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第2話 いざ、初心者用ダンジョンへ

「初めて裏道から入りました――新鮮ですねっ!」

「まぁ9Fまでなんて、一度通ったら中々足を踏み入れることもないか……まして、Sランクの探索者なら」

「確かに、よくよく考えたらここに来るのも2回目でした。新鮮ですねっ!」


 無事合流して、俺たちは裏道から6Fにやって来た。ダンジョン――“摩天楼ヤオヨロズ”は電脳世界に出現した巨大ダンジョンだ。電脳世界とは言っても、ダイブ技術によって現実世界と変わらない感覚で動くことができる。

 現実世界にダンジョンのものを持ち出せるという特性によって、世界は変わった。どういう理屈かは全く不明。ただ、必要な手順さえ踏めばいい。これによってダンジョン開発競争こそが世界の覇権を握る必須事業となったのだ。


 ――というのが、ここ数十年の話である。


「それで、どうしましょうか。ただ闇雲に階層を歩き回りますか?」

「それは得策じゃないな。サナカ、落葉華の特徴は?」

「あはは、私勉強はちょっと苦手で……」

落葉華らくようはなは8F・9Fでしか存在しない。もし、ハナが本気で落葉華を求めているなら8Fを目指しているはずだ」

「なるほど……ということは、私たちも下の階層を目指せば?」

「ああ、闇雲に探すよりはマシかもしれないな」

「さっすが師匠です! でも、ハナちゃんと私たちには3日間の間があります――いくら私たちがプロだとしても、追いつけるでしょうか」


 タイルを踏みならして、サナカはぴょんぴょんと飛び跳ねた。その動きに合わせて、彼女の背中に背負われた巨大な“鎌”が鋭く光る。彼女の人なつっこさとは反比例するように、彼女の得物は凶悪な見た目をしていた。

 彼女の身体よりも大きい巨大な鎌、不思議とサナカがそれを軽々振っている姿が想像できた。……改めて、どうして自分がこうまで慕われているのかが分からない。


「――そうだな、サナカはどうやって下に降りるか知っているか?」

「はい、それはちゃんと覚えてますっ! 次の階層を示す番号が掲載された階段を上る、ですよね!」

「ああ、正規のやり方はそうだな」


 6F~9Fに広がる“迷宮地下通路”は、よくある都会の地下通路をモチーフにしたダンジョンだ。登場するエネミーの種類も4種類と少ないし、ギミックだって1つしかない。

 本当に“初心者向け”のダンジョンだ。

 このダンジョンは正方形の区画と、区画同士を繋ぐ通路の2つのパーツで構成されている。そして、次の階層に向かうためにはサナカが言ったように“階段”を上る必要がある。しかし、その階段が問題だった。


 丁度、通路部を抜けて区画にやってきた俺たち。真正面には通路が見え、右と左の側面にはそれぞれ階段があった。階段の隣には、黄色の看板が飾られており――そこに黒色で「4581」「5761」という数字がそれぞれに割り振られていた。


「じゃあ、こういったハズレの数字を上るとどうなる?」

「同じ階層のデタラメな場所に繋がる――ですよね」

「多くのハズレはそうだ。ただ、例外がある」

「例外?」

「そう、それがショートカットだ」

「あ――デタラメな階段の中にも次に繋がる階段があるってことですね!」

「そういうことだ。8Fに繋がるショートカットを目指す」

「分かりました!」


 両手で拳を作って、元気よく返事をしたサナカ。こうして見ると、彼女の仕草は愛嬌に溢れている。その代わり、Sランクの威厳はあんまりなかった。それはある意味、良いことかもしれない。

 この二つの階段はお目当ての階段ではないので、先を急ぐ。


 少し褪せた白いタイルは、床、壁、天井まで全て同じ大きさで敷き詰められていた。唯一、天井には等間隔に蛍光灯が設置されており、ジーッと音を奏でているが――陰鬱とした雰囲気をより助長させているだけだった。


「私、このダンジョンあんまり好きじゃないんですよね……ちょっと不気味じゃないですか?」

「確かに、狭いし……薄暗いしな」

「そうなんですっ! ホラー映画みたいです!」

「……」


 こうして、落ち着いて歩いているとサナカとの会話に困った。

 嫌な沈黙が(サナカにとってもそうかは分からないけれど)俺たちの間に流れる。未だにSランク探索者である彼女にちょっとビビってる俺は、どうにか会話を繋げたかった。


 だってそうだろう?


 Sランク探索者なんて、本来は雲の上の存在なんだ。彼女の機嫌を少しでも損ねればボコボコにされることは間違いない。というか、あれほど俺を慕っていると……その反動が恐ろしい。愛憎は表裏一体とよく言うのだから。

 だから俺は、サナカがどういう人物なのか理解する必要があった。そういう意味でも、沈黙はよろしくない。


「あー、そのサナカ。別に俺を師匠って呼ぶ必要はないんだ?」

「師匠は師匠です! 私は忘れません、師匠から学んだ数々の素晴らしい教えを!」


 そのほとんどの教え、俺はもうチャットを見返さないと思い出せないよ――とは、口を避けても言えなかった。

 なんて返事をしようか、考えてたところに――。


「あ、師匠……エネミーです! 師匠が出る幕もありません!」


 通路を塞ぐように見えるのは、3匹のエネミーだ。正直助かった。これで時間稼ぎが出来る。ぶっちゃけた話、ここのエネミーなんてサナカにとっては敵でもない。

 相手は……スライム2匹と石像小僧1匹か。

 普通のエネミーだな。さて、サナカがどう動くのか、見ておこう。Sランクの実力、お手並み拝見というところだろうか。


 腰を低く落としたサナカは、そのまま加速。

 一歩、踏み込むと同時に背負った鎌に手をかけ。

 二歩、踏み込めば鎌を構え。

 三歩、詰めると同時に横薙ぎ。刃と同じ色の黒い一閃が、3匹のエネミーを容赦なく切り裂いた。


 恐ろしいのは、スライムのコアをも的確に切り抜く精度だ。

 真っ二つに断たれたエネミーは粒子となり、サナカのリソースとなる。当然と言えば当然の結果だ。しかし、サナカの身のこなしは目を見張るものがあった。


「師匠、どうでしたか?」


 どうでしたか、なんて聞かれても困る。

 言うことがありません、なんて素直に言ってもメッキが剥がれるだけなので――俺は神明な顔つきで、うん、と頷いた。こういう時、沈黙は金だと俺は知っている。


「今の私、探索力どれくらいでしょうか!」

「……た、探索力。えーっと」


 そんなのは俺がCM用に適当に作った指標なんだ。聞かれても困る。先を急ぐフリをして視線を逸らしつつ――「100万……くらいかなぁ」と、適当に返事をしておいた。もし俺が1000万だとすれば、彼女は100億くらいあるだろうけれど。


「やっぱり師匠の1000万にはまだまだ及びませんね! これからも精進しますっ!」

「あ、ああ。そうしてくれ」


 精進と言われても、何をどうすれば探索力が上がるかなんて俺も知らない。知るわけがない。というか、俺は1000万の探索力があることで固定なのか。もう何度自分の広告を見て嫌な気分になったかは分からない。

 けれど、恨みを覚えたのは今が初めてだ。

 過去の俺に言ってやりたい。探索力1000万なんていう、5秒で考えたような設定が未来のお前を5秒以上苦しめるぞ、と。


 メッキが剥がれないように祈りつつ、俺はショートカットを目指した。


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