「お前みたいな探索力50万の雑魚。俺のパーティーには必要ねぇ~~~んだよ!」
「な、な、なんだって~~」
「こっちは探索力500万、AランクのアーティファクトにAランクのドラゴン、さらにAランクのスキル<天啓>を持つ僧侶様が来てくれたんだからな!」
「く、くやしぃ~~!」
「そんな悔しい経験をした俺だったけど、ある方法を試した途端――! 探索力が一気に1000万に!? 超有料級の秘密テクニック、今だけ大公開! 元超有名最強PTのブレイン役が教える、ダンジョン最強攻略法が欲しい方は今すぐここをクリック!」
起き抜けには辛い広告CMが、俺の耳を貫いた。それが自分の作ったCMで、あんまり売れていないものともなればなおさらだ。リモコンを握って、俺はテレビに変更。年季が入りすぎて、半分ぼやけたスクリーンから朝のニュース番組が流れ始めた。
「はぁ……」
ソファから身体を起こして、精一杯の伸び。ゴキゴキと骨が叫ぶ。
――プルルルルル!
背後の固定電話の甲高い音が響いた、俺は背筋を伸ばして電話へ直行。新しいカモが引っかかったのかもしれないとワクワクしながら、愛想の良い声を出す準備をして受話器を握りしめた。
「はい! こちら元最強探索者PTのブレイン役アサヒで――」
「システムメッセージです。家賃が支払われないまま、一週間が過ぎました。つきましては」
「クソ、取って損した」
受話器から聞こえてくる機械音声に苛立ちながら、俺は受話器を叩きつけるように戻した。立ったついでと、室内の電気をつける。
小さなワンルームに、今すぐにでも崩れそうな天井。壁は紙っぺらのように手厚く、おまけに床は歩く度に不快な音を奏でる。
一体いつから、俺の生活はここまで最悪になってしまったのだろうか。床に残された昨晩の残り物――やっすいサンドイッチを手に取って一嗅ぎ。
「まぁ、まだ行けるな」
大丈夫だと確信して、俺は電子レンジへサンドイッチを突っ込む。もう慣れた動作だったため、視線はテレビの方へ吸い込まれた。
「今日の特集は5日前に電撃認定された
「……」
スクリーンに映るのは俺よりも一回りは若いであろう女性。人懐っこい笑顔と、確かな自信を感じさせる立ち振る舞いはテレビ画面越しでも俺と生きる世界が違うと主張しているみたいだった。
中々閉まらない電子レンジの扉に、うんざりした俺は力任せにそれを閉めた。すると、嫌な音が聞こえたかと思えば――。
「こ、壊れた。ああ、今日は朝から最悪だ!」
外れた扉を投げ捨てて、俺は今日何度目か分からないため息を吐いた。全く温まっていないサンドイッチを囓り、ソファに戻ろうとしたところで――。
ピンポーン。
チャイムの音が響いた。家賃の催促かもしれない、そう思って居留守を決め込もうとしたところ。
ピンポンピンポンピンポンピンポーン。
「アサヒ! いるんだろう、このアンを無視しようってのかい?」
「……アンかよ」
ある意味で借金の催促よりも最悪な相手だ。逃げられないことを悟って、俺はサンドイッチを嚥下。立て付けの悪い玄関を開ける。
「何なんですかアンさん……」
「最近顔を見せないと思ったら、相変わらずのようだね」
扉を開けた先にいたのは金髪を束ねたサイドテールの女性だ。作業着に身を包んだ、どこからどう見ても20代前半にしか見えないが――その実年齢は少なくとも80歳以上。立派な(?)婆さんだ。
ただ、彼女は俺が住んでいる地域のまとめ役みたいな人だった。
「嫌味を言いに来たんですか、アンさんらしくもない」
「あれだけ目をかけてやった若者が、こーんなに落ちぶれたんじゃアタシも嫌味の一つだって言いたくもなるさね」
「……」
多分、俺の表情は険しくなっていたことだろう。努めて、自分の表情を隠そうとしたが老獪なアンには見透かされていたと思う。
「なぁアンタ、ダンジョンの探索者に戻るつもりはねぇかい? 昔の地位に固執して、みみっちい商売を続けるよりもさ」
「言ったでしょ、アンさん俺はもう……」
