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第62話 あやかしも未来も視えなかったのは、

 長い斧を持った相樂と、槍を持っている黎千が、牛鬼とのり合いに加わる。

 強い力を放った時生は、ふらついたものの、しっかりと絨毯の上で立ち直し、念じる。


 ――まだ、出来る。出来ることがある。


 自分も部隊の一員だ。そう強く決意し、牛鬼をきつく睨み付け床を蹴る。

 そして護刀を握りしめ、走り出そうとした時だった。

 偲の一撃で、牛鬼の面の紐が切れた。


 牛面が高く弧を描いて、時生のすぐ前に落下した。

 息を呑んだ牛鬼が、床を蹴り、取り戻そうと手を伸ばす。

 追いかけた偲もまた、刀を面に向ける。


 時生は、いつか聞いた事を思いだした。この牛面こそが牛鬼の力の源であり、魂がこもった弱点であると。


 ただ見ている事、それはもうよしとしない。

 あやかしも、未来も視えなかった己。それは見鬼の才も先見の才も無かったから、だけではない。あやかしがいるという真実の世界、まだらない世界というのは、時生にとっては、内側にこもっていた、自分で築いていた殻の象徴でもあった。先見の才にいたっては、未来を諦めていた、全てを諦観し、自己憐憫に浸ることしか出来なかった弱い自分の象徴でもあった。でも今は違う。今は己の力で未来を思い描き、そしてそれを手に入れ、きちんと未来を視界に捉え、平和を掴む、それが出来ると自負している。なにも見えず、視えなかった己とは、気づいたら決別していた。それは、周囲が支えてくれたからに他ならない。もう未来は、視えないものではない。あやかしも未来も視えなかったのは、もう過去の話だ。


 時生もまた床を蹴った。強く蹴り、駆け出す。

 未来を、平和を、この手で掴むために。


 偲と牛鬼が驚愕したように息を呑んだ。牛鬼はそれから扇子を振り上げる。

 バサリと開かれた瞬間、時生の頬や首を風の刃が、強い妖力を伴い斬りつける。

 しかし時生は迷わなかった。


 短刀を振り上げる。そして牛面に誰よりも早く走りより、その正面に護刀の刃を突き立てる。

 直後、バリンと音がした。

 牛面が、中央で真っ二つに割れる。


「な」


 牛鬼の狼狽えた声がする。顔を上げた時生は、初めて鴻大が硬直した姿を見た。


「終わりだ!」


 瞬間、偲がその隙を見逃さず、牛鬼の首を刎ねた。

 すると首だけで偲を一瞥した牛鬼が笑った。


「退屈な結末だったな」


 首と胴体が、それぞれ黒い靄となって宙へと一瞬で溶けて消える。

 会場から禍々しい気配が消え去った。


 脱力した時生はその場に座りこむ。すると刀を鞘に収めた偲が駆け寄ってきた。

 そして時生の頬の傷に触れ、泣くような顔で笑った。


「無事で良かった。それに、よくやってくれたな。ありがとう、時生のおかげで救われた」






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