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第44話 強さ

「我が甥ながら、哀れなことだな。人間に魅入られてしまうとは」


 退屈そうに牛鬼が述べた時、険しい顔で偲が地を蹴った。


「灰野は俺の部下だ、それ以上でも以下でもない」

「へぇ。格好いいことを言うんだな、礼瀬家のご当主様は」

「ここで決着をつける。お前の敵は俺だ、そうだろう? 今に限っては」

「それは人間の理屈だなぁ。利用出来るものはなんでも使う。そして――それは人智を凌駕する。それがあやかしだ」


 鴻大はそう言うと、金色の扇子を音を立てて閉じた。その尖端が、真っ直ぐに灰野と時生の位置を向く。そこから放たれようとしている鬼火に、偲が息を呑み、間に入る。そして軍刀を地につき、その場に結界を構築した。灰野と時生は動けず、腕を持ち上げ衝撃波としか形容しがたい禍々しい風に耐える。


「俺とお前にとっての相応しい舞台は時期に用意してやるさ。焦らず待っていればいい、礼瀬偲。それと、昴。どちらにつくかは、よくよく考えておくように。結櫻の方が、純粋な人間だというのに利口なようだぞ」


 そう言うと扇子で顔を隠した鴻大は、それを動かすのと同時に、宙に溶けるように消えてしまった。衝撃波が去ってから、がくりと偲が地に片腕をつく。


「副隊長」


 慌てたように灰野が駆け寄る。それは時生も同じだった。


「偲様!」


 見れば偲の軍服の所々が破けていて、切り傷からは血が滴っている。


「俺は平気だ。灰野、時生を連れて先に戻れ。俺は青波と結櫻を探す」

「……っ、はい」


 灰野が一拍の間を置いて頷いた。時生もまた、これ以上ここにいるというのは迷惑になるだろうと判断し、苦しい内心を落ち着けて頷いた。


 二人で石段を降りながら、時生は灰野を見る。


「どうしてここが分かったの?」

「……巡回中だった青波准将が、異質な気配がすると本部に連絡してきたんだ」

「そうだったんだ」

「それに……俺も嫌な予感がした。先見の才がもたらす予見の気配だった。脳裏に牛鬼の面が過って、俺もいてもたってもいられなかった」


 灰野はそう言うと、マスクを下ろしてから深く吐息し、唇を噛みしめる。その眼差しは、忌々しい存在を見るように険しい。


「牛鬼の実体は、既に封印されている。肉体は、既に陸軍によって秘匿された場所に封じられている」

「そうなの?」

「ああ。だが、魂魄こんぱくが抜け出て、面に宿る。それを身につけた者の肉体を奪取できるのが、牛鬼の一つの特性なんだ」

「じゃあ……本物の鴻大さんは?」

「既に亡い。一度でも面を身につければ、魂が喰らわれる。いつからあの者が成り代わっていたのかは不明だが……」


 灰野は憎むような眼差しで言ってから、時生を見た。そして眉根を下げる。

 本日の灰野は、表情が豊かだ。


「無事か? 改めて聞くが」

「うん。灰野さんが、守ってくれたよ」

「……そうか。それならばよかった。礼瀬副隊長がいなければどうなっていたかは分からないが」

「僕一人じゃ、もっとどうなっていたか分からないよ」


 時生もまたここにきて、漸く人心地つけたものだから、微苦笑して見せた。

 今になって震えがこみ上げてきていて、指先が震えている。

 灰野はそれを一瞥すると、時生の右手を持ち上げると、手袋を嵌めた手でギュッと握った。


「武力が無い事は、恥じるべき事ではない。それよりも、仲間だと、そう言ってくれたお前の強さに俺は救われた」


 それを聞き、時生は今度は微笑し首を振った。


「僕は強くなんてないよ。本当にそう思ってるから、そう言っただけです」

「そうか」

「うん。それだけだよ。僕の方こそ、本当にありがとう」

「――ああ。いいや、それこそ礼は不要だ。悪しきあやかしを倒すのは、俺達の仕事なのだから」


 二人は視線を合わせると、どちらともなく微笑した。

 そして本部への帰路を急いだ。




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