「一人、行方不明者が出てね。まだ18のガキさ」
「……」
「向かった先は6F~9Fにある階層“迷宮地下通路”。いなくなってからもう三日だ」
「強制ログアウトは?」
「ここで潜れる設備が、そんな親切な機能ついてると思ってんのかい?」
「……そりゃそうだ」
アンの話は結構深刻だった。
三日間もダンジョンから帰って来ていない、幸いにも6F~9Fは初心者向けの訓練ダンジョンだ、何かしらのトラブルがあっても命が脅かされるようなことはない。むしろ、すぐにダンジョン内で力尽きて、ログアウトした方がよっぽど安全だ。
しかし、帰って来ていないということはまだダンジョンの中で活動しているということ。全く、運が良いのか悪いのか。
「早いとこ見つけた方がいい。だからアサヒに頼んでんだ」
「何度も言ってるでしょう。俺はもう探索者をやめたって、それはどんな仕事でも同じです」
そのまま扉を閉めようとしたところで――。
「師匠~~! やーっと見つけましたよーっ!」
俺とアンの間に割って入る人影が一つ。なんだか、最近聞いたことのある声が耳を打った。
ぐいっと、俺が閉めようとしていた扉を強引に開放――とんでもない膂力。あまりの出来事に驚いた俺は、少し遅れて乱入者の姿を捕らえた。
「……は」
聞き覚えのある声――当たり前だ。俺はついさっき、その声を聞いていたのだから。目の前にいたのは、史上最速でSランクに認定された今をときめく探索者――新狼サナカだった。
「師匠? アンタ、確かSランク探索者の」
「はい、新狼サナカですっ! えーっと、あなたは師匠の恋人さん……でしょうか?」
「あっはっは! 面白い冗談だね。なぁ、アンタがアサヒの弟子ってんなら、アンタの口からも言ってやってくれないかい、依頼を受けるようにね」
「どんな依頼なんですか? 師匠の手にかかれば、どんな依頼だって簡単に解決できるはずです!」
「6F~9Fで行方不明になった住民の救助なんだが」
「そんなのかーんたんですよ! だって師匠は探索力1000万の最強探索者なんですから!」
「あっはっは! だよねぇ。じゃあ、弟子がそう言ってるんだ。アサヒ、この件は任せたよ」
余りに意味の分からない状況に面を食らっていると、俺を置いてけぼりにして話は良くない方向に進んでいた。俺が口を挟もうとした時には既に遅く――。
「ちょっと俺はまだやるとは」
「何言ってるんだ、そこの可愛い“お弟子ちゃん”がやるって言ったんだ。弟子のケツは師匠が持たないとねぇ。じゃあ、詳細な情報はすぐに送るよ。頼むから、アタシをがっかりさせないでおくれ」
「ちょっと待てって――ああ……」
こうなったらアンは聞かない。そしてああなったアンの期待に応えないのは、かなり不味い。観念するしかないみたいだ。
「師匠、頑張りましょう!」
彼女のはつらつとした動きに合わせて、右へ左へ揺れる髪は鮮やかな亜麻色だった。愛嬌のある顔立ちは――タレントか何かのようなオーラがあった。そんな彼女が屈託のない笑みを浮かべるのだから、気を悪くする人間はいないだろう。
……ダメだ、寝起きもあってか頭が上手く働かない。どうしてSランクの探索者が俺を師匠なんて言ってるんだ?
そもそも俺とこいつは関わりがあっただろうか。
様々な考えが頭を巡る。そうして考えて見ると、一つだけ彼女の言葉で聞き覚えのある単語があった。
――探索力1000万。
まさか。
いや、そんなまさか。相手はSランクだぞ……いやでも、それしか考えることができない。
「もしかして、君……俺の広告を見て?」
「そうです。チャットでしかやり取りしていなかったので、こうして会うのは初めてですね! チャットではウルフという名前でした!」
「……あぁ、君が」
一人、熱心な購入者がいたことを思い出した。余りにも熱意に溢れていたし、俺の適当な無茶振りもトントン拍子で達成報告をするものだから――金のかかった悪戯かと思ったけど、まさかこいつ……本当に自力でやってたのか?
