は二撃目を加えた。その判断は正しい。こんなエネミー“本来存在しない”のだ。ここではもちろんのこと、その先のダンジョンでも見たことがない。
つまり、全くの未知。
念入りに潰すのは、当たり前だった。
何はともあれ、これでゴーレムは撃破できた――と、俺もサナカも確信していた。
しかし、ゴーレムが振り上げた両腕は止まらず。そのまま――サナカに叩きつけられた。
「サナカ!」
四分割に斬られた身体は、凄まじい勢いで再生していく。
再生能力――!
少なくとも、初心者向けのダンジョンに出てくるようなエネミーじゃない。
「師匠の前で……」
振るわれた両腕が、砕かれた。
「かっこ悪いところ――見せちゃったじゃん」
一瞬の内に、鎌が三度――いや、五度振られた。「はぁ!」そのまま、さらに五度追加。先ほどよりも細かく砕かれたゴーレム。俺が受けたら御陀仏にすらなりそうな一撃を受けても、サナカのダメージは軽微だった。
Sランクの強さに驚きたいところだが――それでも、ゴーレムの再生は止まらない。
「サナカ、ハナを連れてこっちへ来い。離れるぞ!」
「……分かりました!」
再生の隙を見計らい、ハナを抱えてサナカが離脱。ゴーレムの動きはトロいのが定番だ。なら対処法は簡単。逃げること。正直、あれだけバラバラにされても再生するんだ。何かギミックがあるとしか思えない。
そうだとすれば、情報がない現状だと相手をしても時間の無駄だ。俺たちの目的はあくまでも行方不明者の捜索。その目的を達成できたんだから、長居する必要だってない。
サナカと併走して離れる。
ちらりと背後のゴーレムを確認すれば――再生を終えたゴーレムは凄まじい速度で俺たちに迫る。
「ゴーレムの癖に、こいつ速い!」
「やっぱりここは私が――」
「いや、俺に考えがある。ついてきてくれ」
「師匠に考えが――分かりましたっ!」
速いが、逃げ切れない速度ではない。
というかこの速度を見て、なおさら戦うつもりが失せる。明らかに異常だ。他にどんな隠し球があるか分かったもんじゃない。ならば――ダンジョンのギミックを利用して逃げるに限る。
このダンジョン唯一のギミック――それは区画整備だ。
区画と区画を繋ぐ通路が、一定の周期で変化する。この周期は完全ランダムでいつ起こるか分からない――と、一般的に言われているが実際のところそうではない。
「こっちだ!」
「師匠、どこを目指してるんですか?」
「来たら分かる!」
右、左、右、右。
いくつかの区画を過ぎて、通路を走り抜けてもゴーレムは全く諦める素振りを見せない。周囲の魔力を観察しつつ、反応が1番高いところを目指す。
ポーン、とチャイムの音が1度響いた。
よし、タイミングは大丈夫。
「これは……」
「ああ、そういうことだ」
そのまま、目的の通路を抜ける。
合わせて――ポーン、ポーンとチャイムの音が二度響いた。
背後に迫っていたゴーレムごと、通路が消失。連絡路の入れ替わり、それによって強制的に分断できた。俺の狙い通り。取りあえず、逃げることには成功した。
正体不明のゴーレムには困ったが――まぁ、これで依頼は達成。帰宅できるだろう。