「師匠のご指導のお陰で、こうして見事にSランクになることができました! 今日はそのお礼にご挨拶をと思って……サプライズで来たんですけれど、私も運が良いですねっ! まさか、早々に師匠と共に仕事ができるなんて……」
「……」
その勢いに押されまくる俺。
正直、一刻も早くこの女から離れたかった。Sランク冒険者――日本に9人しか認定されていない探索者たちの最高峰。そんな奴と一緒にいるのは、色々な意味でリスクがある。ただ、今回の仕事を考えれば――彼女の助太刀はありがたい。
Sランク冒険者に掛かれば6F~9Fなんて何をしなくても突破できる階層だ。正直、俺が楽を出来るという意味では有用だ。
諸々を含めて天秤に乗せれば……うん、サナカの力を借りよう。その方が絶対にいいはずだ。
「分かった、分かった。少し落ち着こうか」
「はいっ!」
「俺は家で潜る用の設備を組み立てるつもりだけど、君は――どこで潜るんだ?」
「あ、持ち運び用のダイブキットがあるんで大丈夫ですっ!」
持ち運び用――噂には聞く最新機種だ。流石はSランク、持ってる装備品も他とは違うって感じだな。扉を固定して、サナカが通れるようにして部屋に戻ろうと踵を返す「それと師匠――」そんな俺の背を追うように、サナカがそういった。
何か、含みがあるような言葉だ。
「君、じゃなくてちゃんとサナカって呼んでください!」
「――わ、分かった。じゃあ、サナカ。中に入るか?」
「もちろんです! 師匠の家……伝説はここから生まれたんですね――!」
緊張して損した。伝説なんて全く、何も、これっぽっちも生まれていない部屋に案内。宝石みたいに目を輝かせて、きょろきょろと視線を動かすサナカ。やっぱり、二人はちょっと手狭だな……この家。
「そのソファ、ちょっと端っこに寄せるから手伝ってくれないか?」
「このソファですか? 任せてください、師匠はゆっくりしていてください!」
そう言ってソファを軽々持ち上げるサナカ。流石はSランク、現実世界でもしっかりと身体を鍛えてるらしい。悠々と端っこに一人で運んで「師匠、次は何をすればいいでしょうか!」「じゃあ、そのソファに座って大人しくしてて欲しい」「はい!」と、素直に俺の指示に従う。
一体、サナカは俺のどこを信頼してここまで懐いているんだろうか。冷蔵庫を漁って、まだ未開封かつ綺麗っぽいペットボトルを見つけて投げ渡す。
流石に飲み物くらいは出しておこう――という、僅かに残った良識からだ。
「もしかして、この水にも何か秘密が……!」
「ない! どっからどう見ても普通の水だろ!」
「普通の水でも師匠の手にかかれば特別そうに見えた、ということですね!」
「……ああ、もうそれでいいよ」
サナカに気圧されつつ、俺はダイブキットをタンスから取り出して組み立てていく。もうずっと使ってない奴だから――動くか心配だな。
「凄い! 旧式ですね……初めて見ましたっ!」
「その中でも最悪の廉価版だ。電脳率のサポートは弱いし、安全の面を配慮した強制ログアウトはなし、栄養補給もなければ一時中断も用意されてない。まさか、もう一度使うとは思わなかったけど」
「師匠に歴史ありって感じですね――あ、ダイブする時はこのソファを借りてもいいですか?」
「もちろん」
散々貶したが旧式のいいところは作り自体はシンプルなところだ。だからこそ俺みたいな素人でも組み立て、解体ができる。
組み立てる傍ら、端末にアンから送られた情報が届いた。それをサナカにも伝わるように読み進めて行く。
「対象はハナ。辺獄に住む18歳の女性だ。当然ながら探索者の資格はなし……か。彼女の目的は“迷宮地下通路”内に自生する素材“落陽華”の採取か」
「探索者の資格もなしに6Fに入ることはできなかったと思います。どうやって入ったんでしょうか?」
「普通はそうだな。ただ、何にでも例外はある。全く、どこからそんな情報を仕入れたんだか……。“駅”を使わないルートで6Fに入ったんだろう。一つ有名な裏道がある、俺たちもそこから入ろう」
「それって違反行為なんじゃ……?」
「事態が事態だ。それに……バレなきゃ問題ない。まぁ、サナカには立場があるだろうから無理にとは言わん」
「――人の命よりも優先される立場なんてありません! 私も師匠と同じルートから行きます!」
「分かった。よし、完成だ」
ダイブキットの組み立てが完了。なら、これ以上待っている必要はない。
「よし、集合場所は1Fの電京モニュメント前だ」
「分かりました! じゃあ、先に行って待ってますね!」
ゴーグル型の装置を頭に被ったサナカ。これでダイブできるなんて、技術の進歩は凄まじい。一応、防犯のために(意味があるかは分からないが)窓や扉の施錠を確認して、俺もダイブキットに座り込む。
サナカの最新型を見た後だと、悲しくなってくるくらいオンボロだが……贅沢は言ってられない。重い上に埃の臭いがキツいヘッドギアを頭に被る。これ、肩凝るから嫌いなんだよな。
側面のボタンを押して電源をオン。そこから更に細々としたボタン操作があるのだけど、身体が覚えていたようで難なく終了。
ウィーーン。
けたたましい音と共に装置が動き始める。
「はぁ、この瞬間がいつも嫌だったよな」
甲高い悲鳴のような音と共に、意識が徐々にぐらついていく。
船酔いをさらに強くしたような不快感が襲う。もうそろそろだ。電脳世界に存在するダンジョン、もう二度と向かうことはないと思っていた場所に俺は向かう。
――腹をくくったところで俺の視界も意識も黒に塗りつぶされた。